ブッダは27歳の時、宮殿を去った

  • 2019.09.29 Sunday
  • 00:05

 

 


パーサ: 西洋人や多くの霊的な生徒たち、それに仏教徒たちもブッダの話についてはよく知っている。ブッダの本名はシッダールタで、彼のことはイエスの話と同様に真実もあれば捏造されたものも多い。一部は宗教的神話と言えるけど、私たちがこれから話すのは神話じゃないからね。
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アーテン: イエスが生まれる約450年前、シッダールタはインド東部に生まれ、恵まれた生活を送っていた。父はシュッドーダナという名の王だった。シッダルタは母親の妹マハーに育てられて社会からは隔離されていたが、そこは大きな宮殿で広大な土地の中にあったので、自分が隔離されているとは感じていなかった。彼はマハーに過保護に育てられ、王である父は彼によい教育を受けさせた。
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   彼は外側の世界について当時の知識を学んだが、実際に外へ出て見ることは許されていなかった。シッダールタが19歳の時、父シュッドーダナの願いでマハーはシッダールタを、ヤショーダラーという名の美しい女性に紹介した。1年後に彼の妻となる女性だ。彼らは互いに一目惚れをしたので、急いで結婚するように仕組まれたとは思わなかった。
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   彼らは結婚して最初の数年は非常に楽しく、まるでおとぎ話のようだった。シッダールタの父は孫を見たかったが、その後数年経っても子どもを授からず、彼は失望していた。シッダールタとヤショーダラーも落胆していた。
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   その後何年か経つにつれ、シッダールタは落ち着かず、そわそわするようになった。彼は美しく賢い妻を愛していた。にもかかわらず父から禁止されていた、これまで自分の目に触れることのなかった外の世界を、実際に見に行きたいと思うようになっていた。ヤショーダラーは彼を愛し、彼のそうした気持ちを手に取るように解っていたが、それでも何とかして彼を宮殿に留まらせようとしていた。
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   シッダールタは次第に夢や幻視を見るようになった。それは彼が旅に出て多くの人と出会い、宮殿と広大な土地の外側には救いが待ち受けていることを告げていた。彼は自分がここを去れば、傷つく人々がいると解っていた。

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   彼は優しい人間で、誰も苦しめたくはなかった。しかしシッダールタは苦しんでいた。それは彼が自分に何かが欠けていることを感じており、それを探しに出かけたかったのだ。
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   彼は夢と幻視(ヴィジョン)を通して自分の過去世を知り、かつて自分が霊的探究をしていたことや、自分が探しているものを見つける手助けをしてくれるかもしれない、謎の人物がいることを感知した。それでも彼はその後何年も迷っては自問を続けたが、ついに行動を起こさずにはいられない時がやって来た。
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   ある夜、みなが寝静まる中、彼は秘密の出口から抜け出した。これは子どもの頃偶然見つけた出口だったが、彼はその時までそれを使う勇気がなかった。ヤショーダラーは悲しみに打ちひしがれた。シッダールタはきっと帰って来る、彼は外側の世界を見る欲望を克服する必要があるだけだと自分に言い聞かせていた。
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   彼女はそう信じて祈っていた。だがそのうちに、すっかり忘れかけていた別の祈りが叶えられたのだ。彼女は妊娠していることに気づいた。それは嬉しくもあり悲しくもあった。彼女は何としても子どものことをシッダールタに知らせたかった。
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   ブッダつまりシッダールタに、ラーフラという名の息子がいたことはあまり知られていない。この事実は仏教徒の話としては受け入れられていない部分だ。また仏教はとても多様で、別バージョンの物語もある。いずれにしてもシッダールタは子どものことを知らなかった。
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   彼は最初の数年、インド東部への思いを馳せながら自由に過ごした。ある意味彼の旅は、過去世を再生するようなもので、復習のようなものだった。しかし今回少し違ったのは、彼はすでに宮殿での裕福な生活というものを経験済みだったので、その暮らしを他のものと比較できた点だ。
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   彼は禁欲主義者になろうと決心して数年それを実行したが、中国での老子との過去世と同じように、禁欲主義は必要ないという結論に至った。もし彼が先に裕福な生活を経験していなければ、完全にそう気づくことはできなかっただろう。
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   彼は所有物や物質的な満足が、真に自分を満たすことはないとすでに知っていた。今度はいわゆるそういう豊かさを手放して(禁欲生活というものをして)も、同じく自分は満たされないことに気づいていた。
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ゲイリー: だから彼は中道を選んだの?
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アーテン: そうだ。でもその時期、シッダールタは別の大きな飛躍を遂げたんだ。彼は瞑想のマスターになった。そして瞑想だけでは悟りに至らないことを学ぶことになった。瞑想はエゴを解体しないからだ。悟りに達するにはエゴを100パーセント解体しなければならない。
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   だが瞑想はしっかり実践すれば、心を落ち着かせて心を強くさせる。すると心を訓練し自制するのがとても楽ににできるようになる。そうした状態にあると、より効果的に思考体系を実践に移せるようになる。
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   シッダールタは瞑想を通して過去世の記憶や、すでに学んだことをさらに思い出すようになった。同時に彼はいろんな形で友人だったJ(イエス)を思い出し、イエスこそが自分が探し求めていた人物であり、悟りに達するのを助けてくれる人だと気づいた。だがそれがどのような形で起こるのかは解らなかった。しかも彼はまだ、その転生で誰がJ(イエス)であるのかも解らず、彼を見つけたいと思った。
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   転生という過去世の夢の中のすべてで、自分が学んできたあらゆることがよみがえり、彼の中に留まっていた。学んだことを失うことはないが、それを思い出さなくてはならない。彼はそれを瞑想において助けられた。
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   シッダールタは極端なことはせず、節度を持って瞑想とともに生きた。禁欲主義に生きていた頃の仲間で、彼について来た者たちがいたが、ほとんどは離れて行った。しかし一方でたくさんの人たちが彼の下を訪れて話を聞くようになり、彼はグルとして知られるようになった。彼は自分の評判など気にせず、彼の節度という概念は、彼の人々への反応の仕方にも反映された。
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パーサ: 彼は、大事なのは行動ではなくて思考だと信じるようになった。つまり行動は考えていることの結果であり、シッダールタは考えが先で行動が次に来る、という順序で考えるようになった。彼は宮殿にいた頃、ヴェーダーンタとウパニシャッドという奥義書を教えられて理解しており、ブラフマンと世界の違いをよく解っていた。
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   バガヴァッド・ギーターはそれについて「実在するものが存在しないことは決してなく、実在しないものが存在することも決してない」と言っており、シッダールタはまだその経験をしていなかったので、その生き方を見つけると決心していた。
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   彼は老子との過去世で明晰夢を見る訓練をしていて、それを再び練習し、彼の弟子たちも練習するようになった。彼の弟子たちは、夢の中で意思決定のプロセスをコントロールできるようになれば、死後もその能力を保ったまま転生しない選択ができると考えていたが、実際にはエゴが完全に解体されるまではそうはならない。
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   シッダールタはその転生では、それほど苦しむことはなかったけれど、(妻の)ヤショーダラーをとても恋しがっていた。宮殿に戻ることを考えた時期もあったが、彼は考えた。彼女を恋しがる気持ちや、何かをしなければならないという感情は、この世に鎖で繋がれた一種の苦しみであることに気づいた。何かに鎖で繋がれているということは、それに依存しているということであり、自分をその奴隷にしていると。
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   彼はこの世界やどんな苦しみからも解放されて自由でありたかった。彼は苦しみの原因は欲望であることを示す大きな啓示を体験した。つまり何も必要としないなら、何も持っていなくても苦しまないはずと。しかもそれが実在していないなら、そもそもそれを欲しがる理由があるんだろうかと。
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   誰からも何も得なくていいのなら、そこでやっと彼らと本物の関係を築くことができる。そうなるために禁欲主義者になったり、物質的にこの世界を諦めたりする必要はない。それは心で行なえることであって、心で行なうべきことだから。
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アーテン: シッダールタが思考と信念の相乗効果を発見したのはこの時期だった。彼はヒンズー教の神々を信じてはいたが、それに凝り固まってはいなかった。多くのヒンズー教徒はたくさんある神々の内、たとえばシバ神やビシュヌ神などのどれか一つを選び、選んだその一つを崇拝する傾向にある。つまり一神教がこの世に根付くのは時間の問題だった。
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   シッダールタの時代には、すでに現在の三大一神教の一つであるユダヤ教が存在していた。でも一つの神に傾倒していなかったシッダールタは、真の現実(リアリティ)を意味するブラフマンと同一の「高次の自己」(ハイアーセルフ)に着目していた。信念の力が生じるところだ。
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パーサ: 信じると決めたものが、実在すると思うものになり、信じた通りに経験することになるの。シッダールタはそのように知り、何年も訓練してこの世への信念をまったく持たないようになった。その代りに彼はブラフマンである「真の現実」(リアリティ)を信じるようになった。そしてこの世界からあまり影響を受けなくなるにつれてますます人生を夢として体験するようになった。
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   まだ完全に苦しみから逃れる方法を見つけてはいなかったけれど、彼は大きな前進を遂げた。シッダールタはインド東部で旅を続け、叡智を教え、自分のエゴを解体していった。彼は世界を否定する代わりに、精神的なレベルで否定した。世界を信じないで見過ごし、幻想のベールの向こうにあると感じられたリアリティに信念を置くようにした。
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   彼が宮殿を去ったのは27歳の時だった。それから20年後、苦から逃れて救済へ向かう方法をある集団に教えていた時、後ろの方で立っている一人の男がシッダールタを見て驚いた。その男は宮殿で働いていた男だった。彼はシッダールタに近寄り、自分をヴァドマーと名乗り、自分のことを覚えているかと聞いた。
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   シッダールタは驚いて興味を示し、ヴァドマーにいつ宮殿を去ったのか尋ねると、彼は約2年前だと答えた。それで(妻の)ヤショーダラーはどうしているか聞くと、彼女は3年前に高熱が元で亡くなったと告げた。シッダールタの目には涙があふれ、彼はこの世から影響を受けることを克服したと思っていたのに、明らかにまだ完全ではなかった。しかし次の情報で彼の涙はじきに止まった。
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   ヴァドマーはシッダールタに、あなたの息子はあなたを見つけたのかと聞いた。シッダールタは自分の耳を疑った。彼は悲しみのショックと大きな喜びを同時に味わうことになった。シッダールタはヴァドマーに息子の名を聞いた。彼は「ラーフラ」だと答え、ラーフラは母親のヤショダラーが亡くなった約1年後に、父であるシッダールタを探しに宮殿を出たと伝えた。
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パーサとアーテンのメッセージ

   

   


 

ギリシャに転生したイエスとブッダはプラトンの弟子だった

  • 2019.09.27 Friday
  • 00:11

 


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アーテン: 今日はギリシャに転生した二人と、プラトンと彼の仲間たちについて少し話したい。J(イエス)とB(ブッダ)はこれから話す彼らの幻想の転生で、アテネのプラトンの学校で彼の生徒になった。そこではJはタキス、Bはイカロスという名前だった。二人とも優秀な若者で、何らかのリーダー的役割を担うだろうと期待されていた。
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   当時、初の高等教育機関だったその学校の理念は、倫理面で学生たちを鍛え、高い志を持ったクラスを提供し、学生たちの知性を養い、より良い世界を生み出すというものだった。プラトンは本当により良い世界をつくりたいと考えていた、いろいろな意見はあるとしても、彼は偉大な哲学書の著者でもあった。古代の他の教師たちとは違い、彼のほとんどの書物が残ったのは良かった。
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パーサ: プラトンはこの世で見ているものが、実在していないことを理解していたの。つまり洞窟の囚人たちは、まさに頭を動かして違う方向を見られないほど、きつく鎖につながれていた。あまりに長くそこにいたので、現実(リアリティ)がどんなものかも忘れてしまい、目の前に映る影が現実だと思っていた。影が洞窟の外を歩く者たちのものとは理解していなかった。
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   ついに一人の囚人が脱走し、再び光を目にし、影がどこから来ているのかを見たの。彼は洞窟に戻って他の囚人たちに真実を伝えようとするけれど、そんなことを聞きたがる者は一人もいなかった。彼らはこれまでずっとこの状態でいたし、それが当たり前だったから。終に、戻って来た囚人は誰からも相手にされず嫌われてしまった。
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アーテン: 『奇跡のコース』でも同じようなことを言っている箇所がある。
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  『何年もの間、重い鎖につながれた囚人たちは、飢え、やせ衰え、弱々しく、疲れ果て、あまりにも長く暗闇で目を伏せていたため、光を覚えておらず、自由になった瞬間にもその喜びに心躍らせることもない。彼らが自由とは何かを理解するには、しばらく時間がかかる』
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   ほとんどの人は真実を知る準備ができていない。だから彼らは牢獄の中が心地良く、最初は真実を歓迎しないものだ。自分たちの知る人生をより良くすることだけに囚われていて、最後には誰もが同じところへ行き着くことや、エゴが見せる安っぽい偽物に満足している。つまり永遠のものを土台にして人生を築く方が賢明であることを忘れていると言える。
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   それだって彼らはそれしか知らないのだから、彼らを責めることはできない。シンプルだが簡単にはいかないんだ。プラトンは次のように書いていた。「暗闇を怖れる子どものことは簡単に赦せる。だが人生の本当の悲劇は大人が光を怖れることだ」とね。
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   ところでその脱走した囚人の話は、プラトンに最も影響を与えた彼の教師ソクラテスの教えに基づいていたんだ。プラトンの対話編にはソクラテスが誘導尋問をしている箇所がある。今ではソクラテス式問答法として知られているそのテクニックは、彼らが子弟関係にあった頃に、ソクラテスがプラトンに対して行なったものだ。
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   プラトンは著書の『国家』(岩波文庫)や他の対話篇で、そのメソッドを用いて自身の哲学を伝えている。実際、教える形で対話を用いたのは彼が最初だった。
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ゲイリー: プラトニックという言葉はプラトンが由来じゃなかった?
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パーサ: いいえ。それは後になって、彼が書いたものを読んだ彼の生徒たちがつくったものなの。もともとは物質世界の現実を否定する意味の言葉だったけど、その後セックスを否定するプラトニックな関係という意味で使われ始めた。ただその背景には、プラトンが「善」と呼んだあらゆるものの源とは異なる現実を否定するという、プラトン自身の考えがあったの。
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   タキス(イエス)とイカロス(ブッダ)が彼らと出会った詳細は省くけど、魚が群れをなして移動するように、人々もいろんな人生という夢を一緒に旅するものなの。そして彼らも何度も出会う運命にあったというわけ。次に載せるのはそんな二人の会話の一部分だけど、もちろんこれは英語に翻訳されたものよ。当然、当時彼らは英語を話していたわけじゃないからね。
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タキス プラトンはジレンマを抱えているようだ。彼の哲学ではあらゆるものは善から生まれる。物質的な宇宙のすべては考えを象徴したもので、洞窟の囚人の話のように囚人たちが見ていたイメージは、何かの象徴や影に過ぎず実在しないと言っているが、ここでジレンマだよ。
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   すべては善から生まれているのに、なぜ善が実在しない者をつくり出すのか、プラトンはそれについて解き明かせずに妥協している。それで見ているものは実在していないが、その元となる考えは実在しているという結論に至った。つまり幻想をつくっている源があるわけだから、彼は結局、二元に陥っている。源が何か他のものと関わっているなら、それは二元だよ。
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イカロス そうだね。プラトンは素晴らしい哲学者だが、本当のところは目に映る象徴もその元となっている考えも実在していない。それらは幻想から生まれている。つまり、一見分離している心から生まれたものだ。そうした心は本当の生命ではなく模倣に過ぎない。

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アーテン: プラトンの学校では、識者たちが集まって議論するのを認めていた。だから二人もプラトンから学びつつ、それまでの経験と併せて自分たちで考えることができた。二人はクラスでの議論ではプラトンへの敬意だけを示していたが、実は別の結論に至っていた。彼らは最後の二つの転生で、その結論を思い出し、影響を受けることになる。
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イカロス この人生はごまかしだ。すべては我々の真実の経験や、本当の生命を知ることから遠ざけるための妨げに過ぎない。哲学的考察をするのは構わないが、それでどこへたどり着くのか? 我々は妥協が一切ないところへたどり着かねばならない。そこでこそ現実か非現実かの確固たる決断を下し、信念を持ってその決意を強化することができる。
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タキス だから我々は両方の道を行くことはできないんだ。真実だけが真実で、それ以外のものは真実ではない。我々は今一度はっきりと選ばなければならない。ごまかしのすぐ向こうに、形なき一体性(ワンネス)がある。それは非二元性の完全で、その完全さだけが真実だ。我々はそれを見事に垣間見たが、その手前の障害を取り払い、常に完全さを経験していられる方法があるはずだ。
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パーサ: 彼らは救済あるいは悟りを知る段階までたどり着いていた。それを救済と呼ぶか、悟りと呼ぶかは人それぞれだけど、どちらも妥協のない決断を拠り所としている。プラトンは論理を信じており、知性の発達が自己実現に通じると考えていた。
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   でもタキスとイカロスは、個であることは悟りとは何の関係もないことだと経験から解っていた。実際、悟りとは物理的ではなく、精神的に個を放棄することなの。それが本当の自己実現に通じるし、そういう自己実現は一体性(ワンネス)の中でしか見い出せないの。
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   プラトンの体系は完璧ではなかったけれど、彼の教えや書き物のおかげで大勢の人たちが心を発達させ、より良い決断ができるようになったことは忘れないでね。プラトンという存在は彼らにとって、大切なステップだったの。
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アトランティス文明

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   プラトンは紀元前500年から450年頃のギリシャに生きていた。プラトンはソクラテスからアトランティスのことを聞いていた。後に『ティマイオス』の対話編で、ソロンというエジプト人がクリティアスという人に語った話としてアトランティスについて書いたの。
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   確かにアトランティスはこの世界の夢の中で存在していたし、プラトンの学校に集まった人たちも、実はアトランティスで一緒だった。だからソクラテスはアトランティスについて覚えていた。つまりソクラテスや彼の弟子のプラトン、プラトンの生徒のアリストテレスやタキス、イカロスも、みんなアトランティス時代に知り合いだったの。
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   プラトンの時代から数百年後に、彼の書物で学んだプロティノスも当時のアトランティスにいた。あなたも思い出すかもしれないけど、プラトンの「善」という源が一つだと考え出したのは、プロティノスだったの。
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アーテン: アトランティスは暴力と悲劇で終わりを迎えた。今のカナリア諸島がアトランティス大陸の残存する一部だ。その他にもアトランティスの残存部分はバーミューダトライアングルにまで広がる。プラトンは、アトランティス大陸はヘラクレスの柱の外側にあったと書いたが、今で言うジブラルタル海峡の外側に当たる。
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ゲイリー: 実際にアトランティス文明はどうなったの?
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アーテン: アトランティスには極めて知的な社会が存在した。本来、この惑星外から来た祖先たちがつくった。そして当時の人々は君たちの文明が今犯しているのと同じ間違いを犯した。霊的で教養のある人たちは少数派で、ほとんどの人たちは純粋な非二元性ではなく、物質的な二元性を選んだ。知的で技術が発達していても、必ずしも彼らが霊的な進歩を遂げていたわけではないことを忘れてはいけない。
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   アトランティスに関して言えば、無限で自由なエネルギーをつくり出した権力者たちは、それを良いことのために使うこともできたが、気が狂った者たちがそれを武器にする方法を見つけたんだ。それによってあらゆる権力が手に入ると考えたからだ。
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ゲイリー: それは今、我々が原子力エネルギーでやっているみたいに?
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パーサ: そう。この惑星を破壊できる(核兵器という)武器をつくるためだったの。それは今現在もそうよ。エゴが描く未来の脚本は同じようなことの繰り返しで、より大きく、より早く、より恐ろしいものになり、もう大きくなるしかないの。それがエゴが何よりも欲しがっているもので、これまでよりも凄いものに見えないと我慢できない。
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   だからあなた方はそういうものに騙されて信じてしまうわけ。あなたが信じなければ、エゴは無なのよ! プラトン時代のイカロスとタキスのような人たちが他の人たちと違ったのは、彼らは外見に騙されなかったという点ね。彼らは外見をごまかしと捉え、その奥を見ていた。
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   結局アトランティスは、無知と欲とその結果生じた暴力で滅びてしまった。エゴが行き着く先は常に殺害よ。それはなぜだと思う? 傷ついて滅びればそれは肉体であって、それが肉体であれば、エゴの全思考体系が真実になるからよ。
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   それに一見、別の肉体に生まれ変わったとしても、そんなわけでまたその肉体が自分だと思うの! これは(本質を忘れ去った)お先真っ暗なサイクルね。取り消してやり直す以外に、(輪廻転生の)このサイクルは終らない。
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9・11について

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ゲイリー: 聞くのを忘れる前にちょっと質問だけど、以前9・11(2001年9月11日)の陰謀について話してくれたよね。世界貿易センターに突入した旅客機は実は無人で、ビルは別に爆破されたって話。あれ以来、旅客機に乗っていたとされる人たちは、どうなったのかとみんなに聞かれるんだよ。
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パーサ: まず元々の旅客機には、いつもほど大勢は乗っていなかった。一機はミネアポリスに着陸するのが目撃された。一部の乗客は前もって選ばれた人たちで、その人たちは全員が、数百万ドルをオファー(取引の条件に)されて、証人保護プログラムを受けた。それを喜んで受けた人もいたけど拒否した人たちもおり、脅迫されて暴力を振るわれ、オファーを受けるのが得策だと説得された。
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   最終的にほとんどの人たちが受け入れたけれど、当然約2割の人たちは連れ去られて行った。今となっては大部前(18年前)のことだけど、その後真相を話そうとした数人は殺された。その他の人たちも時間をかけて確実に殺されていった。彼らは数百万ドルを手に入れて贅沢な暮らしができると考えたけれど、CIAとその黒幕の権力者たちがそんな危険を冒すはずがない。
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ゲイリー: じゃあ、今は全員が死んでしまったの?
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パーサ: そう。JFK(ジョン・F・ケネディ)の暗殺の時、ほとんどの目撃者が数日以内に亡くなったのを覚えているでしょ? それと同じよ。
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 パーサとアーテンのメッセージ
   


 

霊的な道を歩む者が犯す典型的な間違い

  • 2019.09.25 Wednesday
  • 00:05


 


パーサ: ・・・ハリシュ(イエス)とパドマジュ(ブッダ)は、医者サバルから聞いた聖人だという男の処へ行く途中、別の聖人のいるグループに出会った。そして彼らから一緒にテントに泊まらないかと誘われた。彼らのグループは今で言うカルトね。二人は食べ物を少しもらい、グループの儀式に参加しないかと誘われて、悪い感じはしなかったので二人は同意した。
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   儀式では、リーダーから回されて来る器から何かの液体を飲むの。それは今で言うアヤワスカ(幻覚を催す植物の一種)にとてもよく似ている。二人は儀式の一環でそれを飲むのはつき合いで仕方ないと思ったけれど、飲んだ人たちの様子がおかしくなっていくのを見た。良く言えば最初は「浄化」で要するに「嘔吐」、それから幻覚が出てくる。
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ゲイリー: 僕も、アヤワスカで面白い体験をした人を何人か知っているけど、僕は試したことはない。でも彼らの中には直感で解ったこととか、貴重な霊的な気づきを得た人もいたらしいけど、アヤワスカのようなものについて、あなた方はどう思ってるの?
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アーテン: アヤワスカを飲んで、ためになる体験をした人たちがいるかもしれないけど、結局は単なる幻覚剤という薬物について話していることを忘れてはだめだ。幻覚剤に誰がどんな反応をするかはそれぞれで、エゴの意識も脳もそれぞれ違う。もっともエゴは反応するしかないけど、中には悪い反応が出る人もいるし、今までとは変わってしまう人もいる。アヤワスカについていいことを聞いたかもしれないけど、我々は薬物の摂取は勧めない。
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パーサ: 幻覚剤を飲んで体験していることは、実在しないことを忘れないでね。もちろん、今ここにあるすべてが実在していないのにって、議論したくなるかもしれないし、確かにそれは正しい。でもアヤワスカを飲んで得た気づきとまったく同じ気づきを、薬物なしでも得られるのよ。私たちはそっちの方を勧めるよ。
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アーテン: 二人はその夜、確かに貴重な体験をした。ハリシュ(イエス)は自分がどんなに深く両親を愛していたかに気づいた。それは彼がすっかり忘れていたことで、長い間彼はそんな経験をしていなかった。パドマジュ(ブッダ)は(過去世での)老子を思い出し、彼から学んだすべてが突然意識に戻って来た。
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   朝を迎えると、二人はそこを発って次に進もうと新たな情熱を感じていた。植物の苦い果汁を飲むのもいいが、人生の在り方としては彼らの心を打つものではなかったからだ。そのグループの聖人と呼ばれる人物は二人に残って欲しいと言い、自分の道に勝るものはないと伝えた。
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   ともに住んで瞑想し、彼の教えを学び、あの液体を飲んで、多くの経験ができると説明した。しかし二人には、そこは自分たちが留まる場所ではないと感じた。グループの数名が脅すような表情をしていたが、二人はそこを去った。そして数週間歩き続けて後、ハリシュとパドマジュは探していた人物に出会った。彼らは名無しの男を見つけ、近づいて自己紹介をした。
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ゲイリー: なるほどね。だけど話が解らなくなる前に少し確認させてほしい。BとJ は神道を信仰していた時は二元の状態だった。とは言え、他の人たちほどには人生という夢を受け入れていなかったから、二元から進化した半二元の状態だった。それでも彼らにとってはその状態がリアル(現実)だったから、ある意味まだ二元の状態にあった。
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   特に輪廻転生や祖先を敬うことは、彼らの文化ではとても大きな部分だった。もし何かがリアルに見えるなら、それは自分の外側にそれがあるということで、主体と客体があることになる。つまり意識が向けられた何かがそこにあるということだ。それは非二元のワンネス(一体性)ではない。
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   老子は非二元を教えたが、JとBはその人生での経験はいわば半二元に近かった。それは禁欲主義者として教わった世界への抵抗が、彼らのマインド(心)と経験において世界を実在させていた。これからあなた方は、名無しの教師について話すと思うから、何となく薄々感じていることは、二人は幻想には実在するものはないという理論だけじゃなくて、本当にそう感じるようになったんじゃないのかな。
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パーサ: うまくまとめたね。でも実際には生徒たちは、最初は異なるレベルの学びを行ったり来たりするわけ。つまり前進したり後退したりするの。だから新しいレベルに慣れることが大事で、そのレベルにずっといられるようになるには、結局エゴの解体プロセスを踏むしかないの。そして二人が出会った教師は、その方法とプロセスを早める方法を教えたの。
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アーテン: 名無しの男をO(オー)と呼ぶことにするが、ハリシュとパドマジュが彼に自己紹介した後、彼は二人にグループの後ろの方で座って話を聞くように伝え、彼の教えに二人が興味を惹かれるかどうか確かめてよいと言った。二人がOと話せるタイミングは、Oの方から知らせると告げられた。
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   そしてOが二人に「会う」と伝えて来るまで3ヵ月かかり、それまで彼らはグループの人々と一緒にいた。Oはその間に二人にたくさんのことを教えた。自分の人生だと思い込んでいる物語に登場する(自分や他人という)最も大事な肉体たちが、いかにしてまったく実在していないかを説明した。
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   本当は両親すら存在せず、そうしたものはエゴが多種多様な幻想に我々を引きずり込むために作った偽りのイメージに過ぎない。我々も我々の両親も本当には生まれていない。みんな存在しておらず、すべてが捏造されている。肉体は存在せず、すべては偽りで、人生も偽りだと。そして子どもを持てば、それも偽りであると彼は言った。目に映る形あるものはすべて真実ではないからだ。
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   Oは二人に、上空を浮遊しながら、下にいる人間たちの肉体を見ているところを想像するように言った。そして、この世界に生まれたいと夢見ている者たちが肉体を持てるよう、そのうちの何万という肉体が毎日消えて亡くなっているところを想像するようにと伝えた。肉体は単なるベールに過ぎず、それは価値を見出されるべきものではないからだ。
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ゲイリー: それで思い出したけど『奇跡のコース』ではこう言っていたよね。
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 『死ぬように見えるものは誤って知覚され、幻想に持ち込まれたものに過ぎない』
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アーテン: そう。二人はすでに非二元の体験を何度かしていた。Oは二人と話した際、教えた通りに二人が常に考えられるよう、ある心の規律を実践する時だと告げた。彼は二人に毎日、偽りのイメージに過ぎない肉体ではなく、ベールの向こうの一体性(ワンネス)として人々のことを考える練習をするよう伝えた。
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   そして、もし世界にあるものを心の中で実在させているのに気づいたら、すぐにそれはやめ、肉体とあらゆるものを薄いベールで包まれたブラフマンの一体性と考えるように諭した。
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パーサ: もし誰かが嫌なことをしたら、その人を大目に見なさい、とOは言ったの。その理由はその人が本当に何かをしたからではなく、実は何もしていないからなの。
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アーテン: これは彼らにとってある種の赦しへの導入となった。彼らが後に学ぶさらに高度な赦しに向けて、大事なことがそこには含まれていた。でも実は、肝心な部分が抜けていたんだ。それでも彼らがOとともに学んだことは、霊的な進歩を遂げるためには欠かせないものだった。
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パーサ: 二人の生徒はとても熱心に取り組んだの。彼らは多種多様な世界を超越した一体性(ワンネス)という真実を取り消すのではなく、多様な世界を信じさせるあらゆるものを心の中で取り消すと固く決意した。彼らは何年もかけて、見たものや記憶しているすべてを解釈し直して、大きく前進したの。

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霊的な道を歩む者が犯す典型的な間違い
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   ハリシュとパドマジュは長生きしなかった。それは世界や肉体を実在させないと決意したために、自分たちの肉体を大事にしなかったからよ。これは霊的な道を歩む生徒が犯す典型的な間違いで、レベルの混乱から生じるものなの。
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   世界が実在しないからといって、世界で存在しているように生きないという意味ではなく、肉体が実在しないからといって、健康であるために必要なことをしなくていいということではないの。車でもオイルチェンジをするし、そうしなければ壊れるのは解っている。
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   だからJやBのように優れたマスターで、世界を完全に克服するための心の使い方を知らない限り、身体に必要なものを与えないなら肉体は壊れてしまうの。二人はあまり食べなかったし、いい飲み水もなかった。それもエゴが書いた脚本の一部だった。二人は27歳くらいまで生きた。
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   のちにシェークスピアが『お気に召すまま』(新潮文庫)で次のように書いている。
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   『この世はすべて、一つの舞台。
    あらゆる男女は役者に他ならない。
    彼らには退場と登場があり、一生の間にさまざまな役を演じる。』
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アーテン: だけどハリシュとパドマジュは、多くを学んだと同時に実践した。二人の心には大きな癒しが起こり、エゴの解体作業を終える可能性を広げた。それも回りの者たちよりも早く。
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アーテンとパーサのメッセージ


 

ヒンズー教徒としてインドに転生したブッダとイエス

  • 2019.09.23 Monday
  • 00:02

 


  

パーサ: 今日はJ(イエス)とB(ブッダ)が、ヒンズー教徒として一緒に過ごした興味深い時期を見せてあげる。彼らにとっては大きな飛躍の時期だった。彼らは後に仏教が出来る直前にも、その元となった非二元の教えを信じる者として知り合うの。仏教はヒンズー教から神々を省いたようなものだと気づくべきよ。
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   一つの神しか存在していないと信じる一神教は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教が普及するまでは広まらなかったの。ちなみにこの三つにはアブラハムの神という同じ神がいる。この三つの宗教の前までは、少なくとも目的ごとにいくつかの神が存在していた。
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   おそらく一番、神が多いのはヒンズー教徒とギリシャ人かもしれない。一方、仏教はマインド(心)に重点を置いていた。ところで仏教は最初、ヒンズー教の一部と考えられていたのよ。要するに派閥のようなものね。元々キリスト教がユダヤ教の一部と考えられていたように、別々のものではなかった。でも仏教はインドではあまり受け入れられなかった。普及し出したのは、中国に広まってから。
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アーテン: ヒンズー教は複雑で、ヒンズー教徒はクリシュナを含むたくさんの神を信じていた。それは少なくとも3200年前まで遡る。確認はできないが、そう信じられている。アドヴァイタ・ヴェーダーンタの一部は有史以前まで遡る。ヒンズー教徒のもともとの考えは非二元的だったが、シャンカラについていた人たちが間違った解釈をして、ヒンズー教徒のほとんどがそっちを信じるようになってしまった。
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   JとBは紀元前500年ごろのインドで一緒だった。彼らが老子と生きた時代から約100年後のことだ。二人の名前はJがハリシュでBがパドマジュだった。彼らはイトコ同士で、そこそこ大きな村の近所に住んでいた。彼らは敬虔なヒンズー教徒になるよう育てられていたが、ハリシュは世俗的な経験がしたいと思っていた。

 

人生に偶然はなく、脚本通りなるようになっている


   ここで気づいてほしいのは、人々はエゴによってある特定の在り方でいるよう強いられている点だ。つまり、あらかじめ設定された経験をするために、そうなるべくしてそう生きているんだ。でもすべてが無意識だから、本人はなぜそうなっているのか解らない。
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   たとえば君が今の時代にカナダで生まれたとして、6歳の時アイスホッケーを始める。君はなぜか解らないが、それが好きなんだ。年月を経て将来プロになれるほどに上達する。アイスホッケーほど興味を惹かれるものは他にない。夢中になっているのは単なるスポーツに過ぎないが、そうなるべくしてそうなっているということ。
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   これはあらゆることについても言えるし、仕事や趣味とか興味のあることなどにね。つまり人々は、人生の脚本に書かれていることを生きる運命になっているってこと。それを止められるものは何もない。
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パーサ: あなたが12歳の頃、友達の家に行った時のことを覚えてる? そして友人が彼の父親の部屋にあなたを連れて行き、拳銃が入っているケースを開けたのを覚えている? 拳銃を見た時、どう思った?
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ゲイリー: ああ、すごく怖かった。彼はぼくが興味を持って銃で遊びたがるとでも思ったんだろうね。でもぼくは即行、逃げたよ。
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パーサ: どうしてそう思ったと思う?
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ゲイリー: さあね。無意識かな。
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パーサ: その通りよ。そのことで二つ、あなたが知っておくべきことがあるの。一つは前世という夢で、あなたは第二次世界大戦で戦って殺されたから、戦争の恐ろしさが無意識に深く刻まれているの。だから拳銃はあなたが一番見たくないものだった。そしてもう一つは、前世での経験があったから、あなたは今回の転生で戦争へ行かなくても済んだの。戦争はあなたがすぐに、再び経験すべきことではなかったからよ。
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ゲイリー: だからぼくが19歳の時、徴兵が抽選に変わったの? ぼくの番号は上の方だったから、ベトナムに徴兵されなかったんだ。
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パーサ: そういうこと。そういえば、この人生で銃を撃ったことある?
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ゲイリー: 一度もないよ。
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パーサ: あなたは今後も銃を撃ったりしない。この人生でそうするようにはなっていないから。だけどあなたに銃を見せた友人は拳銃に魅了されて、時間があれば撃つ練習をして結局、入隊した。でもベトナムで殺されてしまった。
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ゲイリー: 知らなかったよ。その後連絡を取らなかったし。
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パーサ: 取らないことになっていたのよ。あなたはこれまで生きてきた生き方のおかげで、これから徐々に第二次大戦で殺されたことを思い出していく。そしてきちんと赦すことができて、その経験から解放されるのよ。
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ゲイリー: 経験する出来事はあらかじめ定められているのか。でも僕には心のレベルで赦しを実践する力があるから、いろんな出来事を通して不快な感情から解放されるってことかな。
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パーサ: そういうこと。赦しの目的は青写真という脚本を変えることじゃなくて、その結果から解放されることなの。だとしても定められた運命の中で聖霊があなたの時空を調整することはあるの。そうなるとあなたは脚本にはない経験をする可能性がある。

 

   でもそれを決めるのは神の聖霊が決めることで、あなたがやるべきことは赦しのワークよ。聖霊は時間の次元を変えるのが、あなたにとって適切かどうかを知っているの。
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アーテン: こんな話をしているのは、ハリシュ(イエス)がなぜそういう性格だったのか、そしてなぜ危険な状況に引き寄せられたのか、また従兄のパドマジュはどうして彼とは違ったのか、ということを理解してもらうためだ。パドマジュは一時的な世界での経験には興味がなく、悟りを得たいと思っていた。
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   二人を引き離すというエゴの計画があったから、彼らはそうなるべくしてそのように生まれた。彼らはすでに過去世で多くを学んでいたから、エゴは無意識レベルで脅威を感じており、彼らを引き離す計画を立てた。
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   ハリシュは一人で行動できる年齢になると、村から徒歩で一時間ほどの町へ行くようになった。彼はそこで酒を飲んだり、ギャンブルをしたり、女性たちと遊んで楽しい時間を過ごすのが好きだった。彼はいつもパドマジュを誘った。パドマジュは楽しむことやギャンブルにはあまり興味がなかったが、ハリシュは従兄であり、唯一の友人だったから、一人でいて寂しい思いをするよりは彼と一緒にいたいと思っていた。
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   つまりその幻想には、神聖でいようとするパドマジュと、世俗的でいようとするハリシュという二元性があったんだ。さらに複雑なのが、二人は幼い頃に学んだことや、過去に老子との経験から学んだことで、基本的な真実をすでに知っていたという点だ。
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   彼らはアドヴァイタ・ヴェーダーンタを信じていたヒンズー教徒のように、ブラフマンと呼ばれた絶対的リアリティ(現実)を、物質的なものとは関わりのないものとして考えていた。だから彼らは魂という意味のアートマン(真我)を、幻想と実在するものの二通りで理解していた。
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   幻想のアートマンは個々の魂のことで、それは一見、あらゆる人や物質から分離しているものだ。そしてブラフマンと同一のアートマンがあって、その絶対的現実はワンネス(一体性)でしかないというものだ。しかも多くの東洋の思考家は、現象的な世界が幻想であると考えつつも、同時にそれが神々を反映させた存在であるというふうに捉えていた。
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   それが神あるいは神々が幻想をつくり出したのに、完全なる存在は幻想とは一切関係ないという、おかしな混乱が続くのを助長させてしまった! 多種多様な宇宙の投影は、個別性と分離の概念に基づいたエゴの産物だ。
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ゲイリー: 映画『マトリックス』での表現が好きだったな。君が見ている世界は君の目をくらませて、本当の世界を見ないようにさせるための幻想だってやつだ。
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アーテン: ああ。だが彼らが話している本当の世界っていうのは、神とは何の関係もない。まぁ、それでも映画で言っていることは正しい方向への一歩ではあるけどね。
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ゲイリー: そういえばチャネリングうまくいかなかった時、シャンカラのこと間違ってごめんね。他にはどんな間違いがあったの?
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アーテン: 大丈夫だ、兄弟。君に伝えている情報量を思えば、間違いは少ない方だ。『神の使者』(河出書房新社)の中で、1960年代の中国で地震で50万人以上の死者が出たと我々が言ったとあったが、正しくは1970年代だ。
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   それと同じく『神の使者』の中で、Jとマグダラのマリアが15年間結婚していたと正しく書いていたが、彼らが結婚した年齢について『愛は誰も忘れていない』(ナチュラルスピリット)は間違っていた。君は彼らが20代の時に結婚したと書いたが、Jが18歳でマリアが15歳の時だったから、正しくは10代だ。致命的なミスではない。
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パーサ: ハリシュとパドマジュの話に戻るけど、代々受け継がれた古文書の勉強に関して、彼らは入念に取り組んだ。彼らは今私たちが話しているようなことを頭では理解していた。でも体験してはいなかった。つまり心の訓練をするための規律を、まだその人生では確立していなかったの。
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   ある夜のこと、二人は賭博場に出かけて、賭けでまあまあな大金を手にし、酒場で楽しい夜を過ごしていた。すると賭けで負けた酔った男がやって来て、ハリシュが不正をしたと言い出した。彼はそんなことはしなかったし、だけど彼にしたら受け入れ難い酷い言いがかりだった。だから声を荒げてすぐに喧嘩になった。
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   パドマジュがハリシュを助けに入り、喧嘩の際中にパドマジュが腹部を刺されてしまった。それでハリシュは恐怖に震え上がって、すぐに気づいた。自分の愚かな行動のせいで、親友が死ぬかもしれないと。
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   幸い、そこの店員たちが喧嘩を止めて、ハリシュと何人かの男たちがパドマジュを医者へ連れて行った。今ならアーユルベーダ療法というのを施す医者だった。傷はそんなに深くはなくて、パドマジュは数週間で回復した。
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   ただ今回のことはハリシュにとって、目が覚めるような衝撃的な警告になった。でも彼はたとえパドマジュのことがあったとはいえ、自分の生き方を罪だとは思っていなかった。でも自分は時間を無駄にしていることには気づいており、もっと酷いことになっていたかもと思ったの。ここで思い出してほしいのは、偶然なんてものはないのよ。
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   サバルというその医者は、パドマジュの治療のために彼らの村を訪れている間に二人と話し、彼らが訪れるべき聖人について教えたの。そしてパドマジュはまだ完治していなかったけれど、二人はその聖人の所に行って、彼から学ぶべきものがあるかどうか見極めようと決めたの。
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   二人はその男を探しに村を出た。サバルによると、その聖人には名前がなく、彼は以前サバルに、名前を持つことで自分を人間という存在に限定してしまうと言っていたそうよ。そもそも彼は自分を人間とは思っていなかったんだけどね。興味を持ったハリシュとパドマジュは、その名前のない男がいると教えられた所へ行った。
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パーサとアーテンのメッセージ

   


 

老子の弟子だったブッダとイエス

  • 2019.09.21 Saturday
  • 00:03

 

 


   
パーサ: 中国での当時の伝統や教師たちは、女性の弟子を受け入れていなかったけれど、老子は違ったの。彼はシャオリーとウォサンを呼び、彼について行くには世俗的な所有物や古い信念への執着を手放さなくてはならないと伝えた。そしていずれは欲望を手放しなさいと言ったの。そして彼らにはそういう生き方を受け入れる準備ができていた。
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   彼らは生まれながらに備わった叡智を信じていた。ただ、そういういう生き方がずっと続けられるものかどうかは解らなかった。老子は二人が自分の教えに専念してくれることを期待していた。でも彼らは老子の生き方が、本当に自分たちが探していたものかどうかを知りたいという感じだった。
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   もしうまくいかなかった場合は、他へ行くつもりだった。そして結局、何年も不満を抱えて過ごし、やめることに決めた。でも彼らは老子の下で本当に真剣に取り組んだの。道で物乞いをする人たちにこっそりお金をあげたり、騒ぎや暴動が起こらないよう、物乞いの人たちを道の端へ連れて行って、そっと金貨を渡したりしていた。
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アーテン: 禁欲主義に慣れるには時間がかかる。普通に食べていた人なら、最初の空腹感はきついはずだ。シャオリーもウォサンも初めは、豊かさやおいしい食事、そしてお金で手に入るさまざまな便利さを恋しがった。でもマスターは世界の本質、つまり世界は完全に幻想で、すべてはエゴの策略だという事実を率直に伝えた。
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   たまに老子は二人のどちらかを呼んで話した。この機会を得た弟子たちは、誰もがそれを特権と思った。次に挙げるのは老子がシャオリーと交わした会話の一例で、英語に翻訳されているものだ。老子の発言の幾つかは『老子道徳経』にもある。当然、『老子道徳経』は他の伝統や教えと同じように、何度も再解釈され修正されてきた。
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「老子道徳経」の対話
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老子  人間が見ているものは我々自身、つまり心から生じている。我々が見ているもので、他者に対して行われているものは何もない。だが人々はたいてい、そのように経験している。ほとんどの人が自らを、外側にある世界の犠牲者だと捉えている。確かに世界が自分の外側にあるのなら、我々は犠牲者になるだろう。
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   だが多種多様な世界に対する考えは、我々の外側ではなく内側にあるのだ。それなのに外側にあると思っている。考えが心を離れることはない。考えは常に心の中に留まっている。考えが変わるのも、問題に真に取り組めるのも、心の中でしかない。
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   真実は「道」(タオ)であり、「道」は一なるものである。真実には部分がない。真実とは他のものと対立したり、騒ぎ立てたりしない。真実はただそこにある。ただそこになくてはならない。君もただそこにいなくてはならない。
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シャオリー  マスター、なぜ幻想は真実ではないのにリアル(現実)に見えるのですか?
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老子  確かに真実に見えるが、夜見ている夢も同じだろう。現実に見えるからといって、それが本当に現実か? 違うね。幻想を現実にしているのは、幻想に対する君の忠誠心だ。エゴの策略に対する君の揺るぎない信念だ。それが偽りの人生を生んでいる。あらゆる者の時間は一体性(ワンネス)へと回帰するが、君自身が一体性の状態に到達するまでは、君は一体性に留まることはできない。
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   一体性(ワンネス)とは、空っぽでありながらすべてを含んでいる状態のことだ。言葉でこれを描写はできない。自分の内側で探しなさい。欲を持たぬ者には答えが待ち受けている。
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シャオリー  でも、どうすれば欲を持たずにいられるのですか?
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老子  ”でも”は慎みなさい。欲に対する君の信念がなければ、世界は君を欲で誘惑することはできない。自制する訓練をしなさい。そうすれば信念が変わっていくのが解るだろう。
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シャオリー  では、すべてが心の中にあるのなら、なぜ行動を変えなくてはならないのですか? なぜ心を変えるだけではだめなのですか?
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老子  素晴らしい質問だ。君は賢い。だが賢くあり過ぎることには気をつけなさい。心を変えるだけではいけないのかという質問だが、規律なしにはそうはできない。行動を律することで、心を律することが楽にできるようになる。正しい習慣を身につけなくてはならない。
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   行動を通して世界を諦めることが、世界への信念を手放す助けとなり、次に欲と苦しみから解放される手助けとなる。苦しみから解放されると、心穏やかでいられるようになる。一体性(ワンネス)は平和そのものだ。君は一体性につながる準備をさらに整えていく。世界や世界の対立という幻想が、君に対して力を持つことはなくなる。

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アーテン: 老子の論理はこれで解るだろう。彼は弟子たちに、解放されるには世界の物事を諦めなければならない、と考える段階を経験させようとした。だが努力して何かを諦めなければならないと思う時こそ、それを心のなかで実在させてしまい、信念を放棄する妨げとなってしまう。
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ゲイリー: だからブッダは後に、世俗的過ぎず、いろんなことを断念するわけでもない中道を勧めたということ?
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アーテン: その通りだ。いずれにしても目標は世界に対する精神的な執着を徐々に手放すことだ。老子によれば、物質的に手放すことは足掛かりに過ぎない。そんな彼の功績は認めるべきだと思う。
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   老子はブッダだけでなく、道教の後に生まれたあらゆるものに大きな影響を与えた。つまり我らが友のウォサン(ブッダ)、イエスから仏教、プラトン哲学、グノーシス、キリスト教に至るまで多少なりとも影響を与えたんだ。でもキリスト教においては、ローマ帝国の行なった茶番に変わるまでのことではあったけどね。老子は非二元性を理解して教えていたんだ。でもみんなはそれに気づいていなかったけどね。
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パーサ: 老子自身も『老子道徳経』の一部を強調していたけど、それはエゴを大人しくさせるためだったと理解するべきことね。彼は謙虚であることが真の道理の基本と考えたの。次は老子とウォサン(ブッダ)の対話よ。
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老子  君は子どもに頭を垂れる謙虚さを持たなくてはならない。尊敬されようとするのをやめなさい。そんなものは必要ない。何かが必要と考えるのをやめなさい。何かを必要とするのは、それに囚われていることになる。何も求めないことが豊かであることだ。君はすでに必要なものをすべて持っているのだから。
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ウォサン  では自分がするべきことを、どうやって知るのですか?
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老子  何も必要はない。「道」(タオ)は空っぽな状態のことだ。幻想のこの人生では、それは計画がない状態を指す。幻想は無意味だ。無意味なものに対して、なぜやるべきことを持とうとするのか?
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ウォサン  では、なぜ幻想から解放されようとするのか、と言ったほいうがよいのでしょうか?
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老子  その通りだ。

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パーサ: 老子の弟子にとって、瞑想は日々の訓練の一部だった。心の完全な静寂に達して、最後にはどんな邪念も持たないようにするためよ。そうして心はより平和になるの。
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ゲイリー: ぼくは瞑想だけでは悟れないと理解してるけど、合ってる?
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アーテン: 合ってるけど、先走らないようにね。瞑想は心を鎮めるのに役立つし、訓練に備えて心の準備を整えるのに有効だ。しかしもっとも大切な訓練は思考体系を通して行われる。老子の思考体系はいいものだったが、他のほとんどの体系と同じように最後までたどり着かなかった。思考体系を持つ重要性については後で詳しく話そう。
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パーサ: ある日、ウォサンが丘の上で瞑想していた。中国は丘が多いのよね。ウォサンは肉体の感覚がなくなり始めて、彼自身が消えて見えなくなったの。彼の意識は広がっていった。それまでいたスペースに制限されずに世界を眺められるようになり、自分よりも大きな存在に思えるものが何もないように感じられた。
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   その感覚は彼に訪れたものではなく、彼自身から生じていた。彼は肉体ではなく心だったの。そして肉眼ではなく、心を使って見ていたの。重力を感じないし、それは恍惚とした体験だった。彼はどんどん広がり続けて解ったの。これが本来の自分に近い状態なんだということをね。彼が自分を小さく感じていたのは、肉体こそ自分だと信じていたからよ。でももう、自分が肉体だと信じることはないと彼は気づいたの。
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アーテン: 至高体験は言葉を超越している。それは真実が言葉を超越しているのと同じだ。でも至高体験と真実は区別しておきたい。つまり実在する真実はウォサンの体験とはまったく違うレベルだからだ。
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パーサ: ウォサンはその体験を老子とシャオリーに精一杯伝えたの。彼らはウォサンのためにそれをとても嬉しく思った。シャオリーとウォサンは愛し合っていて、どんな時もお互いを励まし合っていた。
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ゲイリー: 二人はセックスしたの?
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パーサ: そう。彼らの関係は普通だったし、セックスにもこだわっていなかった。彼らにとってセックスは愛を表現するものだった。ただ、そのことを老子には秘密にしていた。彼は弟子たちに禁欲生活を求めていたからね。
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アーテン: ウォサンは他にも至高体験をしたし、シャオリーも至高体験をした。二人が星空のもと、外で寝ていた時、シャオリーは宇宙のあらゆるものが自分から離れておらず、自分が宇宙になったように感じた。
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   彼女はあらゆるところにいた。そして時空の限界を打ち破って、そこにある一体性を感じた。そこには固定されたものはなく、すべてが自由に入れ替わってもその状態は変わらなかった。それ以降、彼女は宇宙について以前と同じには考えられなくなった。
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パーサ: 探究者の誰もが、どこかの転生でこうした体験を必ずするのよ。それは今回の人生ではないかもしれず、あるいはすでに別の人生で同じような体験をしているかもしれず、だから今世ではその体験は繰り返さず、規律を学ぶことになっているのかもしれない。だから自分と人の体験を比べることに意味はないの。どんな段階の経験も偶然ではないし、それを経験しないこと自体も偶然ではないからよ。
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アーテン: ウォサンとシャオリーは6年間、老子の下にいたが、よく考えた結果、彼から去ることを決めた。彼らは勇気を奮って老子に伝えた。それはいつの間にか姿を消したりして、逃げるようなことはしたくなかったからだ。老子に感謝していたし、きちんとお礼を述べた。二人は短期間の間に多くのことを学び、自分たちでさらに前進できると感じた。老子のおかげで非二元を知ることができた。
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   それから彼らは子どもが欲しいと思うようになった。その後、4人の子どもが産まれたが、そのうちの1人は赤子のうちに亡くなった。
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パーサ: 二人は神道の半二元から、道教の非二元へと進んだわけだけど、それは極めて困難なものだったの。なぜならあらゆるものが赦されなければならないし、そもそも人類が繰り返している経験は、繰り返して学ぶための教室が設定されているに過ぎないからよ。

 

   つまりそれが理由で、完全に赦すために何度も何度も繰り返される転生で同じ人たちと出会うのよ。後にJが「赦し」を教えることになるけど、当時はほとんどの人がそのことを理解していなかった。
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   次の訪問では、JとBがヒンズー教徒として知り合いだった転生の話をするつもり。ヒンズー教は、非二元が二元へと退化した典型例なの。とはいえヒンズー教から学んで、それを応用することで我が家へ帰る道を見つけた人もいないわけではないけどね。
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アーテンとパーサのメッセージ 

紀元前600年頃の中国に転生したブッダとイエス

  • 2019.09.19 Thursday
  • 00:00

 

 

   
アーテン: J(イエス)とのちのブッダが老子の弟子だったのは、紀元前600年頃のことだ。それはブッダが生まれる200年前で、孔子が生まれる50年前のことだった。この情報は確かなものだが、歴史学者がこれに同意するとは思わないように。ところで孔子は哲学者で、教義や宗教などを持っていなかった。一方、老子には道教の教義があった。
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ゲイリー: 老子は非二元を信じていたの?
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アーテン: そう、完全に信じていた。彼は形あるものは幻想だと理解していた。だが「道教(タオ)」には形がない。これについては追って話していこう。我々が話す教師たちの全員が、非二元を信じていたし、一体性が真実であり、それ以外は偽りだと理解していた。
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   これはよくあることで、彼らの生徒や弟子の中に、彼らの教えを二元化に退化させる者がいた。そのようにして真実がつくり変えられてしまうと、それが真実ではないものとして(人生という)夢の世界に伝えられてしまう。そして、そういうことがこれ迄何千年と繰り返されてきた。なぜならエゴが生き残るために、真実はあまりにも脅威だからだ。
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   エゴが真実を変えてしまう。ヴェーダーンタでも老子でも、ブッダでも『奇跡のコース、奇跡講座』でもそれは同じだ。それが、エゴを解体しなければエゴはいつまでも真実を覆(くつがえ)すというやつだ。当然、(教えを解釈する)教師や生徒たちは自分たちが真実を変えているとは気づかない。それは(自らを)投影しているのと同じようにだ。彼らは自分が正しいと思っているので、自分たちのしていることが解らないんだ。
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ゲイリー: その原因は、無意識で真実に抵抗しているということ?
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アーテン: そうだ。ほとんどの人は「道(タオ)」は自らの道という意味と思っているが、老子にとって「道」は二つのレベルで理解されるべきことだった。この世界というレベルでは「自らの道」だが、マクロ(最大)のレベルでは真実、つまり幻想を超越した一体性(ワンネス)だった。
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ゲイリー: 老子はそれを「神」呼んだの?
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アーテン: いや、君も中国を訪れて知っているように、中国人は神という表現があまり好きではない。だから道教を信仰する者にとって真実とは、単に形のない真実を指している。
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   『奇跡のコース、奇跡講座』や純粋な非二元性が登場するまで、神との完全な一体性(ワンネス)は唯一の現実、究極の真実だと認められていなかった。もちろん究極の真実を知っていたマスターたちもところどころでいたけど、彼らは自分が知られて有名になることなどどうでもいいことだった。
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ゲイリー: それについていつも考えていたんだけど、この世界が夢で、自分が夢を見ているという体験を本当にしているなら、自分が悟ったことを人に知ってもらおうなんて気にもしないよね。
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パーサ: いいとこ突いてる。でも教えるためには、自分の体験を伝えるのが適していることもあるのよ。ブッダと老子の教えはとても似ていた。ブッダの言葉とされているもので、実は老子が最初に言ったものもあるし、のちにブッダが言ったことで老子のものとして引用されているものもある。いずれにしても、ブッダは老子のアプローチから徐々に逸れていったの。
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   ブッダと老子の違いを一つ話すと、老子は少し変わっていて、非二元を理解してはいたけれど禁欲主義者でもあった。だから弟子たちに禁欲主義を貫くよう要求した。そして弟子たちは非二元というよりは半二元に導かれていった。なぜなら世俗的な快楽を否定しなければならないと信じることは、幻想に抵抗することによって幻想を実在させてしまうようなものでしょう。
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ゲイリー: つまり何かを諦めなければならないと思うことは、それを求めている時と同じくらい幻想を実在させているってことかな。
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パーサ: そのとおり。でも欲望が苦悩に導くと最初に説いたのは老子だった。彼は弟子が幻想である世界を諦めることで、欲望を手放す助けになると考えたの。彼は世俗的な関わりに反論することをたくさん言った。たとえば「賢者は何もしないからこそ何も台無しにしない」とかね。
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   ブッダは老子とヴェーダーンタの両方に影響されて、200年後もまったく同じことを信じていた。でも信念に従って生きて、大きな啓示を体験した。彼は欲望を放棄することで苦悩から逃れたいのなら、これは道教と仏教の主な目標の一つでもあるけど、無理に頑張って生きてもほとんどの場合、明晰さを妨げることになると気づいたの。それに頑張って生きても、結局満たされないのよ。
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   彼ブッダはついに「中道」を生きることにして、禁欲主義をやめた。彼も彼について来ていた人たちも、それまで何年も禁欲的な生活をしていたけど、ブッダが世界は幻想で実在しないものなら、それを手放す必要もないと説明した。同時に、世俗的な快楽や乱痴気騒ぎのようなものを許容できるものにするために、必死になってそういう経験をしなくてもいいと言ったの。つまりは、普通でいなさいということね!
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   私が「楽な状況」と言わずに「普通の状況」と言ったことに気づいてね。人生には愛する人の死など困難な状況もあるけど、そんな状況でも普通でいなさいと言ってるの。悲しむ時間が必要なら十分に時間を取って悲しめばいい。空腹なら食べればいいし、病気なら薬や体によいと思うものを試せばいい。
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アーテン: 老子は常に完璧に教えていたわけではないが、素晴らしい自制心の持ち主だった。つまり彼はエゴの策略を理解していた。若い頃というのはすべてが初めてに見えて、本当にそうだと信じているだろう。忘却のベールは分厚くて、すべてを新しいものに見せる。そして何かに惹かれて夢中になるかもしれない。そうやって何かが重要に思えてそれに引き寄せられるのもエゴの仕掛けなんだ。
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   そしてそれはどんどん複雑になっていって、ただの趣味でさえがとても重要なものに思えてくる。生涯にわたって何かに夢中になるのも最初から全部、準備されていたことなんだ。それは偶然じゃない。じゃあ、そこで問題なのはそれが何のためかということだ。
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パーサ: 厚い忘却のベールのせいで時々、(すでに何度も経験していることでも)そうやって新鮮な経験に思えることはよくあるの。それは年を取っててもね。この人生で初めて子どもを持った人たちは、実はそれが初めての経験じゃないのにそれに気づかず、本当に初めてのように振る舞っている。ただ単に忘れてしまっているだけなのに。つまり、何千年にもわたるさまざまな転生の夢の生で、一緒だった家族の記憶が遮断されているからなの。
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ゲイリー: 彼らJとブッダは幾つの転生で知り合いだったの?
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パーサ: 40くらいよ。でも二人とも毎回、男性だったわけじゃなく、そのうちもっとも重要な6つの転生について話すよ。
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ゲイリー: 40! それってずい分多くない?
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アーテン: ぜんぜん多くないさ。君にだって何千年にもわたるさまざまな夢の転生で、何百回も知り合いだった人たちがいるんだ。Jとブッダの転生が君ほど多くないのは、二人には必要なかったからだ。
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   君が彼らの関係が重要だと思うのは、彼らが有名なマスターたちを知っていたからだし、彼らがマスターたちに知り合えたもっともな理由もある。彼らは他の人たちほど人生という夢を信じていなかった。つまり教える準備の整っている人(マスター)たちと、一緒にいる準備ができていたってことだ。
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ゲイリー: 生徒の準備が出来た時、教師が現れるってことだな。
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アーテン: そう。その逆もまた然りだ。
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パーサ: 当時の中国の生活は、あなたが考えるよりもずっと多種多様だったの。歴史の本で読めることは実際のほんの一部だから、そんなことを話そうとは思わない。、私たちがここに来ている目的で大事なのは、真実を夢から目覚めるために使うこと。これからブッダについて話す時、たまに略してBと呼ぶね。
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   その時代の中国で、Jはシャオリーという女性で、ブッダはウォサンという男性だった。彼らは近所に住んでいて、二人ともサイキック(霊能者)としての能力を持っていた。でも両家にとってそれは決して嬉しいことではなかった。自分たちの子どもが笑い者にされたり、何かひどいことが起きるのではと心配していたの。
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   でも子どもたちのことが評判になり、裕福な家庭の人たちがアドバイスを求めて来るようになった。彼らはお礼を金貨で支払った。二人の子どもたちは誰も決して知り得ないことを話したので、みんなは二人の能力が本物だと解った。シャオリーとウォサンは、みながそれぞれ欲しいものを手に入れるためにどうすればいいかを教えてあげたの。
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      (中国の)人々は2600年もの間、全然変わっていない。変わったのは景色だけね。二人を訪れて来る人たちが欲しかったのは、お金と成功と名声と特別な愛だった。シャオリーとウォサンは、人々を導くのがとても上手かったから、もし二人が望むなら豊かな生活ができて、残りの人生を安泰なものにできたはずよ。
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   でも、それで話は終わらなかった。二人は十代の時に恋に落ちて、ある晩、金貨など持てる物を持ってそこから逃げ出したの。彼らの両親は比較的に幸せだったけれど、二人は違ったの。彼らには学ぶべきことや経験すべきことがもっとあって、物質世界が提供する以上の大切な何かがあると知っていた。彼らは数ヶ月かけてそこから出る計画を立て、最終的にはかなり遠くまで行った。
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   二人は結婚し、あちこちを移動したの。そして一年後くらいに、ある人物について耳にして喜んだ。その教師は「人生の秘密」を知っていて、人々を救済に導ける人物だった。二人は持ち前の優れた直感で、彼から学ぶべきだと解った。その教師こそ、老子だった。
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 アーテンとパーサのメッセージ

   

   

   

   

紀元前700年の日本で神道を学んだイエスとブッダ

  • 2019.09.17 Tuesday
  • 00:00

 

 

 

アーテン: 今回の訪問は、二人のマスターであるイエスとブッダが出会って知り合い、互いに助け合った幾つかの人生について話す。彼らに共通する他の人生についても順に話していこう。
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   人はそれぞれ自分の軌道にいて、繰り返し出会うことになる。幻想という人生のすべての仕組みがあって、大体数100年ごとに肉体を持って転生するが、長生きできなかった人生の場合はもっと早く転生し、必然的に数100年先を待たずして別の人生を夢見る時間がある。
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   地球の歴史で近代と呼ばれる時代は、今から5000年くらい前までと考えられるが、それは単に歴史のサイクルに過ぎない。それ以前のことはあまり知らなくても、その5000年のことですらよく知ってはいない。まずは紀元前700年頃の日本について話そう。その理由は後で話す。
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   実は、イエスやブッダが本当に実在していたという物的証拠はない。彼らはつくられた人物だと信じている人もいるが、そうではない。彼らはみんなと同じように確かに人生という夢の中で存在していた。歴史学者は彼らが存在していた時期について論争しているが、そもそも生きていたことを証明できていないのだからおかしなことだ。
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   では彼らが地上にいた頃の話をしよう。彼らはその前にも出会ってはいたが、最初に大切な関係を築いたのは、紀元前700年頃だった。神道は世界でもっとも古い宗教の一つだが、宗教というよりも伝統と言ったほうがいいのかもしれない。神道は日本で特に盛んだった。現在も日本では約8割の人が自らを神道信仰者と捉えている。どのような国でも宗教でもそうだが、より敬虔な信者というのがいる。
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パーサ: その時代、イエスの名前はサカ、ブッダの名前はヒロジだった。少し名前を略してはいるけどね。紀元前700年まで、神道は世代から世代へと語り継がれていて、古事記という神道の聖書のような書物は、その頃よりももっと後の紀元前8世紀頃に書かれたの。
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   サカとヒロジは信仰心が篤く、二人とも当時の天皇に忠誠を尽くす同士だった。もっともその時代、そうでなければまずいことになったかもしれないけどね。というのも天皇は全国民の所有者だったし、あらゆる趣旨と目的において天皇は神だったの。強制された部分があったとはいえ、日本人は第二次世界大戦直後までそう信じていた。
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アーテン: 我々が、彼らが生きたその時代について話す目的は、当時のサカとヒロジでさえも最初は二元の精神状態からスタートしたことを知ってほしいからなんだ。君たちだって彼らのように完全に人生という夢を信じてはいなかったとしても、時に夢が現実に感じられることもあれば、そうでない時もあったりするだろう。
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   神道は昔から儀式が好きで、人生で何をしたかをとても重視する。だがそれもいつどこで、何をしたかが本当に実在していればの話だ。
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パーサ: 古事記には歌と詩が儀式と先祖の話と一緒にまとめられていて、遥かな昔の人々を繋いでいる。神道では先祖を敬うことは、もっとも神聖なこととされている。神道は必ずしも自然とのつながりを一体性(ワンネス)とは考えていないけど、繋がりの感覚というものはある。
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   当時のほとんどの日本人は一体性(ワンネス)という観点で物事を考えることはなかった。ただサカとヒロジは、その頃時々一体性を体験していたの。彼らの神秘体験は一時的ではあったけど、宗教の枠にとらわれない至高体験だった。それは自然との一体感だった。
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アーテン: イエスとブッダが中国で、老子と一緒にした至高体験について話そう。道教の「道」(タオ)は神道の考えとは異なり、形というものを持たない。その人生での二人の名前は後に出て来るが、彼らはその転生で道教を信仰し、神秘体験をした。目覚めるとまた夢という人生に戻るわけだが、二人はその時の戻り方が神道での体験と違うことに気づいた。それは自覚のレベルが異なっていたからだ。
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   ところで自覚といえば、一つ覚えておくべきことがある。あらゆる人は君の好き嫌いに関わらず、それぞれの自覚レベルで最善を尽くしているということだ。
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ゲイリー: 先に進む前にちょっと質問だけど、ムハンマド(マホメット)の話が出ないね。ゾロアスターについてはずっと前に一度聞いたけど、JとBは彼らと出会ったの?
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アーテン: いや、出会わなかった。その理由はムハンマドはJとBの最後の転生の600年後に転生したからだ。ということはトマス(アーテン)とタダイ(パーサ)が亡くなった600年後ということ。我々はムハンマドに異議があるわけではなく、ただ彼とは形のレベルで接点がなかったということ。何度も言うが、最終的には我々はみんなが繋がっている。
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   ゾロアスターについては、今話している日本の時代よりも千年も前のことだ。その頃はまだイエスとブッダは知り合っていなかった。ところで我々は前に、君はモスリムのスーフィー教徒だったことがあると言ったね。
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ゲイリー: ああ。でもそれはムハンマドの後だった。確かゾロアスターはイランにいたんじゃなかった?

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アーテン:そう。ただ当時はイランではなく、ペルシャと呼ばれていた。
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パーサ: 話を戻すと、日本に転生していたサカとヒロジは二人とも同じ女性に興味があったの。彼女の名前はメグミだった。
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   最初に理解していてほしいのは、人々はとても深いレベルで感じているということ。それは外側からそのように見えても見えなくてもそうだということよ。落ち着いて冷静に見える人でも、たいていは非常に深い感情が渦巻いているものなのよ。もちろん、その感情が内側で完全に否定されて無意識に追いやられて、本人が何も感じていないならばの話だけど。でもそんなことはめったにないし、どんなに寡黙な人であってもよ。
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   思考を監視することについていろんな教えの中で聞いてきたと思う。当然、葛藤や悲観的、判断や非難をしていないか自分の思考を見張るべきなのは確かだけど、ほとんどの教師が見過ごしていることは、感情を監視することも同じくらい大切だということよ。なぜならあなた方は何よりも感情に従って行動することが多いということ。
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   そしてほとんどの人が気づいていないことは、そうした内に渦巻く感情の繰り返し、長い間繰り返し考えていることの結果として、さまざまな現実が生まれるということよ。まず最初に思考という考えがあって、それが感情をつくるの。サカとヒロジはそれに気づき、本来の自分を見失わなかった。彼らは友人として、長い時間を話し合い、多くのことに気づいたの。
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   着実に霊的な道を歩む人の多くが、素晴らしい観察力を持っているものだけど、二人の観察力も素晴らしかった。彼らはほとんどの人が注意しないことによく気づき、物事を疑問視していた。「いったいどんな神がこんな世界を作るんだ?」とか。サカとヒロジは当時のいろいろな教えを習得したの。たとえば呼吸の重要性だけど、彼らは常に深呼吸することを習慣にしていたし、瞑想もしていた。
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ゲイリー: 彼らはたくさんのことを習得したみたいだけど、結局それだって二元的なんだよね。
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アーテン: そういうこと。サカとヒロジが他の人と大きく違った点は、彼らは二元的な道を歩んでいても、人生というものの妥当性をすでに疑っていたことだ。彼らは人生が幻想だとすでに感じていた。二人ともそれについては、次の転生で出会うまで深く追求することはなかった。
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パーサ: でも結局、どの段階であっても最大の前進を遂げる道へと通じているの。そうしなければならない時が来たら、誰でもみんなその大きな一歩を踏み出すところへたどり着くの。そして二元的な最初の段階を含め、霊性の梯子(はしご)の一段一段を習得しなければならない。誰もが一歩ずつ進むしかないんだけど、そのために必要なワークをしたくなくて、最後の段階にスキップしたいわけ。
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アーテン: 君たちがよく犯す間違いは、何かを頭で理解していれば、それを知っていると思ってしまうことだ。でもそうじゃない! 情報として知っているだけでは十分じゃないんだ。実践しなければならない。
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   「赦し」を知っていても理解していても十分ではない。それに赦しを理解することはめったにない。でもいったん理解したら、常に赦す習慣を身につけなくてはならない。それは梯子のどの段階でも同じだ。どの段階を学ぶ時にも実践しなければならない。行動しないなら、それは学んだことにならない。サカとヒロジも同じで、その時の転生を終える頃には、二元の状態からでもかなり前進することができた。
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ゲイリー: そうそう、メグミとはどうなったの?
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パーサ: 彼女はサカ、ヒロジと同じ地元で育った幼馴染だった。そして十代になると、サカとヒロジはメグミに愛情を抱くようになったの。でも彼らの当時の文化では、女性と親しくなるのは難しかったの。
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   サカとヒロジは、いつかメグミと結婚することを夢見ていたけど、それは実現しなかった。当時は天皇家が国民の縁談を決めるのは珍しいことではなく、天皇家の人々がメグミの縁談をまとめ、彼女は一度も会ったことのない男性と結婚した。彼女はサカを愛していたけど、サカは知らなかった。
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   彼女には選択の余地はなく、天皇家の意向に従うしかなかった。結婚式が執り行なわれて、その後三人が会うことはなかった。三人とも深く落ち込んだの。メグミはまったく幸せではなかったけれど、義務を果たし、子どもを生んで人生をまっとうした。当時は義務や約束、栄誉を守ることがとても大事なことだったの。
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   当時の時代、もう一つ大事だったことが輪廻転生よ。神道にとっても重要なことで、それは肉体が実在するものという信念からくるものだった。「コース」の生徒なら、輪廻転生もまた夢だということを知っているでしょう。つまりあなたたちが肉体に宿っているなんてことは決してないわけで、それは目の錯覚なの。でも神道の信者はほとんどの人がそれを信じていた。
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   メグミもその一人で、よりよいカルマを願っていた。カルマを信じるのは、道教や仏教よりも前からあったことで、さらに古いヒンズー教にも通じる考えなの。とにかくサカとヒロジは非常に落ち込んで、二人ともメグミとは一緒になれず、しかも彼女に対して同じ気持ちを抱いていたので、互いに変な嫉妬心を持つようになった。二人の友情は壊れかけたし、実際にそれ以来、何年も後になるまで彼らは会うことを避けたの。
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アーテン: 二人は直感が鋭く、人生における日常生活のあらゆる出来事を、霊的なレッスンとして見るようになった。実践に移すことはまだ身についていなかったが、互いを赦さなければならないと感じていた。そのために二人は最善の努力をした。
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   それ以後、二人はその後の転生でも赦すことを最も重要なことと考えた。彼らは二元的な状態にあったが、霊的な進歩には赦しが欠かせないと気づいたのだ。そして生死のサイクル全体とその倫理について疑問を持ち始めた。だが二人がそれらについて学んだのはずっと後のことだった。
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パーサ: 彼らにとって神道の信仰を経験して、ともに生きたその人生のあらゆる経験が、次に二人が再会した転生でとても役にたったの。その次の人生では彼らは中国に転生し、老子というマスターを知ることになる。彼は『老子道徳経』(『老子』(岩波文庫)ほか)を書いた一人でもあるの。
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 パーサとアーテンのメッセージ

イエスとブッダの転生の歩み

  • 2019.09.15 Sunday
  • 00:05

 

 


パーサ: 今回の一連の訪問では、あなたがずっと知りたがって待っていたことを掘り下げていくよ。
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ゲイリー: 僕がずっと知りたかったのは、イエス(キリスト)はどうやってマスター・イエスになったのか、ブッダはどうやってマスター・ブッダになったのかという事。イエスとブッダは僕らが知るような人物になるまでに、どんな人生を繰り返し、その中でどのように学び、実践したのかという事だ。
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パーサ: J(イエス)のようなマスターが最後の転生で地上に戻って来ることを選ぶ時、もうそれほど学ぶことはないの。彼は悟りに達するために知るべきことは全部知っていた。Jが12歳の時にラビたちに神殿で教えた話は事実で、ラビたちはJを先生という意味の「ラビ」と呼んでいた。ただその最後の転生において、彼には教えて学ぶべき大きなレッスンがあったの。磔刑もその一つ。
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アーテン: そしてマスターたちが最後の転生で戻って来るもう一つの理由は、他者のためだということ。つまり正しい方向を教えてもらう必要のある人たちが大勢いる。マスターは生徒の代わりに精神的ワークを行なう必要はなくて、それは生徒自身がやらねばならない。
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   叡智の教師J(イエス)が二千年前にこの世界に再び来て行なったのは、人々を正しい方向に導くことだけが目的で、宗教を始めることではなかった。我々は以前、彼のことを、子どもを我が家という天国へ導く光だと言ったことがあるが、君は覚えているだろうか。
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パーサ: 彼(J)が今『奇跡のコース』(ナチュラルスピリット)、『奇跡講座』(中央アート出版)でしているのも、まさに同じことね。彼はまるでこう言っているみたい。「私はこの方法でうまくいったのだから、きみたちも試してみてほしい。きっと千年を節約できるだろう」とね。でもこのコースのスタイルはかなり強引なところがあるので注意も必要。
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   彼らブッダ(B)とイエス(J)は、いくつかの転生で一緒に生きたことがあり、それぞれの道を歩む上で互いに助け合う関係にあったの。
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アーテン: 彼らの相違点は文化だけだったことが後で解るだろう。結局、最終的には我々は一つなんだ。徐々に説明していくが、幻想(という人生)においては悟りは段階を経てやって来るものだ。つまりJとBでさえ、一番下から始めたという事。ただ彼らには誰よりも早く我が家に帰れると保証された大きな強みがあった。
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   彼らは、みなが(人生という)夢を信じたようには信じていなかった。もちろん最初は信じていたが、(人生という)夢に実体があるのかどうかを最初から疑っていた。つまり、こんな狂気の世界は狂った神にしか創造できないと感じながらも、神は狂っていないと気づいていて、何かがおかしいと思っていた。
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   それは彼らでなくても気づけることだけど、彼らはすでに気づいていたから、誰よりも先に学ぶことができた。だがそれでも彼らは、悟りへの梯子(はしご)を上り直す必要があった。
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   『あなたは(神との)分離によって、下りた梯子を上に向かって不確かな足取りで、やっと上がり始めたところだ』。
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   この地上にいると思っている誰もが、分離という幻想の梯子を下りたという事。そして事実それが、源である神からの分離の体験だ。問題はそこにある。つまり君たちが自分自身を見つけようとして真摯に霊的な探究を始めるのは、その梯子の一番下の段で、そこは二元性の状態にある。
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   二元の世界とは、自分の外側の世界を信じていることを意味する。つまり主体と客体を信じているので、自分と別の世界があると思っていることだ。でもその梯子を下りる前は、完全な一体性(ワンネス」)しかなかった。つまり神しかいなかったのに、今では自分と神があるという状態で立ち往生しているのだ。
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   神を信じている人でさえもそうだし、信じていないならなおさら、そこには自分と世界があるだけだというわけ。どちらにしろ分離を信じているんだ。「信じる」という言葉はとても重要で、前回の一連の訪問の時も強調したが、世界に自分を脅(おびや)かす力を与えてしまっているのは、世界に対する(信じるという)信念があるからなんだ。
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   つまり君たちの(信じるという)信念が、君たちを世界に影響されざるを得ない立場に追いやっているのだ。そうやって世界の影響に晒される立場にいるならば、世界は自分に対して影響力を持つことになる。だが一方でJ(イエス)とB(ブッダ)は、他の人たちほどには世界を信じていなかった。
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パーサ: みんな誰もが、いつかどこかで始めなくてはならないの。実際、世界の99パーセントの人たちが二元の状態にある。それは霊的な道を歩んでいる人たちもそう。JとBには強みがあったけれど、それでも他のみんなと同じように、この世で生きるためには肉体を持って現れる必要があった。
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   歴史的に見ても、霊的な生徒が良く犯す間違いがある。それはマスターが高次の意識状態で話していたことを、彼は二元性に留まったまま二元的な理解で話すという事。そして生徒のほとんどは生徒でいるよりも教師になりたがる。それは誰かについていくよりもリーダーでいるほうが自分を特別に感じることができるからだ。
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   宗教はそうやって始まったという事。人々はブッダを理解していると思い込んで仏教という宗教を作ったの。でもブッダは宗教など始めたいと思っていなかった。彼は叡智の教師だったから、人々が何百という儀式に従ってほしいなんて望んでいなかった。Jについても同じで、みんなJが話すことを理解していると思っていたので、そうやって彼について語る宗教ができていった。しかしJもBも宗教には興味がなかった。
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アーテン: だから(キリスト教の行き渡った)西洋ではほとんどの人が、Jを究極の指導者だと捉えているが、実際にはそうではないという事だ。彼は究極の指導者ではなく、実は究極の随行者(フォロワー)だったという事だ。なぜなら指導者は彼自身ではなくて、それは神だったからだ。彼もまた神の聖霊に従い、その言うことを聞いたという事だ。
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ゲイリー: じゃあ、二元性がほとんどの宗教とか団体に発展して、そういうものは会員たちが設立者(とされているJやB)に対して抱いた誤った思いの上に築かれているということだね。きっと本人たちは設立者になんかなりたくなかっただろうね。
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アーテン: 誰もがこうして物事を実在させようとするのを忘れてはだめだよ。人々は自分の外側にあると思っている神に祈った瞬間、二元の状態を実在させている。彼らはそういうことに気づきもしないから、こうして自分の中に分離の概念を持ち続け永続させる。
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   悟りはプロセスということ。梯子(はしご)の段階やレベルについてはこれからもっと話していくつもりだから、今はその(梯子の)一番下(の二元)には主体と客体があって、そこではすべて実在して見えるとだけ覚えておくように。
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パーサ: 次にここに戻って来た時には、JとBの話や彼らがどのようにして出会ったかを話すね。彼らの転生はそんなに多くはなかったけれど、二人にとって進化するためには当然その人生は大切だった。
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   以前話したけど、マインド(心)は互いの軌道に触れると教えたことを忘れないでね。たとえば二人の人間が離れていくように見えても、互いの軌道が触れることがあり、そこでまた二人は出会う運命なの。
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   それからこの人生で受ける「赦しのレッスン」は、他の人生で受けたレッスンと同じものだという事。だけどレッスンはどれも同じものには見えないし、例えば五百年前と今とでは状況もまったく違うとしても、「意味」は同じなの。よってこの人生の一生ですべての赦しのレッスンを終えるならば、同時に全部の転生の赦しのレッスンを終えることになるの。いい知らせでしょ。
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   『試練は、学び損ねたレッスンがもう一度現れているに過ぎない。したがって以前、誤った選択をしたところで、あなたは今よりよい選択ができるゆえに、以前の選択がもたらしたあらゆる苦痛から逃れられるのである。』
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 パーサとアーテンのメッセージ

マスターたちの多大な援助に感謝

  • 2019.09.13 Friday
  • 00:03

 

 

 

   毎日数回、自分がラジオ放送局になり、平和と善意を全人類に発信している姿を思い浮かべることを勧める。この強大な我々の意識の内には、一人ひとりの人に向かって流れる「大いなるアイ・アム・プレゼンス」の無限の力が宿っていることを知っておくべきだろう。そして、受け取る準備ができた者に啓示や決意をもたらす。
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   神の愛の力によって、自分自身の精神が迅速かつ的確な判断を下せることも意識しておくとよい。自分の精神が内なる神「大いなるアイ・アム・プレゼンス」の乗り物に過ぎないことも忘れてはならない。
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   精神は常に内なる存在に従うべきものだ。いつでも決断、注意、迅速さを伴って行動するよう命じると同時に、疑念などの人間的な感覚は永久に焼き尽くすように努める。
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新たな周期
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   今日は一万年の焦点となる日、次の一万年の周期(サイクル)の始まりに当たる。そのためこれまで地球の向上と人類の意識の上昇に、協力してきた金星の偉大なマスターたちが地球にやって来て、全人類に向けて強力な光線を注いだ。これにより多くの政治家たちの心に、信頼と安定性が早急に引き起こされるだろう。
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   彼らは信頼と繁栄を取り戻すという強い決意を抱くことで、過去に類を見ぬほどの深い愛と忠誠心を感じる。彼らの多くは抑圧的なやり方では人々を統治できないと学んでいる。なぜなら他者をコントロールしようとの試みが、結局は自分たちの手をすり抜けて跳ね返って来る形となったためだ。
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   この教訓が十分彼らに刻み込まれているならば、大きな災難は回避されるだろう。物事が加速化するこの時期には、通常であれば百年を要するものが20年という短期間で可能となる。
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ロイヤル・ティトンにおける大晦日の会合についての報告
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   昨晩、ロイヤル・ティトンで行われた活動の幾つかを、この場で簡単に伝えることは私にとっても大きな喜びだ。集まったのは214名のアセンディッド・マスターと12名の金星のマスターたちだ。この時、すべてを見通す神の目が過去にないほど強力な働きをした。
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   偉大な光の光線がアメリカ合衆国議事堂と各州都に放射され、永続すべく留まった。今後もそれらの地を焦点にして光線が注がれるためにである。同様のことはヨーロッパの主要都市をはじめ、インド、中国、日本、オーストラリア、ニュージーランド、南米、アフリカ、メキシコにも実施した。
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   黄金の都とシャンバラからも同様の光線が放たれ、人類全体を祝福するために三重の活動がなされたことになる。世界中で今後、台頭する可能性のある破壊的な活動を回避すべく、できる限りの措置を取っている。
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   この三か月間の活動は突出した内容であり、我々にとっても今年一年への大きな希望となった。我々マスターは常に人間の自由意志を尊重するため、先に述べた三重の活動で意識的に放射された光線で、人間の調和と協力が促進されることを期待するしかない。
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   また私の経験を振り返っても異例と言えるが、金星の長身のマスターとイエスと、偉大な宇宙マスターからもそれぞれ光の放射がなされた。
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   私はこれまでアメリカ大陸を祝福すべく、実直なまでに尽くしてきた。その努力を知る多くの者が、宇宙の法則の範囲内で可能な限りの成果を得るため、全面的に協力してくれた。実際、宇宙の諸々の法則は、この活動において日々さらなる自由を我々に与えてくれている。我々にとっては大きな励みだ。
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   昨晩の会合には多くの学習者も参加していた。私は彼らに対しても深い感謝の念を抱いている。活動の詳細については、今この時代には明かすことができないことが多いが、あなた方学習者に対しては、私が語るものとは比較にならないほどの素晴らしい会合であったと言っておきたい。
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   アセンディッド・マスターの軍団は、彼らの愛と光、祝福、そして無限の豊かさをもって私とともに活動し、すべての学習者たちとアメリカと、そして世界に貢献している。今年が人類にとって、過去に例がないほどの幸福の年となるように。
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   溢れんばかりの愛を込めて
                       サン・ジェルマン
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マスター サン・ジェルマンのメッセージ

   


 

イエスも同じプロセスを踏んでアセンディッド・マスターとなった

  • 2019.09.11 Wednesday
  • 01:21


元日のイエスの講和

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   我々は、人間の活動領域おける、この一年間に起こった大きな変化を見つめて感じている。すなわち人間自身が創造した限界や束縛からの解放という最終目標にとって、実に確信と激励となる状況だと言えよう。残念なのは、未だ存在している不和や限界が人間活動の産物であるという事実を、まだ彼らが理解していないことだ。

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   別の言い方をすれば、人間は外的自己の活動つまり人格のコントロール不足から、自身の内なる神「大いなるアイ・アム・プレゼンス」の完全なるエネルギーを、純然たる本質を歪める形で、望ましくないものを作り出しているのだと見なせる。本来ならば調和を維持する人間の中を、淀むことも滞ることもなく流れるはずの完全なエネルギーと知性をだ。

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   「アイ・アム」のエネルギーはその人自身に神の完全性を表出させるばかりでなく、その者の外部に、個々の世界にまで神の純粋性と完全性をもたらし、人々が羨む美や調和、成功といったものをもたらしてくれる。

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   光の子らに私は確約する。誰もが自身の内なる神「アイ・アム・プレゼンス」を認識し、受け入れた上で本人さえ望むならば、克服し難い存在を強力な統率する知性に変えることができる。そうだとするならば、この偉大な存在には、如何なる種類の妨げもないことが解らないだろうか?

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   昨年は聖書に出て来る多くの言葉の、本当の意味を説明してきた。今年は何世紀にもわたり使われてきた「アイ・アム」のあらゆる使用例を、余すことなく説明していくつもりだ。それは自由と支配が手の届く範囲内にあることを、人類に証明するためである。今年はこの任務のために十分な経済支援が為されると知り、喜びと感謝の念でいっぱいだ。これで無限の光と祝福が人類にもたらされるだろう。

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   過去のどの黄金時代においても、高次のオクターブの偉大な光が地球に舞い降りて、個々の周囲にある人間の創造物を包んで解かし始めると、今度はその者たちが自分の内なる目と耳、感情によって、高次のオクターブに到達するための能力を獲得していった。

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   彼らはまず自身の経験から真実を知ることになった。その後、人間の肉体とは結局、より密度の濃いオクターブの領域、つまり人間の住む物質界で「大いなるアイ・アム・プレゼンス」の高次の知性が使用した「衣服」に過ぎなかったのだと悟る。

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   光の学習者たちよ! あなた方が今経験しているのとまったく同じように人間の限界を生き、かつて自意識の努力によって解き放った我々アセンディッド・マスターたちが、あなた方を見て心に抱く喜びを、たとえ一瞬でも理解できるだろうか?

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   敬愛する使者(メッセンジャー)である彼ら(レイ・キング夫妻)がその自由を自ら実感したように、全人類もいつの日か「大いなるアイ・アム・プレゼンス」を認識して受け入れ、各自が必要な自意識の努力によって同様の自由を手にするだろう。

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   「大いなるアイ・アム・プレゼンス」は、個々の自意識の努力とは関係なく行動する、といった誤解はしないよう努めてほしい。これまでそのような事実はなかったし、今後もあり得ない。確かに学習者がある段階まで達すると、法則がほとんど自動的に作用し始めるように映るが、これはその者の周囲に強い推進力が築かれたためである。
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   ここであなた方にはっきり言っておく。次元上昇を実現するまでは、決して自分自身の自由のための「アイ・アム」の意識的応用をやめてはならない。
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   サンジェルマンと私の今回の任務は、過去に西洋世界で行われてきたものとはまったく違うものだ。この任務には人間的な概念や意見は存在しない。これは光と音の光線が築かれるまでは実現不可能だったもので、光線を通じてこのような形で知識と教えを授けられるようになった。あなた方は学習者として、どれだけの恩恵と祝福を手にしているかが理解できるだろう。
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   我々は自分たちが熟知している真理や真実に、あなた方の関心を向けさせることしかできない。あなた方がこの真理を全面的に受け入れ、それぞれの世界や活動で応用できた時には、自身の経験において必要とする確証を得るだろう。そこで初めて、私が語った真理の完全なる力を知ることになる。
.
   まだ外界では知られていない増幅器(アンプ)を介して語る私の話を、彼ら使者たちが書き取っている間も、これらの言葉と光線が人間の精神界と感情界を満たし、すぐに作用を及ぼし始めるだろう。この場にいる学習者諸君と外界にいる者たちも、これらの言葉に触れることで、私の語る真理と真実を改めて感じることと思う。
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   ああ、教会で礼拝のたびに私のアセンションを認知しているはずの人間たちが、なぜ本当の現実を感じ取れないのか? 私はアセンションを遂げたこの永遠に輝く体で、私を受け入れようとする者すべてに到達することができる。彼らはその事実をなぜ理解しないのだろうか。
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   地球の子どもたちよ! 自分の人生で顕在化して欲しいと望むなら、真理の認識と感情を結びつけることを学びなさい。そうすれば自由の探究の道のりで、どのような向上の高みにも到達できる能力を身につけられる。
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   「私はいかなる人間にも閉ざせぬ、開け放たれた扉である」あなた方の内なる神「大いなるアイ・アム・プレゼンス」は真理であり、道であり、生命である。あなた方の内なる「大いなるアイ・アム・プレゼンス」は、この世に生まれて来る人間一人ひとりを照らす光である。
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   あなた方の内なる神「大いなるアイ・アム・プレゼンス」は、自身を導く知性であり、自分を支える尽きることのないエネルギーである。あなた方の内なる「大いなるアイ・アム・プレゼンス」は、あなた方の心の内で語る真理の声であり、輝けるあなた方を包み込む光であり、いかなる人間の創造物にも負けない永遠の庇護の環であり、意識的に放つことができ、蓄積された永久に枯渇することのないエネルギーである。
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   あなた方の内なる「大いなるアイ・アム・プレゼンス」は、永遠の若さと美しさの源であり、今現在の人間としての活動と表現に、いつでも呼び覚ますことができる。あなた方の内なる「アイ・アム・プレゼンス」は、人間一人ひとりの心が願ってやまない完全性へと向かう、あなた方の体と行動の世界のよみがえりと生命である。
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   光の学習者たちよ、聞きなさい! 私があなた方に対してこれらの表現を口にする時、同じくあなた方が自分自身に対してこの表現を発している時、それは我々に向けてだけでなく、全人類に対しても言っていることに気づかないだろうか?
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   「アイ・アム」を使用した言葉を発すると、それを通じて自分のために命じたものと同じことを、他者のためにも命じているということだ。このように「アイ・アム」の表現とその応用が、一人ひとりの活動において強大な力を持つに至り、あとは人間のエゴイズムの領域を超えたところで永久に作用し続ける。
.
   それはなぜか? それはあなた方が自身のために求めた完全性を、同時に他の神の子たち一人ひとりのためにも求めていることになるからだ。
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   これは「アイ・アム」の表現とその応用以外では不可能なことだ。なぜなら、存在「アイ・アム」の中で行動すると、人間のエゴイズムがある領域から即座に引き離されるためだ。
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   あらゆる種類の疑いや恐れを手放したいと願う誠実かつ熱心な学習者は、やがてどのような物事の実現であれ遅れることなく、欠けることもない領域で行動している自分に気づく。
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   敬愛する学習者たちよ! 自分が今、決して過(あやま)つことのない世界で活動し、その中で命令を下して「アイ・アム」の力を作動させ、人間的な不和と限界をすべて消し去っているのが解るだろうか?
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   昨晩、ここロイヤル・ティトン(静修地)で、アセンディッド・マスターの軍団と学習者たちが発した言葉を紹介する。「過去に地球上で経験したことのないほどの自由と健康、繁栄、調和した活動が、アメリカと世界に溢れるだろう」。
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   この宣言を自分に取り入れて我々マスターたちに協力する学習者たちは、自らの奉仕により時代を通じて祝福を受けるだろう。
.
   あなた方とこの場にいない学習者全員、そして全人類へ私の愛と光、祝福を送る。一人ひとりの心に宿る光がさらに活性化し、今後いかなる限界にもさらされることがなくなるよう、またあなた方の光が威力を増し、あなた方自身の光線が過去と現在に蓄積された人間の負の創造物を焼き尽くし、永久に解放されるのを願って。

.

   私の愛は永遠にあなた方を包む。
.
                         
イエス・キリスト


   

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