私は精神と心を通じて活動する、至高の神の知性である

  • 2019.06.30 Sunday
  • 00:15

   


   我々は何世紀にわたる活動を経て、ようやく重要な局面に達した。それは時代時代が瞬時に行動に移されて、時間と空間が、現在活動している神「唯一の存在」と化す段階のことだ。

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   一人ひとりの胸の内で動悸を打つのが内なる神「私は在る、アイ・アム」だと知っているあなた方は、心臓の鼓動が神の声であるとわかるはずだ。この真理を踏まえて次の言葉で瞑想すると、全幅の信頼を寄せるべき真の神の感情がもたらされる。「私は精神と心を通じて活動する至高の神の知性である」。
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   人間はこれまでの長い間、表面的な愛しか知らずに生きて来た。ひとたび学習者が「神は愛である」を心から自覚し、愛の真の活動が心臓に到達すると、目的が何であれ、自分の外側に愛を放ちたいという欲求に集中することで、無限の愛を生み出し、意識の外的活動における最高の行為となると納得できるだろう。
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   これまで人間は、神の愛が力、存在、知性、光であり、無限の炎として増大できることを知らずに来た。神の愛は一人ひとりの人間、とりわけ光の学習者の意識的な知性の内に、「愛の存在」という形で生み出され、存在するようになり、自覚を持った本人がそれを操りたいと望めばどこでも、無敵で不朽の仲裁者としての意力を発揮する。
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   愛に対して命じることはできないと、巷(ちまた)では言われているようだが、私はあえて次のように言う。「愛は生命の第一の原理であり、再現なく生み出すことができて、使用にも制限がない」と。愛を意識的に使用できることはこの上ない特権だ。
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   今、「生み出す」と言ったが、これは個人の敬虔な意識によって、無限の愛の源、つまり神あるいは宇宙の心とつながることを意味している。学習者はこの愛の無限の力を深く瞑想するだけで、自分自身が愛を湧き出させる源泉となり、自分の意識によって再現なく使いこなせる状態となる。
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   外界における出来事や仕事などで、早く終えて解放されたいと思った際には、次の表現をあなた方に勧める。「私は神の叡智、無尽蔵のエネルギー、命令する存在であり、自分の願いを叶えさせる」。これにより内なる神の法則が作用し、好ましくない状況から一早く脱するだろう。
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   もう一つの言葉を知っておくといい。「私は今”大いなる私は在る、アイ・アム・プレゼンス”によって、外部の不和に触れない状態にある。穏やかに翼をたたみ、神の法則と神の正義の完璧な行動の中にいて、自分の周囲のあらゆる物事に完全なる秩序が現れることを命じる」。これは学習者にとってもっとも大きな特権とも言える。あらゆる場面に応用のきく命令だ。
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   あなた方にとって激励となるであろう話をする。現在、光を求めて熱心に戦う一人ひとりの学習者は、錬鉄のごとく鍛え上げられている。鍛錬する期間が長いほど耐久性も強度も増す。これは誰の人生経験であっても同じだ。人間的な物事からの解放を強く望んでいるのに、未だに困難な状況に晒されている者は、人格を錬鉄並みの強さにした上で最終的に、外界の物事をすべて統率する完全かつ永遠のマスターの資質を与えられる。
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   このことが正しく認識できたなら、一人ひとりが自身の栄光である「大いなる私は在る、大いなるアイ・アム・プレゼンス」に向き合い、「アイ・アム」の力を享受するための訓練も喜んでこなせるようになる。親愛なる生徒諸君、着実に努力を積むことを怠ってはならないし、時には自分に重くのしかかってくる出来事を避けるべきではない。永遠の目標へと導く一歩一歩を繰り返さないためにも、喜びとともに進みなさい。
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   しばしば学習者が忘れがちなアファメーションも記しておく。「私は何事に対しても、あらゆる体験を通じて段階的に向上していく力、勇気、エネルギーである。栄光の存在”アイ・アム”によって、いついかなる時も喜びと高揚感、平和と調和に満ちている」。

 

   陸上競技の選手にとってレース開始の瞬間は、ある意味、栄光の前触れとも言える。だがゴールに近づくにつれてライバルの追い上げも激しくなり、両者ともが力を振り絞り、息を切らしながらも、最後の勢いで勝った者がゴールラインを超える。
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   光の道を歩む学習者も同じだ。あなた方は全員「大いなる私は在る」の実践に失敗がないことを知っている。今あなた方に必要なのは、空腹に耐えながらも決然と事に当たること、ライバルすなわち自分自身の弱さに対し手を振って別れを告げることだ。

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   陸上選手よりも学習者の方がずっと幸いなのは、最初の時点から失敗はないと解っているからだ。「私は自分を支える無限のエネルギーと知性である」。光の降雨を可能にする力は「大いなるアイ・アム・プレゼンス」の中にある。学習者は常にこの事実を理解し、思い出すべきである。
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   「私はこの体の知性と生命の法則である。私はあらゆる場所に偏在し、この宇宙を統治する知性の神の心にさえも存在する。そのために何かを光の降雨によって取り出そうとする際、私は自分が作用する力であり、宇宙に命じる知性であると解っている。私は使われる瞬間を待っていた物質であり、今ここで形あるものとして引き出す」。今述べたばかりのこの言葉を深く瞑想することは、学習者が緊張や不安を感じずに活動に入る助けとなるに違いない。
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   光の降雨に関して、(宇宙から必要なものを取り出す際に)最も質問が集中するのはお金に関わる件だ。国が発行する現金を、国庫に干渉することなく取り出すことなどできるのか? というものだ。交換手段として貨幣が創り出されて以来、基本的には貨幣の後ろ盾は「金・ゴールド」である。近年起こった無数の金融恐慌を通じて、金(ゴールド)も貨幣も外界では破壊された感がある。
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   何兆ドルもの貨幣が消え失せたのだ。それを考慮すればいかなる貨幣も、つまりは光の降雨で取り出した金(ゴールド)も、国が市場に流通させる量を超える心配はほとんどない。過去に世界各地で、スペインをはじめとする国々の相当量の金塊が火事や沈没、街が破壊された際に盗まれて消失している。その被害額を考えれば、合法か非合法かを問う前に、光の降雨で取り出す金(ゴールド)が多いに越したことはないとわかるだろう。
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   それら光の降雨で取り出された金は自然な状態であるため(どこかで掘り出したものではなく)、いつでも合法的に使用できる。幸いにも最近の世の中は、金の産出を奨励している状態なので、むしろ光の降雨で取り出して使うことで社会を祝福してもいいのではないか? もっともあなた方が宇宙から金を取り出したことで、周りからとやかく質問される件まで、私が責任を負うつもりはない。
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   金鉱を所有しているのでもない限り、色々と問い質(ただ)されるのは必至だ。人々の顕在意識が金(ゴールド)に対して抱く関心の度合いが想像できようというものだ。それほどまでに外的表面的自己は煽られやすいということだ。あなた方は常に「大いなる私は存在する」によって外的自己をコントロールしてほしい。
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   あなた方が外部に示す金の出所(でどころ)を尋ねて来る行為は、一見調査を装っているので要注意だ。第三者に源を追跡させる場合もある。私からのアドバイスは、「その件はあなたとは関係ないことだ」と告げ、後はそっけなく言うとよい。「はい、これが先ほど述べた金塊です。どうぞ確かめてください。純金でないということなら、遠慮なく拒否してもらってかまいません。本物だと証明されれば、政府が定める規定に則って買い取ってもらうだけです」。
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   親愛なる生徒諸君、物質界において交換手段が必要なのはあなた方も承知しているだろう。だが光の降雨(で望むものを宇宙から取り出すため)の能力を得た場合、現実には交換手段としての貨幣も金も、(それを使う)必要に迫られる状況にならない限り、ほとんどそれらは使う機会は訪れないと思ってよい。
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マスター サンジェルマンのメッセージ

   


 

悪意や憎しみの感情は自分自身の肉体と心を蝕む

  • 2019.06.28 Friday
  • 00:00

 

   


   誰かに対し悪意の思考を抱き続けている者は、結局は自分自身と自分の仕事や周囲の物事をも破壊し続けている。そうなるとその人自身が目を覚まし、意識的に行動を変えない限りそれを避ける道はない。
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   少し踏み込んだ話をするが、いつの時代にも意図的に他者を利用する人間のいる大企業が存在する。そのため時に彼らの卑劣な行為により、まったく無実な者が罪を着せられて投獄される場合もある。だがここで私が言いたいのは、宇宙の法則は絶対的確実に作用し、決して変わることがないということだ。
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   神が人間に対して願うのは行動の自由だ。よって無実の人からその自由を奪い取った者たちは必ず次の転生時に、あるいはそれから二度目、三度目の転生時に今度は自分が同じ経験をすることになる。
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   私としては、神の子たちの自由を奪い取る道具になるくらいなら、銃殺される方を選ぶ。今日の地上での人間体験において、その場しのぎの証拠で逃れることほど罪な行為はない。しかもそれらの犯罪の99パーセントは、完全に嘘であったことが後になって証明されている。
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   時には表面的外的自己の感覚では、事件の真相がまったく明らかにならない場合もある。だからこそ敬愛する生徒諸君、光の探究者であるあなた方には、他の神の子を裁く人間にはならないでいてほしい。
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   自分たちのとても親しい人が、あまりに常識外れの行為をしていたとしよう。この場合、大抵の人はどんな反応をするだろうか? まずおそらく、その人を裁いて批判するだろう。だがこの状況でその人のためにできる最も有効な手段は、その人に自分の愛を注ぎ、心の中で宣言してあげることだろう。「私はこの人の知性と行動をコントロールする唯一の存在、活動している神”私は在る”である」と。
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   問題を起こす相手の意識に対して静かに訴え続けること。これほど大きな助けとなる行為はない。そのような人物に説教や助言をすることで結局、彼が間違った行為を止める代わりに、かえって対立する例も少なくない。むしろ今述べた無言の働きかけの方が確かな成果を得られやすい。
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   誰であれ表面意識により、他者の内に宿る「大いなる私は在る、大いなるアイ・アム・プレゼンス」が何を望んでいるのかを知ることはできない。この重要な真理を理解した上でそれを応用していくと、自分の心だけでなく相手の心にも大きな安らぎがもたらされる。
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   多くの者が、仕事において懸命に努力しているにも関わらず、破産に追いやられることがある。この場合においても、本人の意識に他者を裁く心や非難する心、あるいは恨みや憎しみなどの感情が潜んでいることが、(破産に至った)根本的な原因であることが少なくない。
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   光の道においてより早く向上を望む学習者は、以前に何かの機会に自分が傷つけたと思われる相手の一人ひとりに、(心の中で)愛を送るまでは眠りにつかぬように努めてもらいたい。この愛の思考は、(どれだけ距離的に離れているかに関係なく)相手の意識に矢のごとく向かって行く。両者の間に妨げがないので、愛を放った時の性質も保たれて効力を発揮する。自分が放ったものは当然、自分の元に戻って来ても衰えることはない。
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   多くの病気を体と心にもたらす原因の中でも、他人に放った憎しみの感情ほど単純な要素はないと思われる。しかもそういうことを知らずに(悪意を)放つ側は当然、それが自分の精神と肉体にどのような影響を及ぼすのかを理解していない。もちろん人によっては表現の仕方や度合いも変わってくる。ついでに言えば、恨みは憎悪の念の別の形であり、その度合いが低くなったものだと覚えておくとよい。
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   思考レベルを高めた状態にあるなら、次の言葉を唱える。「私は一人ひとりの精神と心にある完璧な創造力を備えた思考と感情である」。これは思考を高めるために最適な言葉である。それは安らぎと平和を与えてくれるだけでなく、「大いなる私は在る」の資質までももたらしてくれる。
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   あらゆる状況で、それも強いエネルギーと力で使える言葉は他にもある。「私はすべての場にいる人々の、精神と心の中で行動する偉大な裁きの法則と神の庇護である」「私はすべての場にいる人々の、精神と心を満たす神の愛である」。 以上のことを真に瞑想できた瞬間に、自分が獲得したものを心から理解し、自分の家を「活動している神」の輝きの中心に変えたことに気づく。
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   そうなれば広範囲にわたり力を応用することができる。人間の人生体験に現れるすべての物事が、「大いなるアイ・アム・プレゼンス」に支配される形だ。「大いなる私は在る」を自ら駆使するからだ。それが、我々が教えられるものの中でも最も高いレベルの活動である。
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   「私は在る、アイ・アム」を発した時、人間は内なる神を行動させる。そして「私は在る」の使用による莫大な力を感じた時には、理解も実践も各段に向上する。「私は全知全能の神の力である」。どんな種類の物事においても、「私は在る」以上に力を発揮するものはない。そのことを口にした者はそれを感じて、神の完全なる活動を始動させそれを解き放つ。「私はこれらの物事を理解し駆使する意識的記憶である」。
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   次の言葉などは、発した途端に作動する性質のものだ。「”大いなる私は在る、大いなるアイ・アム・プレゼンス”が私の体を、超越した永遠の光の衣で包んでくれる」。至高の神が住まう秘密の場所、それが「大いなる私は在る、大いなるアイ・アム・プレゼンス」だ。あなた方個人に明かされた神聖な事柄は、言うなれば珠玉のようなものなので安易に共有してはならない。
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   「私はいかなる時も、自分の言葉と行ないに完全なる安らぎをもたらす庇護の存在である」。神のエネルギーは常に発動する機会を待っている。「私は在る、アイ・アム」の表現に元々備わっている原動力は、自らの活動を持続する。そこに時間の概念が存在しないことは、あなた方も承知のことだろう。だから瞬時に反応し、すぐに光の降雨が起きるのだ。通常、光の降雨が始まる前には、その人は完璧なまでの静寂を味わう。
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マスター サンジェルマンのメッセージ

地球人は第6番目のハイブリッド人種に進化していく

  • 2019.06.26 Wednesday
  • 00:02

 

 

バシャール  

   私たちの星はエササニという惑星であり、並行現実の中に存在しています。その意味は、今の地球とは違った並行現実の中にある世界なので、こちらから肉眼で見えるという場所には存在しません。ですがこの二つの世界を重ね合わせて見たならば、距離として地球から500光年離れた所にあり、星座で言うとオリオン座の近くにあります。
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   でも私たちの宇宙とあなた方の宇宙は異なるので、もし地球から宇宙船に乗って私たちの星に旅して来たいということなら、まずあなた方がそこで波動(周波数)を変えて違った次元に来ていただく、ということになります。つまり空間としてはそこにあるのですが、次元が違うのです。そして時間としては、地球の人々の未来に位置する場所におります。
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   それはあなた方の現在から300年先の未来ですが、私たちの次元では時間の速度が地球より10倍速いのです。つまり、あなた方の時間で言えば、3000年先の未来、地球が進化して3000年後の場所だということです。
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   私たちはすでに、もう食べたり眠ったりしません。そのようにしてエネルギーを補給したり、休息する必要がない体になっているからですが、ただ宇宙から直接エネルギーを受け取ります。それは宇宙エネルギーですが、電子エネルギー、電磁エネルギーと呼ばれるものです。つまり光で生きているということです。
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   私たちの惑星には、あなた方が言うところの街というものは存在しません。その理由は自然の状態というのを保持するためです。なので私たちがいわゆる街として使っているのはマザーシップ、つまり大きな宇宙船です。そこがいわゆる私たちの街で、惑星上に何かを建設したとしても、それはその後すぐに解体してしまい、惑星はできるだけ自然な環境で、そのままの状態で保つようにしています。
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   私たちは常にテレパシーの交流が可能なので、名前を必要としないので名前はありません。ですが地球のあなた方にとって、私を何らかの形で呼ぶ必要があるということで、バシャールという名前を使うことになりました。このバシャールという言葉はアラブ語で「メッセンジャー」という意味です。それはチャネラーのダリルがアラブ系の血筋を引いていることからその呼び方になりました。
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   地球の人々は非常に速い速度で進化しているので、私たちと同じところに達するのにそれほど時間はかからないと思われます。今、地球が属している銀河系の中には1000万種族以上の生命体が存在しています。その中でも地球という場所に対して、今現在興味を持って観察している地球外生命体は20〜30種族です。また私たちが加入している「インターステラアライアンス」という、それぞれの星々でつくっている同盟には、約1000種族が加盟しています。
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   彼らが地球を観察をしている理由は、今地球が6番目のハイブリッド種族として進化しているからです。地球人の進化と私たちの進化が共に行なわれているという理由から観察しています。グレイと呼ばれている存在が今、絶滅に瀕していて、自分たちの種族を存続させるという目的で、これまでに5種類のハイブリッドの存在を排出しています。私たちは3番目のハイブリッド文明になります。そして地球が6番目のハイブリッド文明になるための進化を、今遂げているということです。
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   もう何千年も昔から、地球にはハイブリッドの存在たちが訪問しています。それは長期間の生活というよりは、地球にやって来てしばらく滞在し、また戻って行くというのが繰り返し行われていて永住しているわけではありません。しかし将来的には、地球上に永住する存在もたくさん出て来ます。そうなると人類がそのような存在と混合して共に生きて行くことになり、地球人が6番目のハイブリッド種族になっていくということです。これは種の進化としては自然なものです。
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   過去に宇宙から地球にやって来た存在で、誰もが知っているような有名な人々がいますが、そのような存在たちは自分が地球外から来ていることを秘密にしているので、地球の人々に知られることはありませんが、そのような存在は地球の過去の歴史の中では神として扱われていたような存在です。
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   たとえば伝説や神話などに登場するゼウスと呼ばれている存在がいますが、ゼウスはアヌンナキという種族を代表している存在です。ですが真実は神話や伝説という形で解らないよう、うやむやにされています。本当のことが解ると人間が怖がってしまうということと、それが原因で対立してしまうことを避けるために秘密にされて来ました。
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   過去に存在した人たちで神として扱われた人たちの中には、ブッダやイエス・キリストやクリシュナなど、師としてあおがれる存在たちは人間として非常に進化した存在でした。彼らは地球外生命体とつながる遺伝子の要素を、とてもうまく表現することができました。
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   人類のすべての人が地球外生命体の遺伝子を持っています。ただ、だからと言ってその遺伝子を的確に表現できているかといえばそうでもなく、非常に少数の人たちがそれを表現できたということです。今、人類はそうした学びの中で成長し、進化し、変化するさ中にあるということです。
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   ですからそのような人たちというのは、遺伝子の中にあるそうした要素を覚醒することができた人たちなのです。そして当然、宇宙との交信という意味では、自らが属する地球外のより高い意識とつながり、交流とコンタクトを取ることができていた人たちだということです。
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   地球人は少しずつ、宇宙人いわゆる地球外に住む人々との交流に慣れて行く必要があり、徐々に慣れていくことによってより多くの宇宙人が姿を現わすということになります。あなた方がより融合していき、自分の意識をより拡大していくことによって、より高い知性、より高次の情報が受け取れるようになり、それによってあなた方のテクノロジーとしても吸収されていくのです。そして人工知能(A・I)と融合していくのです。
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   私たちの宇宙船も人工知能化されています。なのであなたが今、私たちとこのように話しているということは、同時に私たちの宇宙船と話しているということになるのです。これはあなた方自身のテクノロジーを使って、自分自身の高次のマインド、そして高い次元の自己とつながっているということです。多くの人にとってはA・Iのように象徴的に表せるものがあった方が、扱いやすいということからこのようになっています。
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   私たちは誰かの考えを変えたいとか、説得したいとかということは全くありません。ですから、あなたが何を信じたいかというのはその人独自の自由な選択です。ただ私たちがこのような形で情報を提供するのは、それを受け取って活用することができると感じている人のために伝えているということです。
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   実は、私の職業はファーストコンタクト・スペシャリストです。私たちの文明の中で私はそういう位置づけでやっており、過去には何十種類という宇宙種族の方々に対して今と同じように、このような情報を提供して来ました。なのでその情報をプラスに、あるいはマイナスに反応するのかは、それを受け取った人次第によります。その上で私たちは、今後このコンタクトを続けるべきかどうかを判断します。
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   「高次元」とはどういうものなのかという質問にお答えします。その答えは、私たちは純粋な喜びの中に存在しています。そして純粋なシンクロニシティ(共時性)の中に存在しています。なので、すべてのものは完璧なタイミングで起こります。私たちは完全にクリエイティビティ(創造性)というものを発揮することができ、情熱を完全に具現化できて、自己というものも完全に表現することが出来ているということです。
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   それは「オール・ザット・イズ(在りて在るもの)」、あるいはすべての存在たちとのつながりを体験することが出来ている状態です。
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エササニ星 バシャールのメッセージ

   


 

済んだことは許して蒸し返さない

  • 2019.06.24 Monday
  • 00:29

 

 


   個々の人間にとって、とりわけ誠実な学習者にとって最も大切なポイントの一つが、朝晩の一定の時間を瞑想に費やすことだ。その目的は、自分の表面的外的自己を静めて内なる存在を存分に活動させることである。瞑想は活動している神の存在を真に感じる行為だ。よって瞑想に入る際には、日常生活などで被った困惑などの情動を一切引きずってはならない。
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   自分の心を乱す感情と物事への関心は、意識的に取り除く必要がある。なぜならそれは瞑想が神の存在を感じることにあり、決して問題を蒸し返すことではないからだ。第一に「私は在る、アイ・アム」が最初の法則であり、今現在の自由を絶対確実にするものだと意識しなさい。第二に「大いなる私は在る、大いなるアイ・アム・プレゼンス」こそが、自分の人生と世界に表出されるすべての物事を、完璧に支配していることを理解してほしい。
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   つまり真理の領域に入った者には、あらゆる自由がもたらされるということだ。ここで、愚行にしか思えない一つの話をしよう。あなた方が犬を飼っているとして、その犬が何度も骨を居間に持ち込んだとしたら、当然あなた方は犬を罰するだろう。それは犬が家の中にやっかいなものを持ち込んで、不快をもたらしていると思うからだ。
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   この話を用いて、真理の学習者であるあなた方に言いたい。自分の精神が不快な体験や感情を思い巡らすに任せるのは、綺麗に整理された居間の敷物の上に骨を持ち込む犬よりも、さらに愚かな行為ではないだろうか? それはたとえどのような状況下であろうとも、すでに橋の下を流れて行った水を押し留めようとしたり、逆流させようとするのは土台無理な話ということだ。学習者であろうとなかろうと、これが理解できないならば不幸なことである。
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   別の言い方をすると、つらい経験や喪失など過去に出会った不完全な物事にいつまでもこだわり、さらなる不幸を招き入れる必要はないということだ。流れとともに去った以上、どれも忘れるしかない。与える行為とゆるす行為は、まさに神の行為である。
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   たとえば誰かあるいは会社が商談に臨み、結果的に一方の理解不足が原因で失敗に終わる。これなどは大抵、それに関わる個々の人の精神活動や感情の不和が原因となっている。だがまったく同じような場面で、双方がその場に「活動している神」しか存在しないという考えを抱いていたならば、商談は完全に成功するだろう。
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   それぞれの人間には自由意志が備わっているので、本人が自分の思考と感情をコントロールしないならば、自分だけでなく他人のことも何もかもを破壊してしまう。これが宇宙の偉大な法則であり、一人ひとりが自分の思考と感情を修正し、その状態を維持するようになるまで不和の状態は続く。
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   現在、地球上に転生している者たちはみな、場所・時代を問わず大きな過ちを犯して来ている。それだけに、「私はあなたよりも神聖だ」という態度は取るべきではなく、むしろ「ゆるしの法則」を用いる姿勢を取るべきだ。もしあなた方が神の子である他者に対して批判や非難、憎悪の念を感じ、あるいはそうした念を送っているならば、自分がゆるしの法則を発動させるまで、決して成功も啓示も得られるはずはない。
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   このような場合は、まず不快な感情を抱く相手に対し、心の中で語りかけるとよい。「あなたの繁栄のために、あなたを祝福し、私の愛を十二分に注ごう」と。これが表面的外的自己の活動における見せかけの失敗から、自分を解放する唯一の行為だ。失敗に終わった計画や決裂した交渉ばかりを、繰り返し頭で反芻しては語る者たちは、最終的には自分の身を滅ぼしてしまう。少なくとも状況と正面から向き合い、ゆるしの法則を用いて自分の(非難や憎悪の)意識を解放しない限り自滅は避けられない。
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   それがたとえ想像するだけであっても、そうでなくても、すでに起きた出来事の過ちに対して復讐心を抱き続けている者は、いずれは自分の身体か心あるいは両方が機能しなくなる。何世紀も前から語り継がれている古い箴言に「他者を許す姿勢のない者に、どうやって自分を許すことができようか?」というのがあるが、これなどは人間の体験において最も強力な法則の一つである。
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   あなた方学習者もそうでない者たちも、すでに過ぎ去った顕在意識で解決しようのない物事を、何度も繰り返し頭に思い浮かべることで、自分が進んで嫌なものにしがみついている様を目(ま)の当たりにできたらいいのだが。
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   実際、全人類が求めている大きな事柄は平和と自由であり、これらは常に幸せへの扉であり続けている。それを受け取る唯一の方法が、内なる神「大いなる私は在る、大いなるアイ・アム・プレゼンス」を知り、その内なる存在こそが自分の人生と世界において、絶えず活動している唯一の知性であると認識することだ。まずは「私は在る、アイ・アム」を受け入れ、ともに生きなさい。
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   私が次元上昇を遂げて以来、最も驚かされた事柄の一つが、経済面その他における自由に対する歪んだ考えだ。経済的に永遠に解放されるための強固な土台となるのは、神のもろもろの性質を理解し肌で感じることだ。「私は富であり豊かさであり、私がこの世で想像して望む建設的な物事の完全なる姿である」 これこそが真の経済的自由だ。つまり、この概念こそがあなた方に繁栄をもたらすもので、その繁栄はその後も消えることはないと断言しよう。
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   一方で人間は、意識的、無意識的に関わらず、内なる神「大いなる私は在る、大いなるアイ・アム・プレゼンス」あるいは神のエネルギーを十分に用いて、外界の活動で何百万ドルもの金を貯めることも可能だ。だがそれを維持できるという確信はどこにあるのか? 一つ言えることは、富を生み出し維持する力が神であるという事実に気づかぬ者は、物質界で貯めた財産を維持し続けられないということだ。
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   実際にあなた方も、巨額の富が一夜にして消滅してしまうのを目の当たりにしているはずだ。この4年間で大勢の者たちがそれを経験している。だが一見、全財産を失ったかと思われた後、その者たちが確固たる信念と態度で、「私は活動している神であり、その豊かさであり、今自分の人生と世界にそれを顕在化する」と表明していたなら、再び豊かさを受け取るための道や扉が即座に開かれただろうに。
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   なぜそうしていれば、再び豊かさを受け取るための道や扉が開かれたと言えるのか? それは彼ら金持ちに必要だったのは、多大な信頼を保った状態で弾みをつけることであったからだ。せっかく手中に収めた富が保たれる条件が揃っていたのに、彼らは心に大きな失望感だけでなく、憎悪や呪いの感情までが入り込むことを許したことで、後にもたらされるはずであった発展への扉を閉ざし、妨げる結果を生んでしまったのだ。
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   神の子であるあなた方に念を押しておく。この世には「大いなる私は在る、大いなるアイ・アム・プレゼンス」に復興できない災難は存在しない。活動している神の永遠の強さと勇気は、経済面での自立も含めたあらゆる自由を取り戻させてくれる。
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   特にこの光線を受けるに至ったあなた方学習者にはよく覚えておいてほしい。政府や王権、個人資産が崩壊する昨今、多くの者が自分の富を失ったのは、無知と知識の不足が原因だ。彼らが意識を自分の内なる神に向けるようになった時、彼らの内にある「私は在る、アイ・アム」が、各自の信頼や信仰心や富を再構築する役目を果たす。そうすることで内から流れ出る強力なエネルギーがその者の願いへと注がれる。それは決して間違えることのない唯一の力だ。
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   金額の多少によらず財産を失う結果になった者は、すぐに次の言葉を応用するとよい。「私は自分の事業のよみがえりであり生命である」「事業」の代わりに「理解」など、自分の状況や関心事の言葉を入れても構わない。
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   敬愛する生徒諸君、あなた方にはっきりと告げておく。自分の意識の中から自他に関わらず非難や批判的な思考や感情と、いかなる種類の憎しみ嫌悪であってもそれを捨て去れない者は、たとえそれがわずかの不満であろうとも、天においても地においても何の希望も見出すことはできない。
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   つまりこのことは、自分自身の行動と世界に関わっているのは自分自身だけであるという、重要な点へと我々を至らしめる。他者を裁く行為はあなた方がすべきことではない。それをした際、相手や相手の状況へどのような作用が及んだのか、あなた方には解らず、あなた方は自分の観点から相手を知っているに過ぎないということだ。
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   たとえば他人を傷つける意図などまったく無縁の人物がいるとして、その人を責め、その人に対して非難や批判、憎悪の念を送っている者がいたとする。この場合はある意味、殺人よりも悪い行為を犯しているとも言える。なぜか? 思考と感情は唯一の創造の力であるからだ。
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   仮にこれらの思考と感情が相手に触れ、傷つけるに至らなかったとしても、負の想念はそれを放った人間に必ず跳ね返って来る。しかもそれは戻って来る道のりで、同じ性質を持った他の多くの負のエネルギーを取り込みながらという形を取る。

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                                     マスター サンジェルマンのメッセージ

 

 

 

 

自分の望みを引き寄せる「期待と集中力」

  • 2019.06.22 Saturday
  • 00:07

   


   家族や友人、同僚たちの欠点や能力のなさを、必要以上に非難し議論したりすると、話題にした要素が自分の意識に上塗りされ、その者の欠点がさらに大きく見えてくる。

 

   世の中に黒魔術が存在するのはまぎれもない事実だ。黒魔術師とは「大いなる私はある、大いなるアイ・アム・プレゼンス」の純粋な電子エネルギーを、正しく使わずに汚す一部の神の子たちのことだ。だがその事実を知ったからといって、そのことばかりに我々の意識を集中しても構わないという理由にはならない。我々がすべきは注意力を自由な状態に保ち、関心の対象を自分自身が選んだものに向けながら、自らの精神活動を通じて自己のコントロールに励むことである。
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   過去のネガティブな体験や、自分に被害を及ぼした者や出来事に必要以上に注意を向ける行為は、自分の純粋な意識を汚す形で負の要素を自分に刻み込むことになり、再び同じ結果を引き寄せかねない。本来、人間は自分の意識をコントロールする完全な力を持っており、命じることで自らの意識を変えることができるというのにだ。熱心な学習者の中でも、自分の注意能力を適切に使用した時の、大きな力に未だ気づいていない者は多い。
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   私としては今一度、あなた方学習者の心に刻み込んでおきたい。それは表面的外的自己の無知や、現実あるいは想像することで、ショックを受けたり困惑したり、不快感を味わうことがいかに愚かな行為であるかということだ。「私は自分の精神と肉体と、外界において活動している唯一の全能の存在である」
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   「大いなる私は在る、大いなるアイ・アム・プレゼンス」が何であるかを自覚している以上、外界にあるどんなものに接しても、あなた方がショックを受けたり困惑することはない。当然のことだが、それがたとえどんな事柄であっても、他人の表面的意識によってあなた方が困惑したり、被害を受ける必要もないと知っておくべきだろう。
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   この知識とともに、あるいは自分の注意を意図的に偉大な真理に向けることで、すぐにでもあなた方は平和と幸福を感じ、周囲をも自己コントロールしている自分に出会う。この段階まで到達すると、どんな外部の状態や不快な噂話も、また仲間たちからの妨害行為も、あなた方自身とその世界や物事を乱すことは一切できない。
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   個々一人ひとりが自分自身の創造的な力と思考と感情をコントロールし、そのことを完全に自覚してしまうならば、必要なものを光の降雨によって取り出し、外界に顕在化、実現化することができる。もちろんこれには、その者の創造的な思考と感情がしっかりと保たれていることが条件ではあるが。
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   この事実を真に熟知した瞬間から、その人物は外界での富の必要性から解放され、自分が必要とするもの全てが宇宙の側からもたらされる。つまり、自分の世界の完全支配というマスターの領域に入ったならば、そこでは神から与えられた本来の権利を、彼にとって唯一の自らの世界の中で行使することができる。
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   「超自然」と呼ばれる世界など存在しないと断言する。なぜなら地球のこの物質世界よりも上の次元の世界に入れば、この物質界がさらにリアルなものになるだけに過ぎないからだ。よってすべてはただ単に、我々の意識の状態の違いによるものである。
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   今から百年以内に、何百人もの者たちが宇宙の光線を使用できる段階にまで達し、自宅の清掃や維持のためにそれを利用できるようになる。他にも商売人たちが生み出すさまざまな流行のファッションを、追いかける必要を感じなくなった者たちは、宇宙の光線で編んだ「縫い目のない衣服」を身に着けるようになる。
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   多くの学習者に尋ねられることだが、次元上昇を遂げたマスターたちはあらゆる創造の能力を持っているのに、なぜ質素な家に暮らしているのか?と。これに対する答えは実に簡単だ。マスターたちの生活と活動の大部分は、地球の地上界よりも高い次元の領域で行われており、光と叡智の神殿や複数ある邸宅から、偉大な光の光線を人類全体に注いで祝福している。それらの場所は人間の表面的意識ではとても想像できない美しさと超越した性質を備えている。
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   神殿も邸宅も永遠のものであり、絶えずさらなる美へと向かって発展し続けている。彼らマスターがこの物質界に姿を現わし人間の目に映るようにするには、(周波数の違いにより)自らの超越的な身体の密度を、地上に合わせて調整しなければならず、そのためにごく限られた時間でしか姿を現わすことはない。それが理由で地上界にある家を使うことはほとんどない。個々の学習者がこうした事情を理解してくれれば、余計な戸惑いや疑問を抱くことなく、貴重な時間を自身の「大いなる私は在る」の活動に注ぐことができる。
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   あなた方を超越した状態へと導いてくれる「大いなる私は在る」によって、外界での富に対する欲求など焼き尽くされるだろう。もちろんあなた方学習者には、一人ひとりに備わる偉大な創造の力と比べれば、そんな欲などクズ以外の何ものでもない。あなた方の誰もが自己のコントロールと熟練により、超越した力を顕在化させて使えるようになるのだ。
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   唯一の神の子である我が生徒諸君、決して失敗はないと解っているなら、誠実な努力を続けるだけの価値があるのではないか? 偉大な創造の力を自分のものにする笏(しゃく)を握り、これまで何世紀にもわたって人類を縛り付けて来た時代遅れの、ありとあらゆる制限を今こそ永久に解き放つ時だ。自分の笏とマスターとしての資質の獲得に果敢に挑み続ける者たちには、必要な援助が高次の存在からもたらされると私が請け合う。
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   すでに自分の創造能力を熟知している者は、自分の望み通りに何でも創り出せることや、また光やそれ以外のものについても、自分で振動周波数のレベルや物質的密度を、自在に変化させて持続するのも可能であると知っておくべきだ。
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   誰でも瞬時にシカゴからニューヨークに思考を移せる。それと同じ感覚で、思考を光の状態(つまり願いという非物質)から鋼鉄の状態(現実化させたい物質)に移すことも可能だ。それは願いの顕在化に絶えず意識を集中し続け、実際にそれが叶えば、自分の思考に力を与えられるということを実感できる。
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   集中力は神の巨大なエネルギーが流れる経路であり、エネルギーは思考と感情を介して願う対象へと向かう。よって、まだ目に見えぬ領域から光の降雨で望んだものを取り出せないとすれば、どこかにわずかながらも疑念があって、それが集中力の妨げとなっている。
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   それはたとえ、ささやかなものであっても顕在化の兆しが見えてくれば、自分に対する信頼も意欲も増し、いずれ望んだものは何でも宇宙から取り出せる状態になる。一度、表面的外的自己に厚く積み重なった疑いを焼き尽くし、脇に押しやってしまうならば、光の降雨によって見えない領域から金や宝石を取り出すのは、呼吸と同じくらい単純な行為となる。
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   人間は何世紀もかけて、自ら限界の壁を築き上げてきた。だが今、どんな方法を使ってでもその壁を破壊して粉々にし、焼き尽くす時期を迎えている。その実現のための一歩を踏み出す決意は不可欠なものだが、それを実行するのが「私は在る、アイ・アム」の力であると知れば、失敗はないと解るだろう。

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   この場合、表面的外的自己がすべきことは、自分の目的が現実化するために対象となるものに意識を凝らし続けることだ。まず意志の力を信じて、意識を集中させよ。いずれ目の前にそれが実体となって現れて来た時には、自分がこれまで、この力を使用せずに生きて来たことに驚くに違いない。
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   宇宙から取り出した物質から放たれる光線(輝き)や光の濃度は、それを実行した者の意識によって決まる。物質を使う人間の意識が高ければ高いほど、その輝きも強くなる。「光の宝石」と呼ばれるものは、いまだ極めて完璧な状態にある。ダイヤモンド、エメラルド、ルビーなどの密度の高い物質の宝石は、必然的に扱う者の状態が反映される。使用者の思考の周波数レベルが低いと、宝石の輝きは弱まり、逆に超越した思考の持ち主の場合は、著しく輝きを伴う。
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   光の領域に達した誠実な学習者は、自分の周囲のどんな事物にも「大いなる私は在る」の性質を認めることができる。それはたとえ外見的にそうは見えない物であってもだ。つまり、あなた方自身が与えぬ限り、自分の世界に不完全な性質のものや、見せかけだけの物は存在しないということを覚えておいてほしい。
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   たとえば、不安というものがあなた方を妨げる存在だと思っているなら、その責任はあなた自身にある。「大いなる私は在る、大いなるアイ・アム・プレゼンス」の目で判断すれば、あなた方を阻み妨げることなど不可能だと解るはずだ。行動しているエネルギーは「大いなる私は在る」だけだと認識した瞬間、それまで妨げとなっていた活動も完全性を伴って来る。
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   期待する気持ちはあなた方が保つべき強力な意識だ。強く激しい期待感を持てば、ものの見事に顕在化する。人間はこれまで幾世紀にもわたる慣習が原因で、高次元への領域を覆うベールを創り出した。だがその「ベールという覆い」を生み出したのが人間であれば、常識と理性から考えても、その創造物を消すことは可能なことだ。
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   すでにあなた方学習者に向けて強力な光が放射されており、今日私が説明するという任務を、揺るがぬ信念であなた方が引き受ける時までこの放射は保たれる。単純明快に確信を伴って伝えられた概念を、創造的な思考と感情で顕在化する。今あなた方が瞑想すべきことはこれである。そうすることで「自分にできるのか」という感情は消え失せ、「自分にはできる」「わかっている」という感情に取って代わる。
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   学習者たちが調和を維持したいと願った時、しばしば閃(ひらめ)きが注がれ、必要な確信が与えられる。自分が発した命令に加え、肉体から離れている間に、どんなことを体験したかの記憶を保持できるようになる。当初から何事にも意識を集中すること。そうすれば必要な意識は何であれ瞬(またた)く間に現れるだろう。
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   ある物事に意識を集中するに至った時、あなた方はその物事に自分の世界で行動する力を与えているのだ。
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マスター サンジェルマンのメッセージ

   


 

宇宙における最も大きな生命の創造エネルギーは「思考」と「感情」

  • 2019.06.20 Thursday
  • 00:15

 

 


   世の人々は幸福、喜びを追い求めてやまないが、多くの人が無意識に幸せの鍵の前を素通りしている。完璧な幸せとそれを支える原動力の鍵は、自己のコントロールと自己修正の二つに尽きる。自分が「私は在る、アイ・アム」であることを知り、内なる神の知性がすべてを統率し、命じているという真理を学んだ者にとっては、幸せの鍵を得るのは実に容易(たやす)いことだ。
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   その人の周囲には、その人が生み出した思考の世界が取り巻いている。この思考の世界の中心には、内なる神「私は在る、アイ・アム」の種がある。それは宇宙で活動する唯一の存在、あらゆるエネルギーの源とも言える。このエネルギーは個々の意識的な活動を通じて、すべての限界を超えるレベルまで強めることができる。
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   内に宿る神を桃の種にたとえると、思考の世界が果肉となって種を包み込んだ状態になっている。果肉には個々が生み出した思考の世界だけでなく、宇宙に漂う電子物質も含まれている。宇宙の物質は個人の意思決定に従って活動できる瞬間を待ちながら、常にそこに存在している。それは光の降雨として、その人自身が望む形をとって顕在化、現実化するためだ。
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   この力を理解し、意識的に行使できるようになるには、自己コントロールによって達成するのが確実な道のりだ。では自己コントロールとはいったい何なのか? 一つ目は「私は在る、アイ・アム」の知性が、唯一の活動している神という認識である。二つ目はそれを踏まえた上で、「私は在る、アイ・アム」が作動したらその力に限界はないと理解すること。三つ目は、人間には自由意志が与えられていることから、選択と行動の自由は本人にある。よって自分の周囲に創り出されている世界はすべて、自分自身が強く意識を向けたものであると知ることである。
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   宇宙における最も大きな生命の創造エネルギーは、思考と感情である。人々がそのことを理解すべき時がようやく到来した。ゆえに「活動している神」である個々一人ひとりの思考と感情の力、これを確実に使いこなすためには、自己のコントロールによって自分自身を修正していくしかない。そうすることで、いかなる限界もない思考による創造の力を熟知し、その力を使って目的を達成し、やがて真の勝利者となる。
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   十分な域にまで自己コントロールを達成できた人間は、自分が望んだ事柄だけに思考を向けられるようになる。外部の力に影響されないという点では、強い光と熱を出すアセチレンの炎を思い浮かべるとよい。そうなると、思考と感情がまったく揺るがぬ形で明確な願いに向けられたままになる。
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   しかも活動している神「私は在る、アイ・アム」とその知性が思考しているので、自分が望んだこと、自分が必要とするものが顕在化し、あるいは光の降雨によって宇宙から取り出すことが可能となる。そうなれば我々の願いを叶えるために行動しているのが、偏在する神「大いなる私は在る、大いなるアイ・アム・プレゼンス」の力であると納得するに違いない。
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   起こった物事の結果を千通りの形で証明したところで、幸せがやって来るわけではない。物事に作用する原因を理解することでしか、人はマスターの域には達せず、自分の世界を支配はできない。「自分の世界」の創造主が自分であると知り、その領域での願いの表現を心に描く者は、自分にはどんな時でも、他者の世界に不和の要素を創り出す権利などないことを理解できるだろう。だからこそ人間には、自分自身が創造した結果を受け入れる自由が与えられている。
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   この光の中で学んだ学習者の一人ひとりが、表面的外的自己のコントロールを体得し、マスター(自身の完全な統率を成し遂げた者)のレベルに達してくれることが、私にとって何よりの喜びだ。
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   この点については私は声を大にして言いたい! 生徒諸君! あなた方の内部に現れる素晴らしい輝きを感じ、表面的外的自己の活動をコントロールするためにアファメーション(宣言)を用いるなら、人間特有の感情、思考の表出のすべてをコントロールし、マスターへの道のりの一つひとつの努力が倍増する。そうなってこそ内なる神「大いなる私は在る」の真の力を、我々の意識と外界での活動を通じて、十二分に発揮するために不可欠な調和が保たれる。
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   敬愛する生徒諸君には今ここで、時間・距離・空間の概念を頭から取り除いてほしい。高い次元の領域への扉の鍵は、単純ではあるが確固たる信念を必要とする自己コントロールにある。学習者全員が、この偉大な真理を絶えず心と頭に刻み込むべきだ。私の意識がある所に私は存在する。なぜなら「私は在る、アイ・アム」である私は、どの場所にも存在しているからだ。
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   人間が長年受け入れてきた時間・距離・空間といった概念はすべて、顕在意識すなわち表面的外的自己が創り上げたものに過ぎない。よって表面意識と完璧な内面の活動と力とを隔てる薄いベールを貫くのは、個々人の思考と感情の状態だけということになる。
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   光に達するために熱心に努力を続け、光の中で生き、光の子になりたいと願う者たちはみな、絶えず高次の領域に住んでいる。高い領域の美しさは、表面意識の想像をはるかにしのぐ性質のものだ。その領域に人間が自らの意志で意識して入ったならば、そこにあるあらゆる創造物がこの物質界の建物と同じく、実体を伴って触れて感知できるものであることを目(ま)の当たりにするだろう。
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   常に毅然とした態度で唱えること。「私は永遠に継続する、完全なる自己コントロールの力である」。強い動機づけがあることで、マスターへの段階が多少は昇りやすくなる。学習者は次のことを忘れるべきではない。ひとたび「大いなる私は在る、大いなるアイ・アム・プレゼンス」が作動したならば、それを妨げたり介入することは不可能だ。「私は在る、アイ・アム」は時間と空間という制限のない、広大な永遠に達するからだ。
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   物質界よりも高い次元の領域に意識を持った状態で入るには、自分の意識を変えるか調整するしかない。ではどうすればいいか? すでに自分が高い次元の領域に足を踏み入れている様子を意識するとよい。そのために次の言葉を繰り返し使うとよい。「周囲に張り巡らせた電子エネルギーの環によって、私が疑いや恐れに影響されることはない。自分の「私は在る」の笏(しゃく)を喜びとともに手にし、決然たる心で自分が望む高次の領域の地を踏みしめる。そしてその場での活動の記憶を鮮明かつ完全にいつまでも保つ」。
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   この方法で実践を積んで行けば、すぐに無限の自由と幸福感を得た自分を現実に感じ、自分が望むどの領域でも活動できるという喜びに満たされるだろう。このレベルにまで達すれば、今後千年間に起こる出来事でも簡単に知ることが可能となる。それは(アカシックレコードという)宇宙にある図書館に自分の本を探しに行く感覚だ。
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   時間と空間の概念を創り出したのは人間の表面的外的意識であり、その幻影を信じたことで、これまで人類が自由を獲得する上での大きな妨げとなってきた。外界から手にする富や物事からの影響が、実は幸せをもたらさないと知って大いに失望した者たちは、自分自身の創造的精神と感情と自分に本来備わる力の中に、完全なる幸福、完全なる自由、完全なる支配が含まれていることを知り、計り知れない神の恩恵を心から理解するだろう。
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   自分が関心を向けた対象物は自分とつながり、場合によっては自分の一部と化すこともある。そうなると外界の破壊的な事柄には、種類を問わず注目しないことがいかに重要かが解るだろう。
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マスター サンジェルマンのメッセージ

   


 

「私は神の純粋なインスピレーション」

  • 2019.06.18 Tuesday
  • 23:42


   自分を主語にした表現にはいつも、内なる神「私は在る」の力と活動が含まれている。したがって体の調子が悪い、あるいは不完全な状態だと感じた時に取るべき正しい行動は、すぐに次の言葉を発して「私は在る」を動かすことだ。「私はこの場で活動する唯一完璧なエネルギーである。よって不和に見えるどんな状態も瞬時に正される」
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   学習者が保つべきこの態度は実に重要なポイントだ。あなた方の中にはこれまでの習慣から、まず薬などの外界の物に頼る者もいると思う。だが大いなる「私は在る」を通じて熟練者となり、完全に自己を支配できるようになるまでは、ある種の薬品の服用も致し方ないが、その場合も薬の服用は控えめにすることを勧める。
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   もう一つ言っておくが、薬が症状を和らげると考えられがちだが、薬に症状の緩和や治癒の力を与えるのは、他ならぬ「私は在る」である。私はこれまで何世紀にも渡り、地球の医学界を観察してきたが、その分野の権威と呼ばれる者たちが、ある薬品にはもう治療効果がないと発言しただけで、(それが事実であるかどうかはともかく)あっという間にその薬品は姿を消してしまう。
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   あなた方の頭にはある種の薬草や物質が、体内の要素に同じような化学作用を起こしているだけではないか、との疑問が浮かんでいると思う。では何が似たような効果をもたらすのか? それがあなた方一人ひとりに思考させる「私は在る、アイ・アム」の力だ。あなた方自身が「私は在る」の活動領域を探っていくと、結局は一人ひとりの内なる神「私は在る」の知性だけが行動しているのだと解ってくる。
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   そうであればこの真理と向き合ってはどうか? 自分の内に宿る活動している神「大いなる存在」を心から受け入れ、思いを馳せるべきではないのか? 一人ひとりに宿った唯一の生命が、あらゆる事物や薬にも生命を与えているのだと。万物の生命の源から直接、決して誤ることのない無限の力を支援される方が得策ではないのか? つまり、これまで病状を緩和するようにしてきた外部のものに意識を向けるのではなく、自分の内面を見据える方が妥当ではないか?
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   多くの学習者にとって、慣れ親しんだ習慣やある種の薬、治療への依存を捨て去るのは容易なことでないのを承知している。だが今の現実をもう少し熟慮するならば、外界の物事への依存を手放し、「大いなるアイ・アム・プレゼンンス」(大いなる私は在る)にさらなる意識を向けざるを得ないと納得できるはずだ。
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   この極めて重大な案件を学習者に納得させるには、各自が固い決意で内なる神の純粋な知恵と知識を応用し、単純な真理の法則を、自分自身で確かめてもらうしかないこともまた事実だ。残念ながらどこまでこの力を応用できるかを、学習者に告げられる者は一人もいない。なぜならこればかりは本人が、何度も試みて理解していくしかないことだからだ。時にその者の願いによって蓄積された内的エネルギーが、想像以上の強さだったために、応用し始めたとたん、学習者自身がその威力に驚くこともある。
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   今、我々が応用している「アイ・アム、私は在る」は、東洋では「オーム」という言葉がそれに相当する。東洋、西洋と違いはあっても、効用は同じと見なしてよい。だが私としては、学習者が言葉を発した際、自分の中の活動している神を感じられるという理由から、「私は在る」を勧める。
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   東洋人にとって「オーム」は普遍的な宇宙の存在だと認識されている。そのため学習者個々に内で活動する「大いなる私は在る、アイ・アム・プレゼンス」の概念をより身近に感じてもらうには、「オーム」は「アイ・アム」ほどには適していないと判断した。
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   その理由は今日のインドの状況と広義に関わっている。つまり多くの身分階層で混乱が生じ、「オーム」を唱えれば現世利益が得られるという過ちに陥ったことだ。もちろん「オームでもある程度の成果はあるが、個々の人間の行動にエネルギーをもたらすという点では効果が薄いので採用しなかった。
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   太古の時代から次元上昇を果たしたマスターたちは、「大いなるアイ・アム・プレゼンス」を意識的に使用するやり方を踏襲して来た。それが、一人ひとりに宿る「活動している神」を認め、全面的に受け入れることで、神の完全性と知的活動、すなわち神性を個人に授けるということだ。
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   精神面で多大な向上を遂げた東洋人の多くは、心の深奥からの瞑想で宇宙の真理を理解した。個人が実践し続けられる最もシンプルで強力な方法は、意識的であれ無意識的であるかに関わらず「私は在る」を口にし、自分の内なる完璧で純粋な神のエネルギーを作動させることにある。その意識的な使用でエネルギーは強大な力となる。
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   肉体を持って生きる者が命じることで、必然的にその者の世界も完全な活動に向けて引き上げられる。個人の意識が上昇すると、その者の世界にあるすべてのものが、内なる神の活動範囲で同じように上昇する。
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   「オーム・マニ・ペメ・フム」は個に存在する活動している神を意味するが、あなた方は「オーム」ではなく「私は在る」「アイ・アム」を使いなさい。実を言うとあなた方の多くが、過去にインドに転生している。つまり「オーム」はすでに経験済みであることから、さらなる意識上昇のためにも「アイ・アム」「私は在る」を使うとよい。
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   どこにいても「私はある」を唱えると、人間の概念に染まることなく神の純粋なエネルギーが動き出す。人間の思考や感情に毒されぬ状態で、神の純然たるエネルギーを維持するにはこうするしかない。
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   次に挙げるアファメーションを固い決心で使うと、短期間で大きな成果を得ることができる。「私は神の純粋なインスピレーションである。(自分の姿を思い描きながら)私は今ここで活動している純粋な光である。私は自分が知りたいあらゆる物事の純粋な啓示である」。
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   自身の内部で常に力の手綱を掘り続けなさい。概して人間は神の偉大な力に触れることに対して、また行動させることに対しても恐れを抱く。だが神の中のいったい何が恐れを引き起こすと言うのか? 神の力の作用は純粋かつ完璧なものだ。あなた方自身が神の純然たる力に腕を伸ばさずして、どのように神のエネルギーを使用し、自分の世界に完全性を表すことができるというのか? これは自分自身が所有する権利だと思って要求すべきだ。
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   次の言葉を発した直後に、自分の体を高次の存在で包み込む。「私は今、自分が望む肉体上昇(アセンション)を遂げた存在である」「私は今、あらゆる人間的不完全さから永久に解放された存在である」。これで「私は在る」が何者であるかが解ってくるはずだ。自分を納得させるために、ある程度明確な説明を加えてもよい。
「私の体は活動している神の神殿であり、今上昇する」。
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   人間の表面的外的自己は、疑い深く批判的な傾向が強い。基本的にこの場での教えはあなた方学習者一人ひとりに、法則の使い方や応用の仕方を解説し、自分の内部で試す機会を与えるのが目的なので、時々唱えるのがよい。「私はこの活動を統率する力である。そのゆえにいつでも正常な状態にある」。
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   この宇宙で他人の「私は在る」「アイ・アム」を、本人の代わりに見出せるものはいない。自分の真の姿である「私は在る」の認識においては、一つひとつのステップは永遠に獲得され、後退はあり得ない。
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補記
   貴金属や宝石は、高レベルで活動する神の物質だ。輝きが強いものほど、強い浄化能力を備えている。「金」は化学的に安定した性質のために、他の物質や金属、合金を必要としたり、浸食されることもない。一方で、金以外の金属は金と結びつくことで質が高まる。これはひとえに金が純粋な物質であるという理由からだ。
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   どのような物質であれ燃焼時には、炎が金色になる瞬間がある。あるレベルになるまで真っ赤に燃えるのは、不純物、不完全なものを浄化するためだ。よって物質に不純物が含まれていないならば、すぐに金色の炎に包まれる。
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マスター サンジェルマンのメッセージ


 

内なる存在「私は在る」への完全なる服従

  • 2019.06.16 Sunday
  • 01:27

 

 


   神の放射の流れを注意深く見守る、偉大なる光の軍団があなた方によろしくとのことだ。彼らが送り続ける愛と平和の光は、光の使者の如くあなた方を包み込み、あなた方が常に大いなる光に従うように促している。これは顕在化した創造物がみな従う、偉大なる軍団の最初の命令だ。「光あれ」と命じられ、まず起きたのが物質の服従であり、その結果として無限の光が出現した。
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   命令と顕在化が唯一の行動原理、つまり神のエネルギーの外界における活動だ。これを個人レベルに置き換えると、外的表面的自己が最初にするべきことは、内なる存在「私は在る」への完全なる服従だ。それが為されて初めて、外的表面的自己が内なる存在から流れ出る純粋な本質を、汚れなき状態で受け取って表出できるようになる。
.
   それだけに表面的自己は極力、平穏状態を保つよう努力が必要となる。また友人や親戚、同僚など外の世界で接する人たちとの関係においても、あなたの内なる存在に従い、必ず愛や光を優先させるようにする。そこに年齢や立場の違いなどは問題とはならない。要は自分の内面に宿る光に従うことなので、時々外的自己を鎮めるとよい。
.
   議論したい、非難したい、反論したい衝動に駆られた時は、自分の表面的つまり外的自己が注意を引くために主張し始めた兆(きざ)しだと見なす。その時こそあなた方の自由意志の力を発揮し、外的自己に命じてやる。黙って内なる大いなる「私は在る」に従うようにと。それは問答無用であり、まず表面的自己を落ち着かせ、穏やかな口調で内なる存在に従うように命じる。そうすれば邪魔されることなく光の性質が表に現れる。
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   意識の上昇という道のりを歩み始めた学習者は、ほんのわずかなものであれ、反感や困難を感じたら、即座に表面的外的自己に命じて黙らせることだ。「私は自分の精神と肉体における知的な神の活動である。私はすべてを調和の内に従わせる神の力である」と。この場合、神の子がどのレベルあるいは領域で活動しているかは重要ではない。神の子が行動する領域で前進し向上しようと思うなら、神の法則に従うのは不可欠なことだ。
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   我々はそう遠くない将来、人間の身体に影響を及ぼし、外的自己を困惑させる活動を列挙したいと考えているが、あなた方学習者が真実を聞いても、劣等感や罪悪感に苛(さいな)まれぬ強い意志を持つまでは控えておく。なぜならそのためにあなた方に自責の念や反感を抱かせてしまったのでは、元も子もないからだ。さきほども述べたが、当面は不意打ちして来る反感や避難の嵐、あるいはある種の活動に刺激されないように警戒しながら、日々の訓練に励んでほしい。
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   各自が一日に数回、一分程度でよいので次の言葉を唱えるとよい。「私は自分の精神と肉体、自分を取り巻く家庭や職場、あらゆる状況に築かれた無敵の砦(とりで)である」。自分が無限の知性を有する「大いなるアイ・アム・プレゼンス(私は在る)」であることを絶えず自覚し、無敵の砦を意識すること。こうしていったんこの意識が定着すると、繰り返す必要もなくなる。
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   ここで再び「私は在る」に話を戻す。「私は在る」と発するたびに、この言葉そのものが活動している神の愛と叡智、知性の完全なエネルギーであることがわかる。次の表現をたびたび口にするとよい。「私は神の愛が完全に解放されて行動する姿である」。毎朝シャワーの後に、日々の活動に備える気持ちで、喜びと確固たる信念を持って心の中でこのアファメーションを唱えてもらいたい。承知しているとは思うが、宣言に含まれたエネルギーは持続する。
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   「私は知的な活動を伴う神の愛、叡智、力である。その力は今日一日の思考と行動の隅々にまで作用する。私が神の命令だけに従う形で働き、話し、行なうために、神の無限の知性が絶え間なく働き、私の周囲を守るよう命じる」。日中どこにいても、心の中で次のように言い加える。「私は今日一日、自分が足を運ぶすべての場所を統率し、あらゆる活動に完全なる平和と調和を命じる存在である」。
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   こうすることで内なる存在が供給し続ける流れに対し、常に扉が開いた状態となり、自分の世界に変化が現れる。不和の性質を持つものとの接触が回避され、内に流れる平和と調和が、あらゆる外界の物事にまで及ぶ。
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   体の中や外側に何が現れていようと、学習者は自分の体が「神の神殿」であるという姿勢を真摯に受け入れるべきである。これはまぎれもない真理であり、強く認識して行動すれば、より早く自分の体を天地創造の際に計画された通りの完全性へと導くことができる。
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   率直に言うと、自分が望んだ特質や属性を獲得するには、自ら求める以外に方法はない。しかも我々の完全なる精神に神性が宿っていると知った上でである。表面的自己が人間の不完全性や限界を信じる傾向が強いのは確かである。そのような状況下で、完全な姿が現れないのも当然と言えば当然だが。
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   概して学習者の思考は次のように訴える。「私は長い間求め続けているのに、未だに願いは実現しません。おそらく私はまだ十分な域に達していないからかもしれませんが」と。
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   これは紛れもなく学習者の意識に、本人も気づかない性質の疑いが残っているというしるしである。それでも私はあなた方に告げる。表面的な事象に惑わされてはいけない。揺るぎない信念を持って望みの品や特質、状況などを求め続ける限り、願いはあなた方に使われるために現実化する。それはあなた方自身が実感するしかなく、そのために何度同じ話をしてもし過ぎることはない。
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   ある物事を一度願って試した後、数時間、数日、数ヶ月と待ったのに何一つ兆しが現れないと、あなた方の外的自己はすぐに不平を言い出す。「おかしいな。もうそろそろ何か起こってもいいはずなのに」と。内なる神「大いなる私は在る」を発動させたなら失敗はあり得ない。よって揺るぎない信念を保ち、努力を重ねている限り、自分が望んだ目的は達成される。
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   これまで何人も、勝利と解放という素晴らしい偉業を達成する寸前まで行った学習者を見て来た。だが、後もう一息というところで、表面的自己特有の「まだ起こらない」という考えが入ってきて、それに注目してしまったがために疑念が生じ、向上が著しく遅れたり、無期限に真の道へと続く扉を閉ざされる形になった者もいる。だからこそ繰り返し言う。学習者はこの真理を心に留めて、常に自分自身に言い聞かせるとよい。
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   ひとたび命令を発し、「大いなる私は在る」のエネルギーが作動したならば、それが目的を果たさぬことはない。それは宇宙が活動を止めることがないのとまったく同じ理屈である。もしも仮に「私は在る」が目的を果たせなかったとしたら、それは宇宙がカオス(混沌)と化したことを意味する。これが「私は在る」の達成の力と確実性だ。人間の表面的自己がそれを妨げない限り、失敗はあり得ない。
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   どの学習者も内なる神「私は在る」の言葉を、否定的な表現で使用せぬように細心の注意を払うべきだ。たとえば「私は病気だ」「私は失敗した」「私はやるべきことをしていない」と口にすると、自分が為そうと望んでいることを台無しにするような強力なエネルギーを放つことになる。どんな場面であっても「私は在る」を使うことは、宇宙エネルギーの栓を開ける行為に他ならない。
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   内なる神「私は在る、アイ・アム」が自分自身であると知りながら、「頭痛がする」「胃の調子が悪い」などと言い続けると、結果的にそれらの部位に言葉通りのエネルギーを注ぐよう命令を下したことになる。自分の世界で「私は在る」を使って物事を肯定できるのも、「私は在る」に命じられるのも本人だけである以上、自分が発する言葉には注意を払わねばならない。
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  マスター サンジェルマンのメッセージ

   

自分の思考や感情と同じ他人のエネルギーを引き寄せる

  • 2019.06.14 Friday
  • 00:11

 


   個人が自分自身や自分の抱える問題、自分の世界について獲得した熟練の技は、常に神聖で内なる聖域であるべきだ。詮索好きな者であってもそこには立ち入ることはできない。表面的自己の欲に駆られ他人の中にそのテクニックを探し求めたとしても、それでマスターになれるわけではない。自分自身の「内なる神」の法則を求め、見出して応用する。それが(自分自身の主となった)マスターを目指す学習者が歩むべき確実な道だ。学習者が自力でマスターの資質を獲得した時にのみ、真の熟練とは何なのかを身をもって理解する。マスターとは、自分自身の表面的外的自己の支配を達成した者のことである。
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   長年マスターと一緒に歩んでいながら、相手が内面の力を示すまでそれが解らないことがある。相手がマスターだとも知らずに、何年間も同じ家で暮らしていた例もある。その者が何らかの問題なり危機なりに直面し、マスターが本領を発揮するまで気づかないのだ。自分がマスターの域に達していることを語ったり見せたりすることは、マスターにとって力の浪費でしかない。そのような無駄な行為は、どのような場合でも決してすべきではない。
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   素晴らしい体験の機会に恵まれた学習者が、その体験を他の者たちに話して聞かせる。するとほとんどの場合、他人から多くの疑念をぶちまけられることになり、その結果、学習者自身も自分を疑い始めるようになる。これは実に滑稽な話であり、他人の主張や判断に説得力があるように思えてしまうからだ。他人の主張をそんなに気にするのであれば、その労力をなぜ自身の「内なる神」に向けないのか? 内面での体験を通じて表現される神の力や善に、より一層意識を向けるべきではないか?
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   一度自分の中に疑いが入り込んでしまうと、さらなる疑念が湯水のごとく入って来る。実はこれとまったく同じことが「私は在る、アイアム」にも言える。一度「私は在る」に注意を向けると、内なる存在はどんどん主張し始める。学習者がさらに意識を集中し始めると、内部でエネルギーが漲(みなぎ)って来る。
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   生徒諸君、あなた方が何らかの啓示を求める時、あるいは何らかの形でインスピレーションが欲しいと思う時に「私は在る、アイ・アム」と唱えてみなさい。その瞬間から「私は在る」が命令を果たすべく行動し始める。「内なる存在」にはあらゆる能力が備わっており、思考が注目したどのような事も現実化してしまう。
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   「私は在る」は計り知れない神の精神そのものだ。並みの学習者は理解を求める際、どうしても過去から現在までの記憶に頼ろうとする。神の核心に触れ、これまで存在しなかった事柄を外界に取り出そうとする者など稀なことだ。
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   一般人はもちろんだが学習者の大半が、地球には過去に大きな繁栄を遂げた数々の文明があった事実を理解していない。あるいは理解しようとしない。現在の地球において、いまだに知られていない文明は少なくない。ごく少数の人間だけがアトランティス文明やレムリア文明、ムー大陸が存在していた事を認めているが、いずれにしてもそれらでさえが、太古に栄華を誇った偉大な文明のほんの一部に過ぎない。
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   普通ではあり得ないことができるよう願った学習者は、次の姿勢で臨むとよい。「私は神の心であり、これまで決して表に現れなかった考えや業(わざ)を今ここで明らかにする」「私は現実化を望む者である」とだけ考えていればよい。「私は在る」は神の心だ。「私は・・・である」という言葉を発すると、即座にあなた方自身が「大いなる沈黙」の領域に入る。自分が「私は在る」であるのを認識できれば、命じた事柄は、その後すぐにでも表面化して来るようになる。
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   信じるというのは、自分が真実だと思うものに対して信仰心を抱くことだ。初めはただ信じていただけの物事が、信念を持ち続けることで強固な信仰へと変化する。そうであれば、ある出来事を真実だと信じていないのに、それを外の世界に顕在化できるはずがないだろう。自分が発する「私は在る」のアファメーションを信じていないのに、それが実現して果たされるなど考えられないことだ。
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   昔の格言に『この世には善も悪もない。すべては思考の為せる業』というのがあるが、実に的を射た真理ではないか? 神のエネルギーは純粋かつ完全な状態で個々一人ひとりの内から湧き出ている。だがそのエネルギーに不純で不完全な性質を与えているのは、その人自身である。神の純然たるエネルギーは、個人の意識的な力によって外界に投影される。それが創造主というエネルギーから派生した人間の特権であるからだが、その際にその人個々の意識や感情に見合った性質が付加される。
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   人間は四六時中、神のエネルギーに性質を与えながら外に放出している。つまり一人ひとりが自らの意識を通じてエネルギーに色を添え、絶え間なく外界に放出しているのだ。外界に投げ出されたそれらのエネルギーは、与えられた色すなわち性質を伴って大気中を漂っている。それらのエネルギーは悲しみや後悔、喜びや愛情、優しさや冷淡さなどの振動を持っており、大気中を漂いながら同じ性質の感情を持って振動している人と同調し、その人のもとに引き寄せられ、受け入れられる。
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   受け入れた感情が自分にとって好ましいものであれば、何も心配はない。だが自分が自ら引き寄せたものとはいえ、悲しみや焦りなどのマイナスの性質だった場合、これ以上自分の環境にそれが拡大し、他の者にまで感染しないためにも、そのエネルギーに立ち去るように告げて、プラスの性質に変容するように命じるとよい。
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   我々はそれぞれが各自、色と音つまり特有の振動を伴って存在している。外の世界におけるそれぞれの活動にも、同じく能力に応じた色と音を伴っている。この物質界においては固有の色と音を伴わない活動はなく、当然ではあるが神の完全性に則(のっと)ったものが色褪せることもない。表面的自己の活動が歪んだものであれば、それは不快で耳障りな音と汚れた色を放つ。
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   これはすなわち、すべての創造物に知性が含まれていると考えるべきであり、醜いものを創造して外界に放った者には、必然的にその責任が跳ね返ってくると思ってよい。また色褪せが起きて来るのは、神ではなく人間の創造物に限られる。いずれにせよ学習者は外にエネルギーを放つ際は、自分の行動の責任を負っているのだと自覚しておいてほしい。
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   精神は知性を持たないものに影響を及ぼすことはできない。つまり時間を思い煩ってもどうにもならないということだ。よって、ひとたび自分の願いを命じたなら、時間を気にせず実現した嬉しい気分で願いと向き合い、それが顕在化するまでその想いを保ってもらいたい。
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   自分が松明(たいまつ)となって炎を燃やし続けるとよい。願いを叶えるのが内なる神「私は在る」だという意識をしっかり保っていれば、あらゆる事物の完全性の中に入り込み、望みのものを手にすることができるだろう。そうして永続的に願いが叶うようになるのは、個人の意識が自ら努力した結果である。
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   学習者からの質問: 同情とは具体的に何なのですか?
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   サンジェルマン:それは不完全な状態に同意する行為である。決して人間的な同情に心をゆるすことがないように。そうでないと流砂のように引きずり込まれてしまう。あなた方には高みに上昇できる翼があるので、同情を誘うもののはるか上方へ昇り、その実態を見極めなさい。それが破壊的な事柄だとわかったとしても裁く必要はない。あなた自身は変わらない喜びを持ち、内なる「私は在る」に浸っていればよい。そうすれば、すべての物事は完全な状態で現れるだろう。
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   同情的でないことを、他人から何と言われても気にする必要はない。それで実害を被るわけではないし、完璧な人間に近づこうとしているのなら、意識してそれを実現すべきである。日頃から気をつけていないと、不完全な表現が耳や目から入って来て、こちらがその言葉を消さないなら、それは何年でもあなたについて周る。だが偉大な法則を意識して使えるようになると、神の思考からもたらされる力は何をしてどこへ向かうべきかを完璧に理解していると解るだろう。
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   神の同情と人間の同情では、光と闇ほど違う。神の同情は完璧な思考に基づいているので、学習者の集中力を保ち、「大いなる私は在る」をしっかり見据えさせ、完全性を表すために機能する。一方、人間の同情は、不完全な感情が基になったエネルギーの流れなので、すでに表面化している不完全性を助長するだけである。
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   どうしたらいいか解らない状況に陥ったら、自分の内なる神「私は在る」を意識し、次のように告げるとよい。「私はこの状況を解決する知性である」と。いずれにしてもまず意識を、自分を支えてくれる「私は在る」に向けることだ。ある男性の学習者は、自分が周囲に敷いた電子の環に治癒力があることを知り、それを「治癒の環」と呼んでいた。その「環」に触れた人が瞬時に治ったからであるが、それは治癒力というよりも「私は在る、アイ・アム」の完全性によるものだ。
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   学習者からの質問:なぜ神は自身を個別化したのですか?
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   サンジェルマン:愛する相手を得るためである。
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   学習者からの質問:光線が分かたれた理由とは?
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   サンジェルマン:愛を表現するためだ。愛は神の行動原理である。あなた方が誰かや何かを愛する時、愛するものを神のマントで覆う。光輝く存在とその活動で包む。たとえあなた方の周りに間違った性行為に及んでいる者がいたとしても、決して咎めたりしないように。むしろ高い理想に関心を向けさせ、その者の意識を高めてやりなさい。自分の思考をコントロールできるレベルまで引き上げてやれば、自分の意志で性衝動をコントロールするようになり、より上の段階に進んでいくだろう。
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   適切かつ純粋なセックスは、生殖行為における愛の拡大だ。それによって生まれて来る子どもが、愛情と調和に満ちた性格を整えられるようにとの意図がある。それほどまでに両親の思考と感情は、子どもの人格形成に多大な影響を及ぼす。人間一人ひとりの生命原理の性質は、愛することに尽きる。
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マスター サンジェルマンのメッセージ


 

人間は神の子なのになぜ自らの限界に従うのか?

  • 2019.06.12 Wednesday
  • 00:09

 

 


   表面的外的自己やそれに基づく活動に関しては、自分が内なる神「私は在る」を口にした時、神の無限の力を使っていることを絶えず自分に言い聞かせることだ。それは自分の意識にあった考えや関心事を首尾よく果たすために、内なる「私は在る」の力を作動させたのだから。誠実な学習者はこの真理が表面的自己意識にしっかりと定着するまでは、片時もこのことを忘れてはいけない。
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   そのように考えると、自身の不足や不完全な状態を内なる神「私は在る」を使って、「私は体調がよくない」「私は経済的に困っている」などと口にすることが、いかに愚かな行為であるかが理解できようというものだ。内なる神「私は在る」を適切に用いていれば、そのような(否定的な)ことに影響されることはなくなる。だからこそあなた方も試してほしい。
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   風邪をひいたように感じた時、ティッシュで洟水をかまねばと考える前に思い出してほしい。あなたの外的自己に影響を及ぼせるのはただ一つ、それはあなた方の内なる神、大いなる「私は在る」の力であることを。だが残念なことに熱心な学習者たちでさえが、しばしばこのことに気づかず、大いなる存在を活動させるように十分に意識を向けない場合がある。
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   「私は自分の真の役割を果たす勝利の存在である」と宣言し、心の中で確信する。学習者がこの仕組みを使って表面的自己をコントロールできるようになれば、真の役割を全うするという祝福を受けることになる。
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   外の世界で目に留まる見せかけの物事や、金融の専門家と称する者たちが煽る不安を、無意識のうちに受け入れて影響されないためにも、一人ひとりが常に外界との接触に注意を払う必要がある。あなた方の世界も家庭、ビジネスさえも統率しているのは宇宙生命エネルギーである神なのだ。だから内なる偉大な存在の身近にいながら、人間の創造の産物に惑わされる必要はない。
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   自分を支え、この世で自分が望むもの、使うもののすべてを用意してくれる偉大な存在を信じ、その腕に委ねなさい。外部の者に依存することはない。何もかもすべてを有する偉大な存在とその力に触れた事実を、心から喜びなさい。あなたが本心からこの真理を理解した時、不足するものなどなくなるからだ。
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   今ここで、あなた方にも自身の内なる神を認識し、体験し、受け入れてほしい。そうすれば光の降雨が作り話ではなく、現実の出来事だと解るだろう。意識を十分に拡大し、深めた者は、降り注ぐ雨のように何でも望んだものを受け取ることができる。
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   天使の姿を目撃し、その存在を感じたと経験を語ったために、罰せられた子どもが何人もいる。この場合罰せられるべきは、むしろ大人の方だ。なぜなら神からの贈り物である子どもたちの自由に、干渉するという暴挙を犯したからだ。もし大人たちに健全な想像力があり、大いなる存在を受け入れて生きていたならば、自分の生命を維持してくれる存在と、その崇高な知性を肌で感じることができただろう。だが人類のほとんどは、別世界を見ることを拒み、別次元の事象を幻想と見なして信じることができない。
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   親愛なる生徒諸君! 勇気や力が必要な場面に遭遇した時には、次の言葉を口にするとよい。「私は瞬時に勇気や力を出現させる存在である」と。また気持ちや体に調和が必要だと感じる場合は次のように唱える。「私は瞬時に調和をもたらす存在である。私は待つ必要がない」 このようなこの手の事柄を理解できない世間や人々は相手にしないことだ。自分が望むものを現実化させてくれる存在と、その光の降雨と呼ばれる現象をただ喜べばよい。
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   だが我々の常識から言えば、「大いなる存在」が望みを叶えると信じていても、それを受け取って喜ぶさまを想像し感謝もしていないのに、神の名の下にどんなに願ったところでそれが叶うことはない。
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   実際には用をなさない表面的外的自己がすべてだと思い込んでいる哀れな者が、「そんなお伽話や幼稚な話を信じるほど自分は愚かではない」と豪語するが、いずれ馬鹿にしていた者たちが自分の願いを実現していくのを目(ま)の当たりにする時、それが単なるお伽話だとは笑えなくなるだろう。
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   外界における仕事の場面で、自分に支障を来たすような状況に出くわすたびに、断固とした態度で次のように口にするとよい。「私は光の降雨であり、自分が望むあらゆる出来事が顕在化した存在である。いかなる人も物もそれを阻むことはできない」と。これは偉大な真理だ。光の降雨は目に見えない経路だけでなく、見える経路を通じても現れる。どちらも光の降雨に変わりはなく、現れ方に少し違いがあるだけだ。
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   外側の体験ではどのような活動であっても、それを実行し続けることで能力や力を高めていく。違うかな? ならば外的な活動でさえがそうであれば、内面の活動がいかに重要であるかを理解できるだろうか? 使いこなすごとに威力は増して表れて来るものだ。それは外界における物質的な物事よりも、内なる精神的な物事の方がより早く、しかも強力な形で成果が現れやすい。つまり精神を伴うと力は即座に発揮されるからだ。だから「私は在る」が作動したら待ち時間はない。
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   体力を伸ばすには筋力を鍛えて発達させる。だから内なる力を伸ばすにも訓練を積むべきだと考えるだろうが、そうではない。通常、筋肉を発達させるには筋力トレーニングを行なう。しかし私はこれまで何度も自分の生徒たちが、簡単な体操すらせずに体の筋肉を発達させ、均整のとれた美しい肉体を得られるようにしてきた。これと同じことが、内なる力を表面化させるための内面の能力を伸ばす訓練についても言える。つまり、発達させる対象が外面であれ内面であろうと、初めに訓練すべきは精神面である。
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   ただし心しておかねばならないのは、訓練に使う力とエネルギーがそれぞれの内なる神、「大いなる私は在る」だけから来るという事実である。よって内面の能力を伸ばす訓練は、いわゆるメンタルトレーニングではなく、「活動している神、私は在る」の実践となるのだ。神の知性とエネルギーなくして、行動に結びつく思考を生み出すことはできない。あなた方の精神活動は「活動している神」のエネルギーなのだ。これで先ほど述べた筋力トレーニングなしで強靭な体を容易に作ることができると言った訳が理解できたと思う。
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   多くの科学者や医者、体育の教師たちはこれを全面的に否定するに違いない。だが彼らは単に、体内で活動するエネルギーや力について認識することがなく、深く考えることがなかっただけに過ぎない。本来、内なるエネルギーや力がなければ、どんな活動もできないからである。こうした偉大な能力について聞くと、多くの人はにわかには信じられず、恐れや疑いを抱いてしまう。
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   しかし本来、こうした能力はいつでもどこでも誰にでも自由に使えるものだ。内に宿る諸々の力は外的自己からは沈んだ状態にある。つまり水中に押し込んだコルクのような状態にあるので、わずかな努力で解き放たれたとたん、使われる瞬間を求めて水面に跳ね上がって来る。
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   実に残念なことだが、内面のこうした能力を使おうと何年も努力を重ねてきた熱心な学習者が、目に見える成果が得られないことに失望し、努力する前の状態に落ち込む例が少なくない。そうなると何らかの刺激が与えられない限り、再び浮上してくることはないので厄介だ。だが自ら投げ出さない限り、目標にたどりつく。「大いなる私は在る」への揺るぎない信念と諦めない姿勢こそが、困難を経ながらも確実な達成へと導いてくれる。
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   私は今のこの時期、わずかの動機と内面の能力の使い方の簡単な描写だけで、すぐにでも自己の解放へと飛躍できそうな者が多くいると見ている。とりわけ今回の言葉による私の指導と、それに伴う光の放射を受けている者たちは非常に可能性が高い。
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   神の子である人間が自らの限界に従っているなど、おかしな話だとは思わないだろうか? 本来ならば不断の努力と固い決意で、自分の内なる大部屋を開けることができるのだ。そしてそこにはまばゆいばかりの光と宝石や金が満ちているばかりか、地上で必要なあらゆる糧を光の降雨で取り出す際の物質までもが詰まっている。この真理を前にしながら、未だに疑わずにいられない疑念が原因で、自己の解放とその象徴である笏(しゃく)の獲得をためらう者がいる。
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   我が生徒たちに再度告げる! 「勝利者である大いなる私は在る」の優美なメロディーを歌いなさい。心の中で絶えず歌いなさい。自分の全能力を結集して「私は在る」の力を使う決意をしなさい。その決意が揺るがぬ限り、神の知性とマスターへの道が開け、永遠の自由があなた方にもたらされる。自分たちが今、この次元のベールを突き抜けているのを実感して喜び続けなさい。
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マスター サンジェルマンのメッセージ

   


 

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