すべての癌が消えた

  • 2019.04.29 Monday
  • 12:43

 

 

    
   ・・・午後4時頃、私は目をぱちぱちし始めました。それは2月3日の午後で、昏睡状態になって運び込まれてから、およそ30時間後のことでした。視界はかなりぼんやりしており、目の前にいるのが夫のダニーだとはわかりませんでした。その時、「アニータの意識が戻った〜っ!」という彼の叫ぶ声が聞こえました。それはこの上なく幸せそうな声でした。
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   昏睡状態から目覚めて2日もしないうちに医師は、奇跡的に臓器の機能が回復し、毒素で腫れ上がっていたのもかなり収まって来たと告げました。別の癌専門医が定期健診を行なった時、彼は驚きを隠せずに叫びました。「あなたの癌はこのたった3日間だけで、かなり小さくなっている。それにすべてのリンパ腫の腫れも、以前の半分くらいの大きさだ!」
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   嬉しいことにその翌日、酸素チューブが取り外されました。医師がもう必要ないと判断したのです。私はベッド上に半分、上体を起こした状態でいましたが、まだ自分で体を支える力はなく、枕に頭を埋めていました。私の気分は高揚しており、家族と話したくてうずうずしました。私はその時、なぜ自分がそれほどポジティブな気分だったのかわかりませんでしたが、何かを悟った感じがしていました。
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   私はまだ集中治療室にいたので、家族が私のベッドに連日やって来ましたが、医師は私が他の重篤な患者の邪魔になっていると判断しました。それは彼らの家族から、私のベッドのほうから聞こえてくる、笑い声やおしゃべりがうるさいと苦情が出たからでした。そして病院に運ばれてから5日目、私は一般病棟へ移されました。そこでやっと、人目をはばからずに思い切り音楽を聴いて笑えるようになったのでした。
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   私はとてもゆっくりと、自分に起きたことを理解し始めていました。頭がはっきりしてきて詳細を思い出し始めると、私の胸は詰まりそうになりました。それは向こう側で体験した驚くほどの美しさや自由を後にして、戻って来たことが悲しかったのです。でも同時に、再び家族とつながれたことの幸せを感謝しましたが、私は後悔と喜びの両方の涙を流しました。
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   そして、すべての人たちと、これまで一度も体験したことのない絆(きずな)を感じるようになりました。それは家族だけでなく、自分の病室にやって来るすべての人たちとです。私の世話をしに来てくれる人々に対して、愛が溢れ出て来るのを感じました。それは自分がこれまで知っている愛情とは違うものでした。それはとても深いレベルですべての人とつながっており、同じ心を共有しているかのようで、彼らが感じたり考えていることがすべて解る気がしました。
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   私のベッドは窓側にありましたが、ある日看護師が外の景色を見たいかと訊ねてくれました。私はその時、自分がしばらく外の世界を見ていなかったことに気づきました。看護師に支えられながら窓から外を見た瞬間、涙がこみ上げてきてしばらく泣きやむことができませんでした。その景色は、私が子ども時代に住んでいた場所の風景とまったく同じだったのです。私は景色を眺めながら、さまざまな経験をしてまた同じ場所に戻って来たことを痛感しました。
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   それは特別な風景ではなかったのですが、まるで初めて目にしたようにあらゆるものが新鮮で、刺激的で美しく見えました。私は再び子どもに戻ったように、新しい目ですべてのものを見ていたのです。そこには自分が育ったアパートが見え、道路を横切ったところには、幼いころに遊んだ公園があり、市電が人々を乗せて走っており、車が通り過ぎ、犬の散歩や買い物の通行人がいました。それは久しぶりに目にしたすばらしい眺めでした。おそらく、これまで見て来た中で一番美しいものでした。
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   集中治療室を出てから数日後、私は筋力をつけるために理学療法を始めました。初めて部屋の中を歩けるようになった日、看護師が鏡のあるトイレに連れて行ってくれました。ところが鏡に映る自分を見た瞬間、私は骨と皮だけの自分の姿にひどく滅入ってしまい落胆したのです。私は数分だけ一人にしてほしいと看護師に頼み、鏡の中の自分をじっと見つめました。それが誰なのかまったくわかりませんでした。
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   髪の毛はほとんど抜け落ち、目がくぼんで眼球だけが目立ち、頬骨が突き出ていました。右耳辺りの首には大きな絆創膏が貼られ、ぱっくり開いた皮膚病変を隠していました。私は鏡に映る自分の姿にくぎ付けになり、涙がとめどなく流れました。私は虚栄心から泣いたのではありません。私にとって身体的な外見が重要だったのではありません。それはこれまでの長い年月にわたる苦しみを見ていたのです。
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   「私はどうして、これほどの苦しみを自分に与えてしまったのだろうか? なぜこんな苦しみを自分に課したのだろう?」 私自身が自分に対してこれを行なったことを痛感していました。鏡に映る自分の顔のほうへ手を伸ばし、涙を流す顔に触れながら、二度とこんなひどい目にあわせない、と誓ったのです。
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   医師は私の回復ぶりに慎重な注意を払っていました。それは病院へ搬送されて来た時があまりに深刻な状態だったからです。彼らは現在投与している抗がん剤、つまりかつて私がひどく恐れていたものですが、その配合と投与量を調節したいと考えていました。私は看護師がやって来て、抗がん剤の投与を始めるのを見ていました。その袋には”劇薬”と大きな文字で書かれており、その薬が直接血管の中へ送り込まれるのです。看護師はマスクをしてゴム製の手袋をし、その危険な劇薬に触れないようにしっかりと防備していました。
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   不思議ですが、私は自分の血管にこれらの劇薬を流し込んでもよいと思いました。なぜなら私には、抗がん剤治療が必要ないと解っていたからです。そして医師たちは、私のためではなく、自分たちの理由づけのためにそれを行なっていることも解っていました。私は自分が無敵で、何者も自分をやっつけることはできないことも解っていました。それは今、血管に注入されている劇薬であってもです。
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   私は親しい友人を何人も癌で失っているので、そうした劇薬の抗がん剤治療を長年ずっと恐れていました。ですが興味深いことに、今回はいつもの副作用がまったく現れなかったのです。医師チームは私に、抗がん剤投与に伴う吐き気が見られないことに非常に驚いていました。私は勝利を得た気分でした。その時の私は、死ぬことや抗がん剤に対して、あらゆるもの対する恐怖感を完全に乗り越えていたのです。
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   自分を病気にしたのは、恐れの気持ちであったことを私は確信しました。もしこれが、向こう側の世界を体験する前であったなら、大きな赤い文字で書かれた劇薬という言葉と、自分を守るための看護師の厳重な防備は、おそらく私に死ぬほどの恐怖感を与えたでしょう。心理的な影響だけで、私の息の根は止まっていたかもしれません。それが今、私は自分が無敵の感じでした。なぜならこの次元へ戻って来るという決断が、物質世界で起きている事柄を完全に覆(くつがえ)すと知っていたからです。
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   集中治療室を出て6日目、私は少し力がついた気がして、短時間だけ病院の廊下を歩き始めました。そして最初の検査は骨髄生検でした。これはとても痛みを伴う検査で、骨盤に太い注射針を刺し、骨から骨髄を採取するものです。その検査結果を受け取った日のことは今でも思い出します。医師が病院の職員たちと心配そうな様子で一緒にやって来ました。それを見て、私はここ数日で初めて不安を感じました。
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   医師は言いました。「骨髄生検でちょっと気がかりな結果が出ました。実は骨髄生検で癌が見つからなかったのです」 ダニーが聞き返しました。「どうしてそれが問題なのですか? つまり妻の骨髄には癌がないということでしょう?」「いいえ、そんなことは絶対にありません。奥さんの体には確かに癌があります。こんなに早く消えてしまうわけがありません。私たちはそれを見つけなければなりません。そうしなければ薬の量を決められないのです」
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   そして医師たちは私の骨髄生検の材料を、香港で最新技術を持つ病理研究室へ送りました。4日後に結果が戻って来ましたが、陰性でした。つまり癌の痕跡はまったく見つからなかったのです。医師たちはそれでもあきらめずに、癌を見つけるためにリンパ節生検をしたいと言いました。
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   私は「どんなに調べても何も見つからないのは解っているので、もう検査はしたくありません。これは私の体なのです」と言いたくて仕方がありませんでした。ですが私は医師に告げました。「必要なら検査してください。でもそれらすべては、あなた方が自分を納得させたいがために行なうのだと覚えていてください。私にはすでに結果がわかっています」
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   私は放射線室の台に横になっていました。そこのシャーカステンには私が昏睡状態で病院へ搬送された時に撮った、MRIの画像が貼り付けてあるのに気づきました。それには腫瘍の箇所のすべてが写っていました。その画像を見て、放射線技師は私の首は腫瘍だらけだと理解し、首の後部、両側面、最後に首の全面を調べました。私は彼が戸惑っているのに気づきました。彼は院内の電話のあるところへ走って行くと、私の主治医と話しているのが聞こえました。
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   「さっぱりわかりません。ほんの2週間前に撮った画像があるのですが、癌だと思われるリンパ腫が一つも見つからないんです」 それで彼が戻って来た時、私は「もう戻っていいんですね」と言うと、「いや待ってください。あなたの主治医から、体から癌が消えるなんてことは絶対にあり得ないので、必ず見つけ出すように言われているのです。首のあたりで癌を見つけなければなりません」そう言うと彼は、大きくなってもいないのに、私の首のリンパ節に印を付けました。
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   それから手術の日程が組まれ、外科医が電気メスでリンパ節を切った時の不快感は本当に嫌なものでした。これは局部麻酔だったので、完全に意識がありました。その時の皮膚の焦げた匂いをよく覚えています。医師の処置に同意したのは間違いだったかもしれないと思いました。そして、その結果、癌の痕跡はまったく見つからなかったのです。その時点で私は、これ以上検査や抗がん剤を続けることに対して抵抗を始めました。
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   私は自分が治ったと心の底から解っていました。ですが医師は許してはくれず、さらなる検査と薬が必要だと主張し、私が運び込まれた時のことを再び思い出させようとしました。「私の体にはもう癌が見つからないのに、なぜそんなことがまだ必要なんですか?」と言うと、「これまでの検査で癌が見つからないからと言って、癌がないというわけではありません。忘れないでください。数週間前に病院へ運ばれて来た時、あなたは末期癌患者だったんですよ!」と医師は断言しました。
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   しかし最終的に、PETスキャンの結果、画像で癌が確認されなかった時点で、私の治療は終わりました。医師チームは驚いていましたが、形成外科で手術するはずだった首の皮膚病変も自然治癒していたのでした。
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アニータ・ムアジャーニのメッセージ

   


 

生還するか否かの決断

  • 2019.04.27 Saturday
  • 00:02

 

 


   私は自分の臨死体験について話したいと思いましたが、その体験の深さと溢れるようにやって来る知識の量に、見合う言葉を見つけることができませんでした。なので最善の方法として、譬えや類推を使って表現しようと思いました。私が伝えたいことの本質を少しでも表すことが出来ることを願っています。
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   巨大で真っ暗な倉庫、あるいは巨大な部屋を想像してください。あなたはたった一つの懐中電灯だけでそこに暮らしています。とても大きなその空間の中であなたが知っているのは、小さな懐中電灯の光で見えているものだけです。何かを探したいと思った時、それを見つけられることもあれば、見つけられないこともあります。
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   でも、見つけられないからといって、それが存在しないというわけではありません。それはそこにありますが、あなたが自分の光で照らしていないだけです。たとえ照らしていたとしても、見たものを理解できないだけかもしれません。またある程度はわかるとしても、疑問が残るでしょう。あなたは自分の光が照らすものだけを見ることができて、自分がすでに知っているものだけを理解できるのです。
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   肉体とともにある生活とはこのようなものです。私たちは自分の感覚を集中しているものだけに気づき、すでに馴染みがあるものだけを理解できるのです。
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   ではある日、誰かがその巨大な部屋の電気のスイッチを押したと想像してください。そこで初めて、輝きと音と色が突然あふれ出て、あなたはその部屋全体が見えるようになるのです。なんとそこは、これまで想像していたような場所ではありませんでした。そこはさまざまな色で輝き、中にはこれまで見たことのないような理解できない色もあります。
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   そこにはこれまで聞いたこともないような、臨場感あふれる素晴らしい旋律が響き渡っています。さくらんぼ色、レモン色、朱色、グレープフルーツ色、ラベンダー色、金色が虹のように輝き、ネオンサインが脈動し踊っています。電気仕掛けのおもちゃが棚の周りを走り回り、別の棚の上には言い表せないような色合いの箱や包装物、紙類、鉛筆、絵の具、インク、缶入り食糧、色とりどりのキャンディーの箱、シャンパン、チョコレート、世界中から集められたワインがあります。突然ロケット花火が爆発して放射状に広がり、花や滝などの煌めく光の像を見せています。
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   あなたの周りで起こっているあらゆることの広大さ、複雑さ、深さ、大きさは圧倒的です。突然見えるようになったその場所の端々まで見ることはできなくても、自分が認識している以上のものが存在するとあなたには解っています。あなたは自分が生き生きした無限で素晴らしいものの一部であり、五感で解るものをはるかに超えた、タペストリーの一部だという強烈な感覚を得るでしょう。
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   これまで五感で捉えられる現実こそすべてだと考えていたことが、実はあなたを取り囲む途方もない驚異的な物の中の、ほんの小さな点にしか過ぎないことを理解します。そしていかに、さまざまなものが互いに関わり合い、ふさわしい場所にぴったりと当てはまっているかが解るでしょう。倉庫の中にはこれまで見たこともなく夢にも思わなかった素晴らしい音や色や感触のものが、すでに知っていたものと一緒にあったことに気づくのです。
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   それはあなたが気づいていたものでさえが、まったく新しい状況の中では真新しく、超現実的に見えるでしょう。それはたとえ再びスイッチが切られ暗闇になったとしても、この体験におけるあなたの理解や明晰さ、驚異の念や活気は誰も奪い取ることができません。倉庫にあるすべてのものについて、あなたが知っていることも消すことはできません。そこに何があり、それをどのように手に入れ、何ができるのか、あなたは小さな懐中電灯で暮らしていた時よりも、はるかに多くのことを知っています。
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   そしてこの覚醒した意識の瞬間に体験した、あらゆることに対して畏敬の念を抱いています。人生はこれまでとはまったく異なる意味を持つようになり、あなたの新しい体験はこの気づきから創造されていくでしょう。
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   私は向こう側の世界で得た理解に驚嘆していました。しかしそのうちに、自分は選択しなければならないことに気づきました。すると再び、近くに優しい父の存在を強く感じ、まるでそれは抱きしめられているかのようでした。
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   「パパ、やっと家に帰って来た気がするわ。ここに来れてとても嬉しい。これまで辛い人生だったから」と言いました。すると父は、「アニータ、本当はおまえはいつもここにいたんだよ。これまでも、これからもずっと。そのことを忘れてはいけない」と、まるで言い聞かせるように言いました。
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   子どもの頃、私は父といつもうまくいっていたわけではありませんが、今、父から感じられるのは素晴らしい無条件の愛だけでした。生きていた時の父は、私の若いうちにお見合い結婚をさせようとするなど、インド人社会の基準を私にいつも押し付けようとしたので、それが私には不愉快で、父に従えない自分を社会の不適格者だと感じていました。ですが今は、父が属していた社会規範の制約や期待などは存在しないので、父が私に対して抱いているのは純粋な愛だけでした。
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   現世で父が私に押し付けていた、インド社会のプレッシャーは父からはなくなっていました。なぜならそれらはすべて、肉体をまとった存在だけが持つ側面に過ぎないからです。そのどの価値観も、死後にはもう必要ではありません。そうした価値観は死後の世界へは持ち越されないのです。唯一残るのは、私たちのつながりと、お互いが抱いていた無条件の愛だけでした。それが解り、私は初めて父に愛され、父のもとで安らぎを感じたのです。
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   私は父が自分に話しかけているのに気づきました。「アニータ、おまえは今はまだここに来るべき時じゃないんだよ。私と一緒に行くか、それとも肉体に戻るか、おまえが自分で決めなさい」。 
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   「私の肉体は重病で癌に侵されているのよ。もうあの体には戻りたくない。だって苦しみ以外何もないの。それは私にとってだけじゃなくて、ママやダニーにとってもそう・・・。戻る理由なんか何もない」。私にはその思いが溢れ出てきました。無条件の愛の状態はこの上なく幸せでしたが、でも私は体に戻るという考えに耐えられませんでした。私は今いる場所に永久にいたかったのです。
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   この後起こったことを説明するのは非常に困難です。第一に、私が意識を向けたものは何でも、自分の目の前に現れるような気がしました。第二に、時間はまったく問題にならず、まるで時間は存在しないかのようで、それについてまったく考慮する必要がなかったのです。
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   それが起こる前に、病院では医師が私の肉体臓器の機能を検査し終えており、すでに報告書を書いていました。ですが私がいた向こう側の世界では、その検査結果と報告書の内容は、これから私がしなければならない決断、つまり肉体へ戻って再び生きるか、それともこのまま死へ向かうかという決断次第だったのです。私が肉体の死を選択すれば検査結果には臓器機能不全と書かれ、もし肉体に戻る選択をすれば、臓器が再び機能し始めたと記されるわけです。
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   その瞬間、私は「もう戻りたくない」と決意しました。そして自分の肉体が死んでいくのを感じ、臓器機能不全による死だと、医師が家族に説明している場面を目にしました。同時に父が私にこう告げました。「アニータ、おまえが来れるのはここまでだ。これ以上進んだらもう戻れないんだよ」と。
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   物理的な境界線はありませんでしたが、自分の前にエネルギーレベルの違いによって区分された、見えない境界線があるのが解りました。もしそこを渡れば、もう二度と戻れないのです。体とのつながりは永久に切断されてしまい、私が目にしたように、家族は私が悪性リンパ腫による臓器機能不全で死んだと医師から告げられるのです。
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   無条件の愛と、自分が受け入れられた感覚は素晴らしいものでした。私は永遠にその状態にいたかったので、境界線を越えようと思いました。そこには痛みも苦しみも、ドラマもエゴも存在せず、私はあらゆる創造物の純粋な本質に包まれていました。まさしく、すべてが一つであると感じていたのです。
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   私は、医師からの知らせに取り乱した家族の方へと意識を向けました。ダニーは私の胸に顔を埋めて痩せ細った手を握り、深い悲しみにむせび泣きながら体を震わせていました。母は信じられない様子で真っ青になり、私の前に立ち尽くしていました。兄のアヌープはやっと到着し、私の死に目に会えなかったことにショックを受けていました。
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   けれども、私が自分の体や家族に起きていることに感情的に巻き込まれそうになると、再び自分の感情から引き離されていったのです。そしてたとえ体には戻らない選択をしても、生命という壮大な織物であるタペストリーの中では、なるようになるのだと知りました。
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   死のほうへ歩き続けると決心した瞬間、私は新しいレベルの真実に気がつきました。それは、自分が本当は誰なのかに気づき、本来の自分の素晴らしさを理解した今、もし体に戻る選択をすれば病気は急速に治癒するだろうと解ったのです。それも何週間や何ヶ月もかけてとかではなく、わずか二、三日のうちにです。もし体に戻ったら、医師は癌の痕跡すら見つけられないでしょう。
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   「一体どうやって?」 私はこの意外な新事実に驚き、その理由を知りたいと思いました。その時、体というものは自分の内側を反映したものに過ぎないことを悟りました。もし内なる自己が、自らの偉大さと大いなるものとのつながりに気づくならば、私の体はすぐにそのことを反映し、病気は急速に治るでしょう。
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   私には選択権があると知っていましたが、何かそれ以上のものが存在することが解りました。「私にはまだ実現していない目的があるような気がする。それは何だろう? どうやってそれを見つけられるのだろう?」
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   そして私は、自分がすべきことを探す必要はなく、それは自然に目の前に現れて来ることを知りました。それは何千、何万という人たちの手助けをすることと関係しているようでした。あるいは彼らと臨死体験で得たメッセージを分かち合うのかもしれません。そうであるとしても私は自分からそれを追い求める必要はなく、またそれがどのように実現するかも考える必要がないのです。ただ自然の展開に任せていればよいことでした。
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   自然の展開へ到達するために私がするべきことは、ただありのままの本来の自分でいることだけなのです。私はこれまでのあらゆる人生の年月において自分に必要だったのは、ありのままの自分でいることだったと悟りました。愛されよう好かれようとして自分を批判したり、欠点があると思って自分を嫌ったりせずにです。
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   同時に私たちの本質は純粋な愛だと解りました。誰もが純粋な愛そのものの存在なのです。私たちは完全なるものからやって来ており、再びそこに戻るのであればそうでないはずがありません。このことを理解したならば、もう自分自身であることを怖れることはありません。愛であることと本当の自分であることは一つものであり、同じことなのです。
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   そして最も大きな新事実は、雷光の轟(とどろ)きのごとくやって来ました。それは、ただ自分の本来の姿である愛でいるならば、自分だけでなく他人も癒せることが解ったのです。これまでの私には理解できませんでしたが、それは明白なことに思えました。もし私たちが一つとなり、一人ひとりが無条件の愛という全体のさまざまな側面であるならば、私たちはみんな愛の存在だということです。
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   私はそれが人生の唯一の目的であると知りました。つまり、本来の自分自身でいながら自分の真実を生き、本質的な愛であることです。私が理解したことを確認するように、父とソニが私にこう言っているのに気づきました。「自分が本当は何かという真実を知ったのだから、もう一度体に戻り、今度は何も恐れずに思い切り生きなさい!」    つづく。
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アニータ・ムアジャーニのメッセージ

   


 

私は永遠に生きるもの

  • 2019.04.25 Thursday
  • 00:28

 

 


   ・・・私は十年前に亡くなった父の存在に気づきました。それは私に信じられないほどの安心感を与えてくれました。「パパ、ここにいたの! 信じられない! 」実際にはそう言ったわけではなく、そう思っただけで、そのような感情を抱いたというほうが正しいかもしれません。

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   その世界では感情が唯一の対話方法だったのです。「そうだよ、アニータ。おまえや家族のためにいつもここにいたんだよ」 父は私にそう伝えました。これも言葉ではなく感情によるものでしたが、私にははっきりと解りました。
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   また三年前に癌で亡くなった親友のソニにも気づきました。父やソニの存在が、私を優しく抱きしめるように包み込んだ時、ワクワクした高揚感に満たされ、私は心から楽になりました。彼らは私が気づくずっと前から側にいてくれて、病気の最中も見守っていてくれたことが解りました。

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   さらに他の存在にも気づきました。それが誰なのか解りませんでしたが、彼らが私をとても愛し、守ってくれていることが解りました。彼らはいつもそこにいて、私が気づいていない時でさえも、大きな愛で包んでいてくれたのでした。
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   私は身体の五感ではなく、まるで新しい感覚を手に入れたように、限界のない知覚を用いていました。それは通常の能力よりもはるかに鋭く、360度すべてが見渡せて、自分の周囲を完全に認識することができました。それは驚嘆すべきことのようですが、それが当然のことと感じられたのです。もはや体の中にいることのほうが特殊なことであり、制限された状態であるように感じました。
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   その世界では時間も違うものに感じられました。私はすべての瞬間を同時に感じていたのです。つまり過去、現在、未来の自分が関係するあらゆることを同時に認識していたのです。さらに幾つかの人生が、同時並行的に繰り広げられているのを感じました。
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   一つの人生では私に弟がおり、彼を守ろうとしていました。その弟の本質はアヌープだと解りました。その人生では彼は私よりも若かったのです。時代や場所ははっきり分かりませんでしたが、田舎の生活でした。家具などほとんどないあばら家に住み、私はアヌープの面倒を見て、両親は畑で働いていました。
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   姉として弟の世話をし、家族の食べ物を確保し、外部の敵から身を守っている自分をまざまざと体感している間、その生活が過去世のものだという感じはまったくしませんでした。風景はかなり昔に見えましたが、まるで今ここに起きているようだったのです。
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   時間はこの世で体験するような直線的な流れではなく、過去も未来も現在も同時に起こっていたのです。時間のあらゆる点を同時に知覚できることは、向こう側の世界での明確な理解に役立っていましたが、今それを思い出したり、説明しようとすると混乱が生じます。それは直線的時間が存在しない時、出来事の連続性ははっきりしなくなり、それについて話すと不自然な感じがしてしまうからです。
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   肉体の持つ五感の制限により、私たちは時間の一つの点に集中させられ、これらを一列につなげて直線的現実を創り上げているように思えました。さらに私たちの身体の制限された知覚こそが、目で見え、耳で聞こえて触ることができ、匂いを嗅ぎ、味わえるという範囲に自分を閉じ込めているのです。ですが身体的制限がなくなった私は、時間や空間のあらゆる点に同時に関われるようになりました、
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   拡大した領域での私の気づきは、どんなに説明しようとしても言葉で表現できません。ですがその明快さは驚くばかりでした。「宇宙は理にかなっていた!」ことを私は理解しました。さらに、なぜ自分が癌になったのかがついに解ったのです。私はその世界の瞬間のすばらしさにあまりにも夢中になっていたので、しばらく自分の病気の理由など考えたりしなかったのですが、深く探ってみることにしました。
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   そして、そもそも自分がなぜこの地上に生まれて来たかを理解し、自分の真の目的について悟ったのです。それで私はなぜ突然に、すべてを理解できたのかを知りたいと思いました。誰がこの情報を私に与えてくれたのか、神様? クリシュナ? 仏陀? それともイエス・キリスト?と思いました。その時、「神は存在ではなく、存在のあり方なのだ。そして私は今、そのような存在のあり方をしている」という悟りが得られ、その感覚に圧倒されたのです。
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   私は自分の人生が、これまで出会ったすべてのものの中に複雑に織り込まれているタペストリーだと解りました。私の体験は、無限に広がる織られたタペストリーの、壮大で色とりどりのイメージを織りなす1本の糸のようでした。その織物の糸や色はすべて私の人間関係を表しており、私が関わったあらゆる人生でした。そこには私の母や父、兄、夫、そしてポジティブあるいはネガティブなやり方で私の人生に現れた、あらゆる人たちを表す糸がありました。
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   「まあ、子どもの時に私をいじめたビリーの糸もある!」そこにはあらゆる出会いが含まれており、この時点までの私の人生の集大成である織物が出来上がっていました。私は1本の糸に過ぎませんでしたが、その完成像に欠くことができない存在だったのです。これを見て自分のユニークな本質を表現することは、自分自身へだけでなく、自分が出会ったあらゆる人への、そして人生そのものへの義務であると理解しました。
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   それは自分以外のものになろうとすれば、良い状況がもたらされるどころか、真の自己を否定することになるのです。ですから他の人たちは真の私を体験する機会を失い、私自身も人々と真実の関わりが持てなくなるのです。本来の自分にならないならば、私がこの地上へやって来た目的を宇宙から奪い取ることになるのです。その明晰な状態で私は、自分がいつも思っていたような人間ではないことも理解しました。
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   「私はここで体も持っていないし、人種や文化、宗教、信念も持っていない・・・でも存在し続けている。それなら私は一体何? 私は誰? 小さくなったり弱くなったような感じはしない。それどころか私はとても大きく強力で、すべてを包み込んでいるような感じがする。こんな体験は初めてで、こんな風に感じたことはこれまで一度もない」
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   この時私には身体がなく、身体的特徴もなかったのですが、私の純粋な本質は存在し続けており、それは完全な自分と何も変わりませんでした。実際には私の本質は、身体よりもはるかに大きくて強烈で包括的でした。それはすばらしい感覚でした。自分は永遠の存在であるような気がしました。まるで始まりも終わりもなく自分は存在しており、これからもずっと存在し続けるという気がしました。
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   自分はただ素晴らしい存在だという気づきに溢れていました。「自分がそのような存在だと、どうして今まで気づかなかったのだろう?」と思いました。私はこれまでの人生の累積(るいせき)である素晴らしいタペストリー(織物)を目にした時、なぜ今日のこの場所へ至ったのかがはっきりと解りました。
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   「自分のこれまで歩んで来た道のりを見て見なさい。どうして自分に対しあんなに厳しかったのか? なぜ自分を責めて批判ばかりしていたのか? なぜ自分を見捨ててしまったの? どうして自分のために立ち上がり、自分の魂の美しさをみんなに示そうとしなかったの?」
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   「なぜいつも他人を喜ばせようとして、自分の知性や創造性を抑えてばかりいたのだろう? 本当はノーと言いたいのにイエスと言って、人に合わせて自分を裏切ってばかりいた。なぜありのままの自分でいる許可を、いつも他人に求めていたのだろう? 自分の美しい心に従って、なぜ自分の真実を語れなかったのだろう?」
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   「まだ肉体にいる内に、なぜ私たちはこのことが理解できないのか? 自分にあれほど厳しくするべきじゃないことを、私はなぜ解らなかったのだろうか?」
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   私は無条件の愛と、受け入れられた雰囲気に包まれており、自分のことを新しい目で見ることができて、自分を宇宙の美しい存在に思えました。私はただ存在するだけで、愛に満ちた思いやりを受けるに値することを理解しました。何か特別なことをする必要もなく、ただいるだけで愛される価値があったのです。そして、それ以上でもなくそれ以下でもありませんでした。
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   このような理解は、私にとって驚くべきものでした。なぜなら私は愛されるためには努力をする必要があると思っていたからです。努力して、愛され、好かれる人間にならなくてはいけないとずっと信じていました。ですから実はそんな必要はないと解ったことは、素晴らしい発見でした。私はただ存在しているというだけで、無条件に愛されていたのです。
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   この拡大した偉大な本質が本来の自分だと知った時、考えられないほどの明晰さの中で私は変容しました。それは私という存在の真実でした。私は新しい自分を見つめながら、自らの気づきの光となっていきました。そこで起きていることの流れや輝き、驚くような美しさの邪魔をするものは何一つありませんでした。
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   私たち全員がすべてつながっていることにも気づきました。その織り込まれた全体である統合体は、人間やあらゆる生物の範囲を超えて、もっと外側へと拡大していき、人間や動物、植物、昆虫、山、海、川、生命のないもの、そして宇宙全体まで含んでいるように感じられました。宇宙は生きていて意識で満たされており、すべての生命や自然を包み込んでいるのだと悟ったのです。
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   あらゆるものが無限の全体に属していました。そして私もすべての生命と複雑に絡まり合っていました。私たちは誰もが、その統合体の一つの側面なのです。すなわち私たちは本質的に一つであり、一人ひとりが集合的な全体に影響を与えているのです。
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   私は、ダニーの人生と目的が私の人生としっかりつながっており、もし私が死ねば彼はすぐに後を追うだろうことを知りました。けれど、もしそうなったとしても、より大きな全体像においては、すべては完璧なままだということも解りました。
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   さらに、癌は私が何か間違ったことをしたことへの罰ではなく、また以前に信じていたような、自分の行動に対するネガティブなカルマでもないことを理解しました。それはすべての瞬間に無限の可能性が秘められており、その時々に私がいる場所は、自分の人生のあらゆる決断や選択や考えが結実したものでした。つまり、私が内に抱いた多くの恐れや私の持つ偉大な力が、この病気となって現れて来たものだったのです。     つづく。
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 アニータ・ムアジャーニのメッセージ

    

   

  


 

死への旅路

  • 2019.04.23 Tuesday
  • 00:06

 


   私が病院に担ぎ込まれた時、周囲の世界が夢のように幻想的に見え、意識が次第に遠のいていきました。昏睡状態で病院に到着した私を見て、医師は助かる可能性は低いと考えていました。

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   私は大きな病院が大嫌いでした。というのも親友のソニとダニーの義弟が二人とも、大きな癌専門病院で亡くなったので恐ろしかったのです。それで私は、近所の小規模な医療施設で治療を受ける選択をしたのでした。しかしそこには緊急事態に対処する設備はありませんでした。
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   私の主治医は香港で一番大きい、最新設備が整った病院へ運ぶよう指示しました。そこには専門の医師チームがおり、私はこの病院へ来るのは初めてでした。癌専門医は私を見た瞬間、明らかにショックを受けた様子でした。
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   「心臓はまだ動いていますが、もう意識はありません。助けるには手遅れです」と、医師はダニーに告げました。私は、「医者は誰のことを話しているんだろう? 私はこんなに気分がいいのに。ママやダニーはなぜあんなに怯えて心配そうなの? 何があったの? 私のせいで泣いているの? お願い、泣かないで。私は大丈夫よ!」、と大声で言っているつもりでしたが、声になりませんでした。
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   事態が深刻だったため、医師はただちに別のベテラン癌専門医を呼びました。私は臨死状態にありましたが、これまでよりもはるかに鋭敏で、自分の周囲で起きていることに気がついていました。身体の五感は働いてはいませんでしたが、それとは比較できないくらい、あらゆるものを鋭く感じ取ることができたのです。
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   それはまるで、完全に異なる知覚が目覚めたようでした。それは単なる知覚以上のもので、起きていることすべてを包み込み、まるで自分がゆっくりとそのすべてと一つになっていくように感じられました。
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   絶対にあきらめないでほしい、という夫の必死の訴えに、医師チームはできるだけの処置を施しました。私のベッドの周囲には厚いカーテンが引かれ、ダニーと母はカーテンの外側で待っていました。
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   看護師たちは小走りで動き回り、死んだような私の身体を酸素タンクに繋ぎ、水分やブドウ糖の点滴の準備をしていました。ベッドの上にある血圧や心拍数をチェックするモニターにも繋がれました。鼻から栄養チューブを入れ、胃の中に直接栄養を送り込み、人工呼吸器によって酸素が供給されていました。チューブがなかなか入らず、のどの筋肉を麻痺させるスプレーををかけて、なんとか胃の中まで入れることができました。
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   人々がやって来るたびに、それが誰で、何をしているかもわかりました。私は目を閉じていたのですが、自分の周囲で起きていることだけでなく、それ以外のことも詳細に解りました。私の知覚はとても鋭くなっており、あらゆることがわかり、理解できるようでした。それは実際に起きている出来事だけでなく、みんなが心に感じていることも解ったのです。まるで一人ひとりの中を見通して感じられるようでした。
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   なので、私の状態を見る彼らの恐れや絶望やあきらめが、ひしひしと伝わってきたのです。「ダニー、ママ、どうしてそんなに悲しそうに怯(おび)えているの。私はもう苦しくないし、ここにいるのよ。ママのすぐそばに!」 私は周囲で起きていることに気づいており、あらゆることが同時に起きているようでしたが、自分が何かに注意を向けると、それが瞬時にクリアに感じ取れました。
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   「肺が液体でいっぱいだ。少しでも楽に呼吸できるように、水を抜かないと」と医師が言いました。医師チームはすごい早さで処置を行ないましたが、同時に私の運命を変えるには遅すぎたことを認めるような空気がありました。私はあらゆる細部にまで気がついていましたが、私の身体は何も感じていませんでした。そこにあるのは大きな解放感と、これまでになかった自由の感覚だけだったのです。
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   「何てすばらしい! すごく自由で軽い! 一体何が起きたの? こんなに気分がいいのは初めて。もうチューブも車椅子も必要ない。誰の助けもなしに自由に歩き回れるし、呼吸も全然苦しくない。本当にすごい!」 
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   私は病院のベッドに死んだように横たわっている自分の体に、何の愛着も感じませんでした。それは自分のもののようには思えず、今、私が体験していることに比べれば、あまりにも小さく、つまらないものに見えたのです。私は自由で解放された、とても素晴らしい気分でした。苦しみや痛みや悲しみのすべてが消えていました。もう何も私を妨げるものはなく、こんなふうに感じたことはこれまでの人生で一度もありませんでした。
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   癌になってからの4年間は、まるで自分の身体の囚人のようでした。けれど、やっとそれから解放されたのです。私は初めて自由を味わっていました。無重力のように自分がどこへでも行けることに気づき、それが普通のことに感じられました。それはまるで、こうすることが物事を認識する本当のやり方に思えました。
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   夫のダニーと医師が、集中治療室から12メートル離れた廊下で話しているのに気づきましたが、それも不思議には思いませんでした。「残念ですが、もう出来ることは何もありません。臓器はすでに機能を停止しました。レモン大の癌が頭蓋骨から下腹部まで、すべてのリンパ系組織に広がっています。肺だけでなく脳も液体でいっぱいです。癌による皮膚病変も見られます。おそらく今晩が山でしょう」。医師がダニーに告げました。
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   ダニーの表情に苦悩が現れるのを目にし、私は彼に向かって叫びました。「ダニー、私は大丈夫! だから心配しないで!」 でも彼には私の声が届きませんでした。「妻を失いたくないんです。私にはまだその準備ができていないのです!」ダニーは医師に訴えました。私は自分の身体に何の愛着もありませんでしたが、周囲に起きているドラマに強く感情を揺さぶられました。何よりも私を失うダニーを、少しでも楽にしてあげたかったのです。
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   私は繰り返し、「ダニー、私の声が聞こえる? お願いだから聞いて。私はもう大丈夫だって知ってほしいの!」 周囲で起きている感情的なドラマに入り込もうとすると、より大きな力が働いてそこから引き離されるような感じがしました。それはまるで、もっと壮大な計画が展開しているかのようでした。引き離されていくにつれて、すべては完璧で計画通りに進んでいることが理解できました。
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   周囲の状況から感情が離れていくと、自分の存在がすべての空間を満たすほど拡大し続けていることに気づきました。それは私と他のすべてのものが一つになるまで続きました。私はあらゆるものを包み込み、そして私はあらゆる人になりました。

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   家族と医師の間で交わされている会話の一語一句が解りました。彼らは病室から遠く離れた場所にいたにもかかわらず、それが解りました。夫の顔からは恐怖感が見られ、その瞬間、まるで私が夫になったかのように彼の恐れが感じられました。
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   その時、初めて私は兄のアヌープにも気づきました。彼はその時飛行機に乗っていて、私に会うためにこちらへ向かっており、まだ何千キロも離れた所にいました。彼の心配そうな様子を見て再び私は、自分が物質世界の感情的なドラマに引き込まれるのを感じました。早く私のところへ行きたいという切迫感が伝わってきて、彼に対してとても強い感情がほとばしりました。
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   「アヌープ、私はここよ!」 私は手を伸ばし、彼を抱きしめて、自分は大丈夫だと安心させてあげたいと思いましたが、なぜかそうすることはできませんでした。彼の到着まで、私の身体が死なないでほしいと思いました。そうでなければ彼がどんなに苦しむか解っていたので、そんな目に合わせたくなかったのです。
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   兄に対する愛情が大きくなり、妹の死の苦しみを経験させたくないという思いが強くなった時、再び大きな力によって、その感情から引き離されていくのが解りました。自分の感情に支配され始めると、自分が拡大していき、すべての愛着が消えていくようでした。そして再び、より大きなタペストリーが存在するという安堵感に包まれ、すべては壮大な計画通りになっていると実感したのです。
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   私は、自分の身体に施されているあらゆる処置の細部にまで十分気づいていましたが、外見上は昏睡状態にありました。私はどんどん外へと広がっていき、周囲の物理的環境から引き離されていくのを感じていました。そこにはもはや空間や時間の拘束はなく、より一層拡大し続けて、より大きな意識と一つになっていくようでした。
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   肉体を持っていた時には体験したことのない、自由や解放感がありました。それは歓喜や幸福が散りばめられた至福感、としかたとえようがないものでした。病気でほとんど死にかけている体からの解放、そして病気による苦痛や痛みから自由になった喜びから生じたものでしょう。
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   私は肉体を離れて向こう側の世界に深く入っていきながら、拡大してすべてと一つになるにつれ、これまで関わって来た愛する人たちや、周囲の状況への愛着がゆっくりと消えていきました。その間、すばらしい”無条件の愛”としか表現できないものが私を取り囲み、しっかり包んでくれました。
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   でもその感覚は、無条件の愛という言葉でも十分には表せません。それはあまりにも乱用され過ぎており、言葉の持つ強烈さが失われているからです。ともあれ、これまでの長い身体的闘いからやっと解放された私は、この自由という素晴らしい体験を楽しんでいました。
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   それは身体的にどこか別の場所へ行ったというよりも、むしろ目覚めたような感覚でした。おそらく悪夢からやっと目覚めたのでしょう。私の魂はその本質的すばらしさにやっと気づいたのです。それは次第に、私の体や物質世界を超えて遠くへと広がり、この世の存在だけでなく、時間や空間を超えた別の領域までも広がっていって同時にその一部になりました。
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   愛、喜び、恍惚感、畏敬の念が私に注がれ、私の中を流れ、私を飲み込みました。そしてこれまで、存在していることさえ知らなかった大きな愛に包まれました。私はこれほど大きな自由や、生きているという実感を味わったのは初めてでした。すでに述べましたが、私のベッドから遠く離れた場所で話している医師と家族の会話が、突然わかるようになったのです。これは物理的に不可能なことでした。
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   このような強烈な感覚、これほど完全で純粋な無条件の愛は、私がこれまでまったく知らなかったものでした。何の条件も要求されず、何の判断もされず、そこには何の差別もありませんでした。その愛を得るために何もする必要はなく、何の証明もしなくてよかったのです。      つづく。
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アニータ・ムアジャーニのメッセージ                                       
   


 

救いを求めて

  • 2019.04.21 Sunday
  • 00:33

 

 


   ・・・恐れや絶望感から、私はホリスティック(全体的な)治療法について出来る限り調べるよう駆り立てられました。その中には東洋のヒーリング療法も含まれていました。私は自然療法の専門家に会い、さらにさまざまな種類のヒーリング法も試みました。催眠療法、瞑想、祈り、マントラの詠唱、そして中国の薬草療法も試みました。ついには仕事を辞め、アーユルヴェーダの治療法を試すためにインドに渡ったのです。
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   私はヨガマスターからヨガとアーユルヴェーダについてもっと知るために、プーナへ行きました。そこは父が亡くなった場所でした。合計すると6ヶ月間をインドで過ごし、その間に私はやっと、自分が健康を取り戻せたように感じていました。ヨガマスターはとても厳しい養生法を命じ、私は特殊な菜食主義と薬草療法を行なうだけでなく、日の出と日の入りに一連のヨガポーズをすることになりました。
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   これを数ヶ月続けた結果、はるかに気分が良くなりました。彼は素晴らしい先生で、私が癌だとは信じていませんでした。私が、医師の検査で悪性リンパ腫があるとわかったと話すと、「癌とは恐れを生み出す言葉に過ぎない。その言葉のことは忘れて、自分の身体の調和を取り戻すことだけに注意を向けなさい。あらゆる病気は調和が崩れていることの兆候だ。身体のすべてのシステムがバランスを取り戻せば、病気は消えてなくなるだろう」と言ったのです。
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   ヨガマスターの指導の下、私は素晴らしい時間を過ごしました。彼は、私の癌に対する恐れを和らげてくれたのです。6ヶ月後、彼は私の癌は治ったと確信し、私もそう信じていました。やっと癌に打ち勝ったという勝利感に酔い、早く帰国して夫のダニーに会いたくて仕方なく、私は話したいことが山のようにあったのです。
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   香港へ戻ると、誰もが私の回復ぶりにとても驚きました。私はすべてがかつてなかったほどに快調でしたが、その喜びは長くは続きませんでした。他の人たちはすぐに、私がこれほど長い間インドで何をしており、どうやって良くなったのかを知りたがりました。それで私がアーユルヴェーダの養生法について話すと、彼らからは恐怖感や否定的な反応しか返ってこなかったのです。
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   彼らは私の身体のことを心から心配してくれている人たちばかりだったので、その人たちが私の選択に疑いを抱いていることは、私に大きな影響を与えました。そんなやり方で癌が治るわけがないという、彼らの意見に対して自分を弁護しているうちに、彼らの疑いや恐れがじわりじわりと、自分の中に浸透してくるのが感じられました。
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   後から思えばその時点で、健康を取り戻すためにもう一度インドに戻るべきでした。しかし実際には香港に残り、自分の選択した治療法に対する他人の懐疑心にますます影響されていったのです。
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   私は、香港で一般的に行なわれている伝統的な中国医学について理解しようとしました。ところがそれは、アーユルヴェーダと対立するところが非常に多く、結果的に困惑を招くことになりました。たとえばアーユルヴェーダではベジタリアンになることが奨励されましたが、伝統的な中国医学では肉、特に豚肉を食べるように勧めていました。しかしインドの考え方では、豚や牛のような肉は最悪の食べ物だったのです。
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   さらに追い打ちをかけたのは、私が途方に暮れて、西洋の自然療法に助けを求めてしまったことです。これはさらなる困難を招いただけでなく、私の恐れを助長させてしまいました。さまざまな治療法が異なる説を主張しており、お互いに対立していたからです。たとえば西洋の自然療法では、癌細胞を成長させるという理由で砂糖と乳製品を禁止していました。一方、アーユルヴェーダでは乳製品はなくてはならないもので、砂糖や甘い食べ物は、バランスの取れた食事の一部として必要とされていたのです。
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   このようにして、私は食べ物についてとても悩むようになり、何を食べるのも怖くなってしまいました。自分にとって何が良くて何が悪いのか、まったく解らなくなってしまったのです。この混乱した状態は、すでに抑えきれないほど大きくなった恐怖心をさらに増幅させました。恐怖にしっかりとわし掴みにされ、私は自分の健康が急速に衰えていくのをただ眺めていました。
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   インド人社会の人たちが、癌は私のカルマだと思っていることも不愉快でした。彼らは、私が前世でこのような罰に値することをしたに違いないと思っていたのです。しかも私自身がカルマを信じていたので、癌になったのだから前世で何か恥ずべき行ないをしたのだと思うようになりました。まるで自分が裁きを受けているようで、一層無力感に苛(さいな)まれました。
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   「もしこれが、私が前世でしたことに対する報いなら、どうやって変えられるのだろうか? そのために今何ができるのだろう?」と考えました。そして次第に、自分にはまったく望みがないと感じるようになりました。・・・私は恐れや絶望の檻の中に自分を閉じ込めてしまい、生活は少しづつ狭まっていきました。癌でない人が幸運に見え、健康な人を妬みました。
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   毎朝、「今日こそ、すべてが好転するかもしれない」という微かな希望を持って目覚めました。ですが夕方にはいつも重い気分に襲われ、夜には前日よりもさらに打ちのめされた感じがしました。それでも私は努力して対面を繕っていました。それは自分の状態について誰にも不安や心配を与えないためでした。私は自分よりも他人の気持ちのほうを優先させていたのです。
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   いつも笑い、ほほ笑んで、したくもないおしゃべりをしていました。さらに私は、とても前向きで幸せそうだとも言われました。でも心の中はまったくそうではなかったのです。本当のことを理解してくれているのはダニーだけでした。私は、自分のことで他人が悲しんだり心配したりしないよう、人前ではいつも明るく幸せそうに振る舞う必要があると感じていました。そのせいで私はヘトヘトになり、病気のことばかり聞かれるので、しまいには電話に出るのもやめました。
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   医師に最後に会ってから6週間後のことでした。そのころには呼吸もかなり苦しくなっていて、常に酸素ボンベが必要でした。身体を平らに横たえると体液が上がって来るので、いつも半分起き上がって寄り掛かった状態でいました。もうベッドの上で位置を変えることもできなくなっていました。体中に皮膚病変ができていました。大量の毒素が体中に回り、毒を排出するために皮膚が破れてしまったのです。
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   夜中には多量の汗で何度も目が覚め、寝間着は汗でグッショリと濡れていました。寝汗はリンパ腫の癌ではよくある症状なのです。さらに体中を蟻が這っているようにむず痒く、どんなに掻いてもまったく収まりませんでした。ダニーが氷をジップロック式の袋に入れ、それで体全体を撫でながら、皮膚のほてりを和らげてくれました。夜はたいてい眠れず、ダニーがすべての世話をしてくれました。彼は必要なことをすべて察知してくれ、傷口の手当や洗髪もしてくれました。
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   彼は責任感や義務からしてくれていたのではなく、彼のすべての行為は私への純粋な愛情からだったのです。ついに私の消化器系は食べ物から栄養を吸収できないほど弱っていきました。まったく食欲がなく、ようやく飲み込んでも吸収できず、筋肉が衰えていき、やがて移動は車椅子になりました。私の身体は飢餓に見舞われた国々の子どもたちのように見えました。自分の頭が130キロもあるバーベルのように感じられ、もう枕から頭をまったく持ち上げることができませんでした。
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   相変わらず入退院を繰り返していましたが、病院は冷たく重苦しい雰囲気で、実際よりも重病のように感じさせられたので、早く退院して家に帰りたいと思っていました。そこで、いつも家にいられるように、世話してくれる看護師を雇うことにしました。その頃は母も夫のダニーも、決して私のそばを離れませんでした。ダニーは夜中もずっと寝ずに私の隣にいました。私が呼吸をしているのを確かめ、万が一、私の呼吸が止まったら、その時そばにいたいと思っていたのです。
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   私は咳がひどく、ほとんど眠れない夜が続いていました。ですからダニーの存在には慰められ、とても感謝していました。ですが彼の苦痛にも十分気づいていたので、自分のこの状態を続けることがだんだん辛くなってきたのです。でも私はそのような苦しみは誰にも見せず、自分は大丈夫だと家族にも強がりを言っていました。

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   母の悲痛な思いにも気づいていました。どんな母親にとっても、自分の子どもが弱って行く様子を見るのはもちろん、自分よりも先に死んでしまうようなことはあってはならないと解っていました。
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   2006年2月1日の朝、私はいつもより気分が良く、自分の周りの物にも目をやり始めました。空はいつもより青く、世界は美しい場所に見えました。まだ車椅子に乗って酸素ボンベを持ち歩いていましたが、「もう頑張らなくていいんだ。すべてはうまくいく」と感じながら、クリニックから帰宅したのでした。
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   「私がいなくなっても世界は存在し続けるんだわ。だから心配することは何もない。なぜかわからないけど、とてもいい気分。こんな感じは本当に久しぶりだわ」と思っていました。体中が痛く、息をするのも辛かったので、私はすぐにベッドに入りました。痛みのせいで眠れないため、少しでも休めるようにと、看護師が帰る前にモルヒネを投与してくれました。
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   でも、その日は何かが違っていたのです。私は、自分がくつろぎ、これまで必死にしがみついていた手を離そうとしている気がしました。これまではずっと、崖っぷちにぶら下がっているような感じだったのです。私は勝ち目のない闘いに挑み、一生懸命に頑張っていました。でもとうとう、私は自分がしがみついていたものを手放す準備ができたのです。そして深い眠りへと落ちていくのを感じました。
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   翌日2月2日の朝、もう私は目を開けませんでした。顔だけでなく腕も足も手も、すべてがひどく腫れ上がっていました。私は癌との闘いを終えようとしていました。  つづく
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アニータ・ムアジャーニのメッセージ

   


 

行動の伴わない知識や概念は何の価値もない

  • 2019.04.19 Friday
  • 00:09

 

 


   「私はここでしなければならないことを、まだ済ませていません。私は人生のすべてを体験しないうちは、他の場所へ進むことはできないのです。私はまだ終わっていないので、何回も人生を繰り返さねばなりません。すべての約束を果たし、すべてのカルマを返すためです。」

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   「薬物を用いて霊的世界(アストラル界)と触れる人達がいる。しかし彼らは、自分が何を体験したのか理解しない。」

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   「霊的な能力(サイキック)の開発は大切なことですが、向こうの世界ではさほど重要なことではありません。そうしたものも成長と進化の一部に過ぎません。」

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   「人はある人生を終え、教訓を学び終えると、次の人生に進みます。私たちは完全に学びを理解しなければなりません。そうでなければ次のレベルへ行くことができません。学び終えていないと、同じ所を繰り返さなければならないのです。

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   私たちはそれこそ、あらゆる面から体験しなければなりません。欲する側を学び、また与える側を学ばなければならないのです。学ぶべきことはとても沢山あって、多くの霊たちがそれを助けています。」

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   「知恵はごくゆっくりとしか身につかない。なぜなら短期間で簡単に得られる知的な知識は、”感覚的”あるいは潜在意識のレベルによる知識へと変えられなければならないからである。一度この変化が起きれば、この知識は永遠のものとして刻み込まれる。

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   この変化を起こす触媒として”行動”が必要である。行動することがなければ、単なる言葉だけの知識は根付くことなく枯れてしまう。実際に応用されることがないならば、理論的知識は何の役にも立たない。」

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   「バランスと調和が、現代では非常に無視されている。この二つは、すべての知恵の基本である。だが、あらゆることが度を超して行われているのが現代の姿である。食べ過ぎから人々は体重過多になり、ジョギング愛好者は走り過ぎて、自分や他人のことをちゃんと見なくなっている。

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   人々はあまりにも品位を失くしている。酒を飲み過ぎ、たばこを吸い過ぎ、騒ぎ過ぎ、無意味にしゃべり過ぎ、心配し過ぎている。何にでも白黒をつけたがり過ぎる。オール・オア・ナッシングだ。だが、これは自然の在り方ではない。」

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   「自然はバランスしている。自然界では動物は少しずつ殺されてゆく。自然の仕組みの中では決して大量殺戮は行われない。植物は動物に食べられて、再び育つ。栄養素は彼らに吸収されてから、また補充される。花を愛(め)で、実を食べ、そして植物の根はそのまま保存される。」

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   「人間はバランスを学ぼうとしなかった。ましてや、それを実行しようともしなかった。これを続けている限り、いつかは自分自身を滅ぼすことになるだろう。しかし自然は生き残る。少なくとも植物界は生き残るだろう。」

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   「幸せはごく普通のことの中にある。考えすぎたり、心配し過ぎたり、行動し過ぎると、幸せはどこかへ行ってしまうのだ。何事も度を過ぎると、何が大切で重要であるか解らなくなってしまう。愛と慈悲と誠実、希望、そして善行と人に親切にすることで幸せは実現する。そうすればバランスと調和は大体実現することだろう。

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   それがすべてのものと一体化した状態なのだ。今日ではそれは、もう一つの意識の状態であって特別なことだと言われている。人間が地上で生活するのを見ると、こうした自然の状態にはないように見える。愛と慈悲と誠実で自分を満たし、清らかな自分自身を感じ、病的な恐れを取り去るために、人はこの”もう一つの意識”に達することが大切である。

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   この”もう一つの意識の状態”、つまり別の価値観に到達するにはどうすればよいのだろうか? 一度その状態に達したなら、その状態をどのように保ってゆけばよいのだろうか? 答えはとても簡単そうに見える。それは人は死なないということが解ることだ。今、私たちが生きていることが学びそのものである。私たちは今、地球という学校で学んでいる。自分の不滅さえ理解できるならば、こんなに簡単なことはない。」

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   「人の命が永遠であることには多くの証拠もあり、またこの思想は不滅のものである。だが人間は無知から、自分自身に対し酷いことばかりを行なって来た。自分が得するならば、他人を踏みつけにするようなこともやっている。どうして私たちはそんなことを平気でやっているのだろうか? そんなことをすれば試験に落ちるだけなのだ。

 

   人はそれぞれ、早さは違っていても、結局は誰もが同じ場所へ行き着くことになる。誰一人、他の人より偉いということはない。人はみな平等である。」

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   「今まで学んだことをよく考えてみなさい。頭の中では答えはすでに解っているならば、その答えを体験によって具体化する行動が必要である。概念を感情として味わい、実際に何度も反復練習することによってだけ、潜在意識のレベルに永久に刷り込むことがすべての鍵である。行動の伴わない口先だけの知識は何の価値も持たない。」

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   「愛について、慈悲について、誠実について読んだり話したりするのは簡単だ。しかしそれを実際に行ない、感じるためには、ほとんどの場合もう一つの意識レベルに達する必要がある。これは薬やアルコール、あるいは異常な感情の高まりなどによって、引き起こされる一時的な意識状態とは違うものである。

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   それはもっと恒常的なもので、知識と理解によって到達できる状態である。そしてそれは、実際の具体的な行為と実行によって実現され、日常レベルのごく当たり前な生活態度にまで持っていくことが大切である。」

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   「誰一人、他の人よりも偉大な人はいない。すべての人は本質的に平等であるということを理解しなさい。またそのように感じなさい。他の人々を助けなさい。我々はみな、同じ一つの船を漕いでいる仲間同士なのだ。協力してオールを引かないならば、この世は恐ろしく孤独な場所となってしまうだろう。」

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                                                  過去世からのメッセージ

   

平和というものは存在するが、この次元では実現しない

  • 2019.04.17 Wednesday
  • 00:06

 

 

 

   「人間はこの地上にいる間に多くの段階を通過する。赤ん坊の体を脱ぎ捨てて子どもの体になり、子どもから大人へ、成人から老人へとなる。老人からもう一歩進んで肉体を脱ぎ捨て、本来の場所である霊界へ行く。我々はそうした道を歩んでいる。我々は成長を止めることはない。我々は成長し続ける。霊界へ行っても成長し続けている。我々はさまざまな発展段階を通過して行く。
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   我々がこちら側の霊界へ来る時、肉体は燃え尽きる。我々は再生の段階、学びの段階、決断の段階を通り過ぎて行く。そして、いつどこに、どんな理由で戻るかを決断する。ある者はもう戻らないことを選ぶ。すなわち他の発展段階へと進むことを選ぶ。彼らは本来の姿である霊体のままでいる。ある者は他の者より、転生するまでの期間が長い。これはすべて学びと不断の成長のためである。
.
   我々の肉体はこの地上にいる間の乗り物である。永久に存在し続けるのは我々の霊魂、魂という意識体である。霊界での学びの方が、物質界での学びよりもずっと早い。我々は自分が学ばなければならないものを選んでいる。人間関係についてもっと学ぶ必要があれば、戻って来なければならない。それを学び終えたらもっと先へ行くことができる。
.
   こちら側の霊的な世界から、もし望むなら、物質界にいる人々とコンタクトすることができる。ただし、そうしなければならないという時だけに限る。地上に生きている人たちに、どうしても何か知らせなければならない時だけだ。
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   時には、ある人の前に現れることもできる。そして地上にいた時と同じ姿を見せることもある。また時にはテレパシーで伝えるだけの時もある。メッセージは隠されていることもある。しかしほとんどの場合、送られた人はその意味を理解できる。受け取る人にはよくわかる。それは心と心のコンタクトだからである。
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   「すべてのことはバランスしなければならない。自然はバランスの中にある。動物たちは調和して暮らしている。まだ人間だけが平和に生きることを学んでいない。人間は自らを破壊しようとし続けている。そこには調和もなければ、自分が行なうことに何の展望もなく、自然とはかけ離れてしまっている。
.
   自然はバランスしている。自然はエネルギーと生命と再生である。しかし人間のしていることは破壊だけであり、人間は自然を破壊している。人間は他の人間を破壊している。結局、人類は自らを破壊してしまうだろう。人間が思っているより早く破滅が訪れるだろう。しかし自然は生き残る。植物は生き残る。だが人間は生き残れない。」
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   「我々が生きている間にはそれは起こらない。破滅が起こる時、我々は別の世界、別の次元にいる。我々はそれを見ているだろう。それは別のレベルにおいて為されることなのだ。我々はそこから学ぶだろう。なぜなら我々はもうこの地上にはいないからだ。」
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   「すべての人に教えることはできない。破滅を止めるためには、すべての人に手を差し延べなければならないが、それを止めることはできない。人は進歩した時、学ぶだろう。平和というものは存在する。しかしこの次元にはない。終局的には別の次元で実現する。
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   人間は今、とても堕落している。貪欲で、権力を追い求め、野心でいっぱいだ。人は愛と理解と英知を忘れている。誰もが皆、あるレベルに達した時に解る。我々はみな同じなのだ。一人の人が他の人より優れて偉大だということはない。そしてすべて起きることは起きる。すべては学びであり、罰と言ってもよい。」
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   「全部で七つの階層がある。七階層だ。それぞれの階層は多くの段階で構成されている。その一つは、過去を振り返るための次元である。この次元で我々は、今終わったばかりの人生について振り返り、自分の考えをまとめることが許されている。
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   もっと上のレベルにある魂たちは、歴史を見ることが許されている。歴史を学ぶことにより、物質界へ戻って教えることができる。しかし低いレベルにいる我々は、終ったばかりの自分の人生を振り返ることだけができる。」
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   「我々は支払わなければならないカルマを負っている。もし今生でそれができなければ、次の人生に持ち越すことになる。いつかは支払わなければならないからだ。カルマを返すことによって我々は成長する。ある魂は他の魂よりも成長が早い。人は肉体を持った時だけにしかカルマを返すことができない。
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   もし何かがそのカルマを返すことを妨げると、あなたは前に述べた「内省の次元」へ戻らなければならない。そこでカルマを負った相手があなたに会いに来るまで待つことになる。すなわち二つの魂が同時期に物質界に転生して戻ることができる時に、あなた方は戻ることが許される。しかし、戻る時期は自分たちで決めなければならない。またカルマを返すためにするべき事も決めて転生する。
.
   多くの魂たちが他の自分の転生のことを覚えていない。そのレベルでの魂は直前の人生のことしか記憶していないからだ。高いレベルの魂だけが、歴史や過去のすべての出来事を振り返ることができる。それは人を助け、人の道について教えるためである。」
.
   「霊界には七段階の階層がある。人間が大いなる源に帰るためには、この七つの階層、次元を通過しなければならない。七階層の一つは、次の次元への移行の階層である。そこであなたは待つことになる。そこで、次の人生にどのような資質を持ってゆくかが決められる。

 

   我々はみな誰もが、自分にとって支配的な特質を持って転生する。それは強欲であったり、情欲であったりする。しかしそれが何であれ、自分の作ったカルマは相手に償わなければならない。
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   その後、人はその転生において自分の特質を克服しなければならない。あなた方は強欲や情欲を克服することを学ばなければならない。もし今生それができないと、その性質は他のものと一緒に次の人生に持ち越される。そしてその重荷はより一層重いものになっていく。一回一回の人生でカルマを返していかないと、後の人生はますます困難なものとなろう。
.
   もし一つの人生でカルマという借りを返してしまえば、次の人生はもっと容易なものになる。いずれにせよ、どんな人生を送るかは、あなたは自分で選択しているのだ。」
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   「お母さんはまだカルマを返していないの。だから何にもわからないまま、また同じことを繰り返さなければならないの。だから愛するということを学ばないなら、子どもを自分の持ち物みたいに扱ってしまう。子どもを愛する対象である人間として見ていないの。」
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   「なぜみんな、あなたに引き寄せられるのでしょう?」
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   「それは私が恐怖から解放されて、とても自由になったからです。人々を助けてあげられるようになったので、人々は私に一種の霊的な引力を感じるのです。」
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過去世が伝えるメッセージ

   

   

   


   

私たちはこの世界へいつやって来て、いつ去るかを自分で決める

  • 2019.04.15 Monday
  • 00:23

 

 

   
   「神はたくさんいる。なぜなら神は我々一人ひとりの中にあるからだ」。
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   「死の恐怖は人間にとって何と強烈なものなのだろう。人間は死の恐怖から逃れるために、ありとあらゆることをしている。中年の危機、若い愛人を作る、整形手術を行なう、体の鍛錬にうつつを抜かす、物欲の権化になる、自分の名を残すために子どもを作る、若返りに必死になる等々。人間たちは自分の死を恐れ気にするあまり、時には人生の真の目的を忘れてしまう」。
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   「私たちは自分の知識を他の人々と分かち合わねばなりません。私たちは誰もが、今活用している能力よりもずっと大きな力を持っています。ある人はこのことを、ずっと早い時点で学びます。ここまで来る前にあなた方は自分の欠点に気が付かねばなりません。もしそれを怠ると、次の人生にその欠点は持ち越すことになります。
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   自分で溜め込んだ悪癖は、肉体を持っている時にだけ取り除くことができるのです。マスター達が私たちの代わりにやってくれるわけではありません。もしあなたが争うことを選び、しかもその癖を取り除こうとしないならば、それは他の転生に持ち越されます。そして自分はその問題を克服できると自分で決めた時、もはや次の人生に持ち越すことはありません」。
.
   「私たちは自分と同じ波長を持つ人とだけ、付き合っていればよいというわけではありません。自分と同じレベルの人に惹かれるのは当たり前のことです。しかし、これは誤りです。自分のバイブレーションと合わない人たちと付き合うことも必要なのです。このように人々を助けることが大切なのです」。
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   「私たちは直感的な力を与えられており、その力に抵抗せずに従うことが大切です。その力に抵抗する者は危険に遭います。私たちは同じ能力の下に、さまざまなレベルから物質界へ送り返されて来るわけではありません。ある人々は他の人々よりも大きな力を持っているように見えますが、それは前世で訓練し徳を積んだからです。このような視点から見れば、人は平等ではないように思えますが、何にせよ私たちは、誰もが平等になる所まで行き着くということです」。
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   「昏睡状態の人は、宙ぶらりんの状態にいます。彼らはまだ、他の次元に行くための準備ができていません。自分であちらの世界へ行くかどうか、まだ決めかねているのです。でも自分でしか決めることができません。自分はもう肉体を持った状態で学ぶべきことは学んだと思うなら、あちら側へ行くことができます。しかしまだ学ぶ必要があれば、たとえ再び戻りたくなくても戻って来なければなりません。昏睡状態は一種の休み時間です。精神力を休ませる時なのです」。
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   「私に教えてもらえることは、私にとって大切なこと、私に関することです。私たちはそれぞれ自分のことだけ、自分を完全にすることだけを気にかけていればよいのです。それぞれに学ばなければならないことがあるのです。一人ひとりに。そして一度に一つずつ学ぶのです、順番に。そしてその後やっと、周りの人が何を必要としているのか、完全になるために、その人に欠けているものは何かを知ることができるのです」。
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   「人間はこの三次元の世界へいつやって来て、いつそこを離れるのかを自分で選ぶ。その世界へ送られた目的を達成した時、人は自分でそれを知る。自分の時間が終ったことを知り、死を受け入れる。なぜならこれ以上この人生では、何も得るものがないと知るからである。
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   まだ時間が残っている場合、死にかけてもその間に魂は休息し、エネルギーを再注入されて、再び肉体に戻って来ることもある。再び戻るべきかどうかよく分からない人は、せっかく与えられたチャンスを逃すこともある。肉体を持っている時にだけ、果たせる使命を遂行する機会を失ってしまう」。
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   「大切なことは忍耐とタイミングである。すべてのことには時がある。人生をあせってはならない。人生は多くの人々が期待するように、予定通りにうまくいくことはない。よって人はその時々にやって来るものを受け入れ、それ以上を望まない方がよい。
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   命には終わりはなく、人は決して死なない。だから新たに生まれるということも本来はあり得ない。あるのは、ただ幾つもの場面を通り過ぎて行くことだけがある。終わりというものもない。人間はたくさんの次元を持っている。時間というものも、人が認識しているようなものではない。答えはすべて学びの中にあるだろう」。
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   「催眠療法は肉体を持っている者に対する正しい療法である。被験者たちの恐怖心を取り除かねばならない。恐怖があると、いたずらにエネルギーを浪費することになる。恐怖は、この次元で成し遂げねばならない使命の達成を妨げる。
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   催眠療法を行なう場合、最初に非常に深いレベルに持って行くことが大切である。そのレベルに入ると肉体を感じなくなるレベルだ。そこでやっと、施術者であるあなたは彼ら自身に達することができる。問題は表面の部分だけだ。魂の奥底、想いの生まれる所、そこが、あなたが達しなければならない場所である」。
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   「エネルギー、すべてはエネルギーである。あまりに多くのエネルギーが無駄に費やされている。山の奥深くに入るならば静寂がある。物の中心は平穏である。しかし表面は問題のある場所だ。そして人間には表面しか見えない。あなたは火山を見なければならない。そのためにあなたは奥深くへ入って行かねばならない。」
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   「肉体の中にいることこそが異例なことである。霊的な魂の状態にいるのが本来の自然な状態だ。だから肉体に送り返されるのは、あたかも未知の世界へ送り返されるようなものだ。そしてそれには時間がかかる。そのために霊的な本来の世界で待たなければならない。待っているうちに再生される。再生の次元というものがある。それは他の次元と同じように、一つの次元である。」
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   「人間の心の奥底に潜む死の恐怖がある。死の恐怖、どんな権力や富をもってしても消し難い、隠された絶え間ない恐怖、これが問題の核心である。もし人間が、生命には終わりはなく、すなわち私たちには死も誕生も実際にはないのだと解れば、この恐怖は消える。
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   私たちが肉体を持ってこの次元に存在している時、霊たちが常に周りにいて助けてくれていることや、死後、本来の霊的な世界に行って亡くなったと思っている者たちの仲間入りをすることを知ったなら、私たちはどんなに慰められることだろう。
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   人や動物に対して暴力を振るい、他人に対して行なわれた不正は、そのままで済まされることは決してない。その先の転生のどこかで、いつかはそれを返さなければならないと知ったなら、人は怒ったり、復讐したいと思うことがどんなに少なくなることだろう。そして本当に”知ることによって神に近づく”のであれば、富や権力それ自体が目的となった時、それらは一体、何の役に立つのだろうか。いずれにしても、物欲や権力欲には何の価値もない。」
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   「人の道は基本的には誰にとっても同じである。人はこの世に生きている間にその道を学ばねばならない。ある者は早く、他の者はゆっくりと学ぶ。慈悲、希望、愛などを人はすべて学ばねばならない。それらは切り離されたものではなく、すべてはつながっている。それらは実行されなければならない。だが人はまだ、それらのほんの少ししか知らない。
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   しかもそれらは、何の見返りも求めずに実行されなければならない。多くの人は自分の行為の対価を常に求め、正当化を求める。見返り、対価は行為そのものの中にある。ただし、何ものも期待しない行為、利己的でない行為の中にだけそれはある。」
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 過去世がもたらすメッセージ


 

自分の起こした行動の結果は修復しなければならない

  • 2019.04.13 Saturday
  • 00:03


 

ドナ・ウエストの物語
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   私は過去世の幾つかを思い出しましたが、中でもこの三部作を見せられた時、私にとってそれは非常に心に響く並行した人生でした。それは人が体験を通してどのように学び、成長するかを示したものでした。
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   過去世回帰の中で、私はドイツ人でナチスの親衛隊の緑の制服を着ている自分を見ました。三人の仲間と私は軍の車両の横に立っていました。そこは寂しい田舎で車は道の脇に止められていました。私たちはたばこを吸い、おしゃべりし、笑いながら職務を終えたという報告書を書いていました。とても寒くて、私たちは白い息を吐いていました。
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   私たちのいる右側には木の柵で囲まれた広い畑があり、数頭の牛と小さな農家が見え、その後ろにアルプスの山々が見えました。道路を挟んで向こう側には、人の手が入っていないかなり大きな松林がありました。そしてそこに私たちがライフルと機関銃で、少し前に全滅させたユダヤ人のキャンプがあったのです。
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   それはある一人の農夫が夜、松林の中に焚火の灯りを見つけて「軍」に密告したのでした。それで私たちはその報告を調べるため送られ、ここでユダヤ人家族のグループを発見したのです。そこには男性や女性がおり、さまざまな年齢の子どもたちが沢山いました。私たちは彼らを全員殺戮し、その後、何か目ぼしいものがあるかどうか、彼らの持ち物を調べたのでした。
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   突然、場面が変わりました。その人生では私は小太りのユダヤ系ポーランド人の女性でした。私は収容所の女性棟の中におり、5歳の息子も一緒でした。驚いたことにこの子は今生でも私の息子だと解りました。後ろの方で大きな音がして、棟のドアがパッと開き、収容所の警備兵が入って来て叫びました。「子どもたちは全部外に出せ!」。そして子どもたちをライフル銃の尻で押しやりながら、外へと押し出しました。
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   母親たちは泣き叫び、子どもたちは泣きながら母親にしがみつきました。警備兵が私の息子に近づくと、息子はベッドに使っていた木製の柵にしがみつきました。息子が他の子どもたちと一緒に連れ去られるのを見ながら、私の胸は苦痛と恐怖で張り裂けそうでした。子どもたちは全員連れて行かれました。
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   場面が変わり、その人生では私はドイツ軍の将校でした。茶色の制服を来ており、重い革製の長靴をはいていました。私は誰もいないオフィスにおり、部屋の真ん中に置いてある机に歩いて行く自分の足音が、周りにこだまするのが聞こえました。部屋の天井は高く、一つだけある窓からは灰色の光が射し込んでいました。
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   私は机の引き出しを開けると、上着のポケットに入れた書類に押すためのスタンプを探しました。その書類はユダヤ人を逃がすためのものでした。私は誰にも見つからないように、肩越しに注意を払っていました。おそらく、いつか自分は捕らえられて銃殺刑になるだろうと感じていましたが、それは大勢のユダヤ人の逃亡を助けた後になると知っていました。
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               ☆ ☆ ☆ ☆
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   私たちの意識は自分の肉体を離れると、知識や知恵、地球での体験を向こう側の世界へ持って行きます。そして、この惑星に一時的に滞在していた間に考えたことや行なったことの結果と対面することになります。親切でよい行為は大きな喜びで迎えられます。それは地球でのあなたの課題が完成されたからです。一方、ネガティブで暴力的、不親切な行為は落胆で迎えられます。そしてあなたは自分が傷つけた人の痛みを感じることになります。
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   深いレベルではあなたも、これが霊的な道ではないと知っています。ですから未来のどこかの人生で、あなたは自分が傷つけた人に償わなければなりません。彼らに償い、彼らを元気にすることによって、あなたにも相手にも大きな癒しが起こります。この償いは罰ではありません。これは自分の起こした行動の結果は、修復しなければならないという学びなのです。
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   ドナの三部作の最初の過去世で、ドナの行為は人々を傷つけました。次に収容所にいた人生では、前の人生でドイツ軍兵士だった時に、自分の行為の犠牲になった人々の苦悩と痛みを体験することになりました。そして三つ目の人生は再び、ドイツの軍人になるチャンスを宇宙は彼女にプレゼントしました。しかし今度こそ彼女は、愛を持って人々を自分の命を懸けて救おうとしました。
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   そしてこれ以後の場面は出て来ませんでした。もう必要なかったからです。ドナは愛と思いやりを学んだだけでなく、それを見事に実行したのでした。学びは終わったのです。三つの同時進行する人生を思い出すことは、あり得ないことではありません。おそらくそれは彼女のソウルグループである魂の仲間が、共有する記憶を反映しているのでしょう。
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   『セス・ブック』(ナチュラルスピリット社)を書いたジェーン・ロバーツは、同時に複数の人生を体験するために、魂は複数に分れることが可能だと説明しています。魂は肉体の限界に制約を受けません。私たちは魂のレベルではつながっており、あらゆる体験を共有できるのです。アカシックレコードの概念やカール・ユングの集団的無意識などは、この可能性を反映しています。
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   おそらく私たちは皆、唯一の存在から分かたれて放射されたもの、またはその火花なのでしょう。私たちは皆、すべてを超越した目に見えないエネルギーから生まれたのです。クライアントだったキャサリンがずっと前に語ったように、「たくさんの神がいる、と彼らは私に言っています。神は私たち一人ひとりの中にいる」からなのでしょう。
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   左脳的な思考が私たちの体験に入り込んで来て、過剰に知的な質問や推測をして霊的な出会いを妨げることがよくあります。左脳的な思考は、私たちは身体であり、時間は直線的であり、私たちは物質的な次元でのみ存在する、と主張します。しかし眠って夢を見ている時は、催眠状態と同じように潜在意識が支配しています。そのために、夢にはしばしば過去世の記憶や神秘的な洞察が現れるのです。

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                              ブライアン・L・ワイス
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過去世がもたらす癒しとメッセージ


   


 

恐れが生み出す競争心と嫉妬心

  • 2019.04.11 Thursday
  • 00:03

 

 

マークとキャサリンの物語

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   私の母はガールフレンドに関すること以外では、とても愛情深く誠実な人でした。十代の終わり頃、私のどの女友達にもいつも欠点をあげつらうことに気がついて、私は困惑しました。特により親しくなりそうだと感じると、母はますます欠点を探しました。彼女たちにもチャンスをあげてよ、と私は母に言ったものです。そして母は私のガールフレンドを、一人息子の愛を争う競争相手だとみなしていることがわかりました。
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   20代になり、私は英語の教師助手として大学院の最初の一年をフランスで過ごし、そこでキャサリンと出会いました。私たちは同じ町の別の高校で英語のクラスの英語助手をしていました。私はイギリスから、キャサリンはアメリカから来ていました。私たちの関係は深まり、結婚してアメリカに住むことにしました。
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   すでに書きましたが、私の母に対する気づきの説明が、1976年の私の婚約から1992年の母の死までの16年間、折りに触れて母が引き起こした大騒動によく表れています。私たちは手紙や電話により、母からさまざまな嫌がらせを受け、私の実家のイギリスの家族に会いに行くと、母にしかわからない理由で彼女の怒りの発作が起こりました。
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   私には、母が私たちの間を裂こうとしていることがすぐわかりました。私たちは共同戦線を張ることしかなく、実際にそうしたのですが、母もそれに気づき、それ以後私たちの間を邪魔することは止めました。ですが彼女の怒りの発作はずっと続きました。その後、母は末期がんで亡くなりました。
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   あれから15年後、私たちはワイス博士の本を読み、前世療法のCDを使うようになりました。私は最初から、簡単に過去世回帰することができました。最初に思い出した過去世の一つは19世紀のイギリスで、ダービシャーにある大きな屋敷で私は支配人をしていました。その人生での妻が、今生の亡くなった母であったことを発見した時、どんなに驚いたかを想像してください。
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   そしてキャサリンは、このお屋敷に雇われていた女性でした。おそらく台所で働く料理人か何かでした。これはキャサリンが自分の前世退行で確認しています。キャサリンと私は当時、お互いに強く惹かれ合っていました。しかし私はすでに結婚していたので、プラトニックな関係を超えることはできませんでした。
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   その人生へ何回かの退行を繰り返した結果、もっと情報を得ることができました。その屋敷はチャッツワースだと思われます。その過去世で私と当時の妻(今生の私の母)がバクストンという町で買い物をしていると、キャサリンが同僚の人たちと一緒に店に入って来ました。私が振り向いてキャサリンたちに挨拶し、妻の方を振り向くと、彼女の顔には怒りや不快感、軽蔑などの表情が見えました。それは私がキャサリンと婚約した後で、今生の母が何度も見せた表情と同じものでした。
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   さらにその人生の別の退行では、キャサリンが私の病気の見舞いに来た時、それと同じ表情が妻の顔に表れました。その後私は近所の農家で羊のお産を手伝っている時に、激しい雨に濡れて風邪をひき、そこから気管支炎になり、肺炎になり、それが原因で亡くなりました。面白いことに、今生でも私は子どもの頃に何回も気管支炎になっています。
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   キャサリン、私の母、そして私の三人は、魂がグループになって輪廻転生をしている確かな証拠だと思います。おそらく私たちは、自分たちがまだ知らない他の人生でも一緒に過ごしているのでしょう。前世療法を始める前の私たちは、二人の結婚に反対する母の反応を、彼女の所有欲と支配欲のせいだと思っていました。ところが過去世退行と瞑想などの霊的ワークによって、母の反応がどれほど恐怖に根差したものであったかが解って来たのです。
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   それは彼女が自分の現実を作ってきた人を失う恐怖です。その過去世で自分に忠実な夫を失うことも、今生で息子の愛を失うことも、怖れる必要はないと彼女に説明するのは易しいことかもしれません。でも母にとってその恐怖は現実でした。そしてそれが、これまで述べて来たような形で現れたのです。私たちは今、彼女の行動や反応を、同情と理解を持って見ることができるようになりました。彼女の魂が傷ついていることを知り、内なる平和を得て癒されることを望んでいます。
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   多くの過去世で作り出した自分の課題や状況が、今生の人生に再び出現するのを見るのは実に驚くべきことです。これまで解っている私の過去世を時代ごとに並べると、インドで貴族の妻、ローマの上院議員、ヨーロッパ中世の建築家、鍛冶屋、イギリスのピューリタン革命時の王党派騎兵、宮廷のハープシコード奏者、船員、お屋敷の支配人、フランスの女性歌手、第二次世界大戦の前とその最中をベルリンで生きた若いドイツ人(今生のすぐ前の人生)などがあります。
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   過去世退行は、個人の成長のために価値あるツールだと思います。カルマ的な関係がわかると、それは現実をより深く霊的に理解する方向へと私たちを導いてくれます。私たちは誰もがここで学ぶために、癒されるために、そして他の魂の助けとなるためにやって来ているのです。
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☆ ☆ ☆ ☆
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   愛の三角関係は、私たちが思っているよりもずっと複雑で長く続きます。今生の母親と義理の娘は、19世紀では一人の男性を巡って競争していました。そしてその時代の嫉妬心は今生へと持ち越されました。立場が変わり、過去世でマークの妻だった女性は彼の母親になって生まれ変わったにも関わらず、彼女の不安と恐怖は残りました。
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   前世療法は、こうした感情的な傷を癒すことができます。もしマークの母親が、イギリスでのダービーシャーの過去世退行を体験するチャンスと、その気持ちを持っていたならば、大きな成果を得ることができたでしょう。
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   過去世からはさまざまな感情や思いが持ち越されます。怒り、愛、喪失や別離の恐怖、競争心、嫉妬心、不信感、裏切りへの不安、親近感、無力感、過保護など多くのものがあります。ですが過去世にあった問題の根源を思い出し、それを解放すると、人間関係が修復されます。人間関係は完全に新しくなり、明確になり、今の一瞬に集中します。そして古い重荷は捨てられます。
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   人間関係の問題が、現在の人生の状況からは説明できない場合、あるいはその問題が非常識なもので変えるのが不可能に見える場合は、いくつかの過去世にその原因があるかもしれないというサインです。私たちの魂は、成長し進化するために常に何かに出会っています。過去を知ることによって現在を癒し、未来を明るくすることができるのです。
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ブライアン・L・ワイス
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過去世がもたらすメッセージと癒し


 

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