ニコラ・テスラのカルマ

  • 2018.12.31 Monday
  • 00:06

 

   タイム・トラベラーであったアカエネセット(ニコラ・テスラ)は、自分が持っている、地球時間のはるか先を行く知識を3次元世界にもたらすことによって、地球の「直線的な時間の概念」に穴を開けたのです。彼はある意味で、人類を時間という直線から引っ張りだし、彼らに4次元の世界を垣間見させたのです。
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   しかし皮肉なことに、彼は闇の司祭たちにアトランティス人たちのマインドを乗っ取る手段を与えながら、同時に彼は人類に、3次元という限界の先にあるもののビジョンを与えたのでした。これが、彼があなた方とともに生きたことの二面性です。それは彼が人類に対して行なった最大の貢献でした。
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   もしもあなた方が現在、アトランティスの地下の実験室や発電所で、1万3000年前に既に存在していた技術の獲得に向かいつつあるのだとしたら、あなた方は前と後ろに同時に進んでいることになります。これは今のあなた方にとっては耳新しい概念かもしれませんが、近い将来、もっとずっと明確になるでしょう。
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   あなた方は今、たくさんの障壁をつき崩しつつあります。時間が歪み、あなた方が次元上昇のプロセスを進むにつれて、3次元の現実には恒常的に裂け目ができるようになりつつあるのです。
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ニコラ・テスラのカルマ
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   アカエネセット(ニコラ・テスラ)が再び19世紀の物質界に現れたのは、かつて闇の計画に満ちたアトランティスでの、自分の一生の償いをしたいという魂の決断でした。なぜなら彼は膨大なカルマの負債を負っていたからです。

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   それはアトランティスのアルケミスト(錬金術師)の長として、その世界を崩壊させた実験に彼が直接携わっていただけではありません。彼は、アトランティスが犯した過ちの首謀者であり、原因であり、そのことを彼は忘れなかったのです。
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   彼が地球の物理学的エネルギーに干渉し、人類の感情体を混乱させたことが、ガイア地球の神経系のヒューズを吹き飛ばしてしまいました。アトランティス大陸の水没も、それに続く地球の荒廃も、それが原因だったのです。地球はショートしてしまい、中心にある神経系は活動を停止して休息に入りました。ガイア地球はエネルギーを取り戻すために大陸を沈めたのです。
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   アトランティスでの人生が引き起こした破壊の後、アカエネセットの魂は、傾いた天秤を元に戻し、犯した過ちというカルマの重荷を取り除く機会が与えられる時まで、肉体という形には戻らないことを選択しました。そして、その「時」は、1856年の産業化時代の幕開けにやって来ました。
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   それは人類にとって大きな転機となったのです。ニコラ・テスラは母親の胎内から産道を通り、宇宙の仕組みに関する知識と、(1万3000年前という)そんなに昔のことではない、アトランティスで犯した過ちの記憶を持って今生に誕生しました。
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   青年時代の彼はその精力のほとんどを、電気と磁気の交流、そしてマインドの力によってこれらのエネルギーをいかに管理し、利用できるかの研究に注ぎました。それは不思議なことではなく、彼はこの二つの驚異的なパワーを人々に紹介することに身を捧げるために、あなた方の古代の知恵を伝えるために肉体に戻ったのでした。
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   つまりどうすればガイア地球のエネルギーを、闇を増幅させるためではなく光に仕えるために使えるか、ということをあなた方に示すためでした。これがカルマの視点から見た彼の目的でした。
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   あなた方も良く知っているように、カルマを解消するためには、過去世で経験したのと同じ誘惑や試練に直面しなければならないことが往々にしてあります。しかもそれらは過去のものよりもはるかに大きく、乗り越えることがさらに困難であることが多いのです。
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   そしてアカエネセットの場合、カルマを癒そうとする魂の善良な意図ではあったものの、最終的には、地上における生のプレッシャーと、超人的な天才であることの耐え難い重荷に負けてしまったのです。
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   ニコラ・テスラとしての人生の初期は、人類が次元上昇する道に向かう、その岐路の一つにいる人類の役に立てるように、地球全体にフリーエネルギーをもたらすという目的に捧げられていたことは確かです。彼は物理学を学ぶ者として、天候に影響を与えることで、干ばつや耐えられない暑さ、寒さなど、暮らしにくい気候に苦しむ人々の役にたつことを夢見ていました。
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   若き発明家であった彼は、世界中の人々を繋ぐ地球規模のコミュニケーション網の設立を計画し、3次元という舞台における人類の経験を拡大するために、未来や過去へと時間を超えて移動することさえ思い描きました。一番注目すべき点は、彼が地球の物理学的エネルギーを掌握することを夢見ていたことです。そしてその理由は、彼の無意識下の冷たく暗い水の中に横たわっていました。
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   アインシュタインと同じくテスラは、自然エネルギーを取り込んで人類に役立てる技術を提供することに献身していました。それによって、飢餓や世界中の苦しみに終止符を打とうとしたのです。地球上のすべての社会の益となるように使われるはず、と彼が信じていた技術で人類を力づけようというのが彼の当初の意図で、地球の自然のエネルギーを利用して、地球の住民にフリーエネルギーを与えようという崇高な考えを持っていたのです。
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   しかしアヌンナキの子孫である闇のエリートたちの基本的な計画はそれとは違っていました。地球に関する彼らの利用計画は常に、自分たちに都合のいい利己的な考え方が土台になっていました。金儲けのために地球から資源を奪い、人類はその盗み出された資源を求めて消費するしかないという状況を作り出すのが、アヌンナキによる人類の支配が始まった当初から人類に向けられた計画でした。それはあなた方の歴史が記録され始める何千年も前のことです。
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   ニコラ・テスラが始めのころ持っていた意図は崇高な目的のためでした。
   しかし残念ながら人間としての彼は、未解決の我執(自我、エゴ)を抱えていたので、闇の権力者がそれを見逃すはずはなく、彼らはそれを利用することでテスラを自分たちの利益のために取り込もうと考えたのです。未解決の我執(欲、執着、エゴ)こそが、彼らの餌であったからです。
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   テスラは、地球の物理的エネルギーを利用することができれば、地球上の世界は永遠に変化するということを知っていました。しかし不幸なことに、人類にフリーエネルギーをもたらすという彼の異次元的なビジョンは、既に地球の資源を所有していた企業によって却下されました。彼らは既に、盗み出したエネルギーをあなた方に売っていたからです。
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   彼らはテスラに対する激しい反対運動を展開したために、彼のアイディアに対する冷笑と不信感はどうにもできないほど大きなものになり、全人類がフリーエネルギーを使えるようにするという彼の主張は、科学界のジョークにされたのです。その後、落胆したテスラのもとに、闇のエリートに属する見張り役である軍隊のリーダーがやって来ました。
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   彼らは多額の経済的支援や、彼らにしか提供できない機械の使用を許すことで、テスラの研究の成果を独占しようと考えたのです。それと同時に、テスラに大きな注目が集まっていたので、彼を公的な場から遠ざけることで、闇の(米国)政府の計画の妨げとなるのを防ぐという謀略の一部でした。彼には管理された実験環境が与えられ、そこでは自由に、アメリカの軍隊とそれに「協力的な」私企業のために、革新的な動力装置などを設計し、開発することができたのです。
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   このようにして、彼の精力は注がれる方向が変わり、彼が本来持っていた意図は妨害されたのです。つまり闇の権力者には、人類に自由をもたらすこのような技術を与えるつもりなどないからです。そしてニコラ・テスラは自分の名誉と欲に屈し、その知識を(米国)軍隊の闇の力に差し出したのでした。
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   彼が若い頃に持っていた、全人類にフリーエネルギーを与えて、直線状の時間から人類を解放するというビジョンは、やがて、かつてアトランティスが持っていた「人間を支配するための装置」の設計をすることに、再び取って代えられたのです。それは彼が再び向き合うために、カルマの選択として過去世から持ってきた記憶でした。
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   彼はこの時期、何千機という飛行機を墜落させたり、敵の大部隊をその場でまとめて殺したりできる、非常に強力な「殺人光線」を完成させたと報告しています。彼が言っているのはつまり、アトランティス大陸を海底に沈め、地球の中核まで震撼させ、オーラを大気圏の外側の層まで揺るがした、まさにその技術のことだったのです。
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シベリアツングースカの大爆発はテスラの発明による「殺人光線」だった
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   テスラは20世紀の始めに、「殺人光線」装置を作動させました。そしてそれを使ったシベリア奥地で起きた爆発はその規模があまりに大きく、あまりに破壊的で、原子爆弾の爆発ですらその衝撃の大きさにはかないませんでした。

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   この歴史的事件は、隕石の墜落であるとか、彗星が地球に衝突したなどと説明されていますが、ツングースカの原野に残された破壊の跡は、実はテスラによる狂気の発明の結果だったのです。(1908年6月30日 中央シベリア奥地ツングースカ上空での爆発は、広島型原爆の約1000倍に匹敵)
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   ニコラ・テスラとしてこの世に転生した魂は再び、愛よりも権力を選びました。すべての者が心を一つにした状態よりも、自分の自我を選んだのです。そしてこの選択が、地球の運命を永遠に変えてしまいました。アトランティスでそうであったように、この強大なパワーの知識は、この惑星に生きるあらゆる存在のあり方を決定することになりました。それどころか、惑星そのもののあり方まで決定づけることになったのです。
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   HAARP(巨大な電磁波装置)とその真の目的に関する私たちの分析の裏づけとして、テスラが晩年、「いつの日か、エネルギーは別の惑星に送られる」、と予言したと言われていることを思い出してください。彼のこの発言は、彼が作った「共振波動起爆装置」を使ってニビル星を地球のそばに引き寄せるという、アヌンナキの計画について直接言及してはいませんが、彼の無意識下の記憶が言わせた言葉に他なりません。
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   それはまさにかつてアトランティスに生きた、「殺人光線」の設計者であるテスラに代わり、HAARPの新たな技術者たちがアラスカの原野から今も試みていることなのです。もしかすると、彼は三度(みたび)そこに、ハルマゲドンを待つ汚れた雪の上に生きているのかもしれません。(現在アラスカのHAARPは撤去されており、米国のエリア51、52に移動させたとも言われている)
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                          シリウスのメッセージ

現代の人間は自らの意識の集中が生み出す偉大な力に未だ気づいていない

  • 2018.12.30 Sunday
  • 00:01


   フリーエネルギーの技術と発達、またその抑圧について知っている人なら、私たちの交信のもっと早い段階で、ニコラ・テスラ(1856−1943、セルビア人)という人物についての言及を予想していたと思います。あるいは、物理科学の分野に革命的な貢献を残し、21世紀のテクノロジーの基礎の多くを築いたこの人物について、聞いたことがない人もいるかもしれません。
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   彼はエジソンと同時代に存在し、歴史的文献の中では意図的に表舞台には出ないようになっているので、世界の主流を占める科学や技術の発達においては登場しません。しかし今になってようやく、かつてはアトランティスの闇のアルケミスト(錬金術師)であったこの人物が残した足跡(そくせき)が、つまり彼が世界に与えた影響の大きさが、理解されつつあります。
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   テクノロジーと産業の全盛である現代において、環境保護について考える人々が、代替エネルギー技術を模索するのは自然なことです。フリーエネルギーを地球の人々が使えるようにしようとした彼の本来の意図は、崇高な意図から出た人道主義的な使命でした。そしてその技術はニコラ・テスラを一部の人々の間で有名にしました。
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   闇のエリートたちが支配する世界では、人は英雄を求めるものなのです。彼が発明したもののリストを公的文書から掘り起こして行くと、彼は明らかに現代における電磁気学の応用に繋がる多くの発明をしており、地球だけでなく宇宙から手に入れることが可能なパワーについて、同時代だけでなく未来の科学者たちにも教えることになった、この人物の偉業に驚かずにはいられません。
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   もし彼が、地球のエネルギー資源を独占する(秘密政府の手下である)大企業によって妨害されることがなかったならば、あなた方人類は今頃、闇による、豊かな地球資源の搾取が引き起こした環境危機を、免れていたかもしれないのです。
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   さらに闇のエリートたちによって操作されることがなかったならば、テスラは彼の持つ天与の才能の「闇の側面」に屈することもなかったかもしれません。しかしこれもまた、物質界を含めたさまざまなレベルで、魂が生み出し得る数々の現実の一つを、彼のカルマとして演じたことに他なりません。
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   あなた方が世界中で、大気や海、土壌を排気ガスや放射線漏れで破壊している現在、環境を汚染しないフリーエネルギーを使用可能にするというテスラの決意を、崇高な目標であると考えるのはたやすいことです。
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   しかし、この人物の評価に関しては慎重にならなければなりません。彼の人生には多くのプレッシャーが課せられており、また解消されないままの自我意識、それに彼の持つカルマのパターンが、本来の意思であった彼の元々の意図を妨害したからです。
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   ニコラ・テスラの業績をさらに詳しく調べれば、彼のした発明は、現在のあなた方が考えているよりもはるかに破壊的なものであることがわかるでしょう。さらに彼が行なった実験の影響こそが、今現在、地球上であなた方が直面しているジレンマと大いに関係があるのです。
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ニコラ・テスラが初めて地球にやって来たのはアトランティス時代
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   彼が肉体を持って転生した19世紀半ば、あなた方の科学技術はまだ幼年期にありました。しかし人類はものすごい速さで前進しており、科学と人間の魂はバランスを求め、振り子はその間を行きつ戻りつしながら、人間の進化のリズムを刻んでいました。テスラはその均衡を破り、あなた方をそれまでとは違う意識構造へと勢いよく前進させるはずでした。なぜなら彼が残した発明は、未来と過去、つまりすべての出来事という(地球の)「時間の外側」から来ていたからです。
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   彼はただの人間ではありませんでした。
   ニコラ・テスラは、あなた方の「距離」と「時間」の理解をはるかに超えた、はるか彼方の宇宙からやって来て、アトランティスの最後の時代に始めて人間の形をとりました。テスラは最後の世代のアトランティス人とともに生きたのです。ただしそれは、異星人としてでした。
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   彼はアヌンナキの指導によりその文化に溶け込むことができましたが、アヌンナキには目的がありました。彼は退屈な転生を一度も経験しませんでした。そして彼はアトランティスの闇の司祭の一人の体を占拠し(ウオークイン・肉体の持ち主と入れ替わっ)たのです。その司祭は、自分の誤った忠誠心と悪のせめぎ合いから開放されることを望み、喜んで自分の肉体を差し出したのでした。
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   ニコラ・テスラはアトランティスではアカエネセット(エネルギーを守る者)と呼ばれ、アヌンナキの支配者によって、後期アトランティスにおけるアルケミスト(錬金術師)として最高位が与えられました。この宇宙からやってきた「時の旅人」がそこで見たのは、アトランティスの洗練したテクノロジーを持つ人々で、クリスタルを使った彼らのテクノロジーは発達の重要な時期に差しかかっていました。
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   彼はアトランティス人たちが、「物質を超えたマインド」を手中にし、人間の脳波の集中と方向性によって生み出したエネルギーが、街を照らし、彼らのテクノロジーに動力を供給するさまを目撃しました。
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   彼から見ればそれらは原始的なものでしたが、その「クリスタル・マインドライト・ジェネレーター」を生み出す社会では、自分の発明がもっとずっと喜んで受け入れられるであろうことを彼は知っていました。そしてそうすることで彼は、闇の司祭たちをよりいっそう人々の支配に向かわせ、一方、人類全体を支配させ従属させたいというアヌンナキの欲望の炎に油を注いだのです。
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   闇の司祭たちが人々に対してマインドコントロールを開始する以前は、クリスタル・マインドライト・ジェネレーターのネットワークは純粋な光そのものでした。それは人類の知性と地球の自然の力が出会い、人類の前進という崇高な目的のために一つになる模範的な形だったのです。
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今の人間は自らの意識の集中が生み出す偉大な力に未だ気づいていない
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   今でも多くの人には「魔法」であるかのように思われていますが、思考が物理的な表現の形ちをとって現れるというのは、あなた方の世界では非常にありふれた出来事であるのですが、ほとんどの場合、あなた方はそれに注意することなく見逃しています。
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   それにはあなた方の「焦点」がどこに置かれているかという問題もあり、現代文明の人類の意識のほとんどは注意散漫で、あなた方の自分のエネルギーは常にバラバラに散らばっていて、焦点を合わせ、集中することがありません。
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   しかしそれでもあなた方は、どんな結果になるかの明確な確信を持ち、自分のビジョンがぼやけることなく、ほとんどたちどころに眼の前で現実になる、そんな素晴らしい瞬間を体験したことがあるはずです。
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   そういう能力に一番気がつきやすいのは、あなたのニーズや欲求が非常に大きくて、ある特定の結果に意識が集中してしまうシンプルな行動の時かもしれません。それはたとえば、どうしてもそこに駐車しなければならないという時に場所が出来たり、どうしても出席したいイベントに、ギリギリになって空きが出来たりするような場合です。
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   すべての人が、マインドを集中して使うことを訓練され、思考の持つ力を知って、一つの目的を実現するために力を合わせたところを創造してみてください。かつてアトランティスの後期の世代の人々のハート・チャクラは大きく開いており、彼らは無条件に社会全体の幸福を願っていました。
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   現在、物質的な世界から抜け出しつつあるあなた方は、思考が物質を支配する力について、ずっと深い理解を発達させつつあります。アトランティスの人々は、無垢でありながら意図を集中させる偉大な力を持ち、地球のエネルギーを使う方法を知っていました。同時に彼らは、獲物を狙う獣にとっては完璧な餌食であり、支配することに飢えているニビル星人にとってこのうえない餌であったのです。
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                          シリウスのメッセージ 
                  

 

誰もが「生前の合意」という契約を交わして転生して来る

  • 2018.12.29 Saturday
  • 00:05


   あなた方の銀河系、特に地球は、双対性の扱いを学ぶのに最適な学校の一つです。あなた方がそこにいるのはそれが理由です。善か悪か、白か黒か、正しいか正しくないか、といったようなことにおける多くの課題を終了することで、双対性のない4次元密度へと進化することができます。しかし転生した魂によっては、破壊的な闇の波動ではなく、光の波動を伴った思考や感情、動機や行ないができるようになるために、わずか数回の転生で済むこともあれば、何百回もの転生が必要になるかもしれません。
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   魂は終えたばかりの人生の見直しの中で、その人生におけるあらゆる瞬間を再体験するだけでなく、そのときの自分の感情と、「自分が関わった他人の感情すべて」を感じることになります。それは自分と他人との「生前の合意」にどれだけ忠実であったかにもよりますが、この見直し作業はまさに、宗教的表現でいうところの「天国」と「地獄」にたとえられるでしょう。
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   しかしこの見直しは、カルマと同じように懲らしめでも罰でもありません。

   その目的とするものは、魂の視点から自分を評価することで弱点を強化し、欠陥を補うために何が必要であるかを自覚するためのものです。すべての魂の目的は霊的な進化なので、遅れているものは「先輩の魂」から援助を受けたり、転生の見直しにおいては経験豊かな魂たちから指導を受けることができます。
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転生にあたりあらゆる出会いにおける「生前の合意」が行なわれる
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   魂たちは転生を始める際に、他の魂たちと同意を交わすのですが、それには霊的な成長に必要な経験を相手に与えるために、「悪役」を引き受けることも含まれます。魂たちは一つのものでありながら、転生においては独立して機能しますが、最終的には一人の進化は全員の進化に貢献するのです。しかしその反対も同様に起こりえるわけで、逆進化もあります。ですからお互いに助け合うということが、魂たちにとって大切なことです。
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   魂たちは転生を始める時にはそれほど愛に満ち溢れているのに、転生してしまうとどうして闇にはまってしまうのだろう、と不思議に思うのも無理はありません。それは「富と支配」という報酬を差し出す存在に、意志薄弱とともに神の持つパワーを譲ってしまうからです。
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   それこそが「闇の勢力」として知られている存在であり、彼らのネガティブな破壊的思考形態が作り出している、巨大な「力の場」なのです。そのような「見返り」に誘惑される魂は、自分の思考や行動をそれらに同調させるようになるので、光の中にあった時の「始まりの時」の状態から堕落し、闇の中へと沈んで行くのです。
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   魂は転生において、遺伝的、文化的、環境的な理由で両親を選ぶことから始めます。また技能や才能、興味、個性など、他とは異なるユニークさを選びます。そして人生を共有することになる他のすべての魂たちとの合意のもとに、新しい転生の魂の契約をします。それが生前の合意です。
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   新生児はこの合意事項をすべて知っています。
   しかし赤ん坊が重い密度の肉体に適応し、親の条件付けに順応するにつれて、それらの記憶は消えていきます。子供は成長するにつれて、仲間や先生、そして他の権威ある大人たちからの影響が人生に入り込ん来ます。魂の合意にあったすべてのことはもはや記憶から消え、他人の決めた基準や要求に沿うように圧力がかかります。
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   しかし魂本来の意識は、良心や直感、インスピレーションや願望として転生の人格を刺激し、生前の合意の方向へと引っ張るのです。しかしながら転生の人格の自由意志を表現したいという望みは非常に強く、そこに「双対性の課題」が生じてくるのです。それは転生の人格の興味と目標がどの方向に向いているのか、光なのか、あるいは闇なのか、ということです。
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地球の邪悪さは長期に渡る破壊的で支配的な男性エネルギーが原因
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   あなた方の母なる地球は、三次元密度を離れる選択をしました。
   しかし彼女は人類のネガティビティである破壊的エネルギーのために余りにも弱ってしまったので、彼女だけではそれができないので助けを求めました。それに応じた援助の一つは、女性的、あるいは女神のエネルギーの注入です。地球のネガテビティの原因は、永い間支配的であった男性エネルギーなので、それとバランスを取るためにそのことが行なわれます。
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   その混合エネルギーのために、あなた方のあらゆる感情と特質が強くなっており、光と闇への傾きの違いがますます明らかに、顕著になって来ています。このすべてが混ざり合った玉石混淆(ぎょくせきこんこう)の状態は、自分自身をはっきり見るように助けており、それは他人の行動があなた方を映し出す鏡になっていることです。
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   地球の次元上昇には宇宙におけるタイムリミットがあります。
   母なる地球が時間通りに目的地に到達するのは確かです。しかしあなた方が肉体とともに一緒に行くことを望むのであれば、自分が魂の合意で選んだ3次元密度におけるカルマの学習を終えなければなりません。
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自分自身についての何か不快な感情というメッセージ
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   魂本来の意識はあなたの意識に、その「合意」に気づくようにそっと合図を送っていることを思い出すならば、その信号とは、「自分自身についての何か不快な感情」が重要なメッセージであると分かるでしょう。その意味することは、もはや気に入らない自分の態度や行動をただ認識していればいいという時ではなく、今こそそれを変える期限付きのチャンスがあるということです。
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   この惑星が次元上昇するからといって、そこにいるあなた方が自動的に、3次元密度から4次元密度へ自動的に進化するわけではありません。あなた方の進化は唯一、あなたの合意に沿って、自分本来の魂が自分のために用意している良心や直感、そして叡智に従うことで起こります。
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   それは内省すること、自尊心を持って行動すること、自然のあらゆる生命を大切にすること、嘘と真理を見分けること、尊敬する人を真似するのではなく見習うこと、そして他人を裁かないことです。生活における恵みに気づき、感謝し、そして自分を許し、不正をしていると思われる他人を許すことです。それはつまり、あなた方の魂の座である、心でありハートで生きることです。
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   自己発見と進化の旅に、あなた方が1人ぼっちであることは決してありません。
   一人ひとりを決して見過ごすことのない、創造主の愛とエネルギーが常にあなたと共にあります。
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                                          マシュー・ワードのメッセージ

 

前世に聞いてみよう

  • 2018.12.28 Friday
  • 00:14

     
   繰り返し起こることすべては私たちへのメッセージです。
   人生で出会う困難や苦悩、葛藤などはすべて、あなたの過去世がもたらしたものです。私たちは前世と、前世がもたらす結果を受け入れることができれば、カルマに終止符を打ち、自分の意志で運命を決めることができるのです。
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   あなたが抱えている問題は現世にはなく、前世の記憶にあります。特に直前の過去生に、すべての問題が起因しています。この過去生に対応すると、問題の核心に触れることができて、人生に変化が現れてくるでしょう。過去生での自分を発見すると、私たちは自分の中で抑制されていた部分や、つらい体験を再認識します。不安、問題、葛藤、また好みや嫌悪感も同じく、前世の体験によるものです。
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   執拗な信念はトラウマ的な経験からきています。
   悲嘆にくれたあと私たちは、「二度と危険を冒すものか」、「二度と誰も信用するものか」などと誓います。失敗を犯すと、魂は強い信念を抱くようになります。しかし実はそうした心の強い反作用が、欲しくないと思うものをすべて引き寄せてしまうのです。よって見たくないものは強制的に眼の前に現れます。自分にとって存在すべきでないものはすべて、そのゆえに私たちの意識の内に強烈に存在することになります。
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    どんな死の後でも、魂はいま終わったばかりの人生について、バランスシートを作成します。未解決の問題は浮き彫りになり、この課題と目的は来世に引き継がれていきます。魂は一度地球に到着すると、地球で果たすべき任務を完了するまで何度も転生を繰り返すのです。
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   カルマの法則、それは現世や来世にまで影響を与えます。
   傍若無人に他者を食いものにするような人は、遅かれ早かれ、同じ考え方をする相手から同じ扱いを受けるようになるでしょう。窮地の時に友人に見捨てられることがよくあるのは、ある時点で自分も友人を見捨てたことがある、ということの表れです。私たちが誰かに放った矢は、すべてブーメランのように、時には元々の自分の行ないなど、すっかり忘れてしまった頃になって私たちのところに戻って来ます。
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   私たちのカルマの帳尻は死後にはっきりします。
   人が次から次へと生まれ変わろうとする推進力は、カルマの力によるものです。前世からの考えや目的を私たちは忘れてしまいますが、それでも前世での経緯が、次の人生の成り行きを決めるのです。
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    カルマを自覚して信じることです。
    人には新しい種をまく自由があり、それは良好な実を結びます。過去から必要な教訓を学ぶのは、もちろん必要なことです。でも、過去にとらわれてはいけません。もっと先へ進まなければいけないのです。私たちが心を開きさえすれば、そこには、いくつもの新しい現実が待っています。
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   ほとんどの人が非常に早い時期から、地球で転生を繰り返しています。
   ほとんどの人が人間だけではなく、動物や植物、単細胞の生命体の輪廻転生を持っていて、その体験がトラウマになっている場合もあります。水がめ座の時代に入り、輪廻転生サイクルは以前より短くなっています。地球レベルを全うした魂は高次元に移り、それ以上地球に転生しません。
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   カルマの法則および輪廻転生という二つの概念は、人間の人生に内面的な意味をもたらすものです。この二つの概念は、東洋では尊重されていますが、西洋では紀元4世紀のコンスタンティノープル公会議にてキリスト教の教えから削除されました。
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   カルマおよび輪廻転生は、ある「かたち」が何度か繰り返されることを意味します。たとえば、肉体を持ってこの世に生まれ、さまざまな人々とのつながりや状況を経験する中で、さまざまな執着を克服することでその経験に終止符を打ち、魂として自由な状態に戻るのです。
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   自由な状態にある魂は、在るがままを楽しみ、欲望も持たず、崇高な源の力と一体化しています。魂が崇高な力と融合している状態にあるとき、それぞれの魂は独立することなく一つになっています。崇高な力から離れるときにのみ、自らの存在を認識できるのです。そして魂は崇高な力を違う視点から捉えるために、融合した状態から離れたのでしょう。そこから「自分」と「外界」という二元性が生まれるのです。
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    魂のこれまでの経験のすべてが、自分が求めて、意図したものであるとするならば、私たちの人生に起きて来ることや、人間的な苦しみはまったく異なった意味を持ってきます。私たちは、自分が知覚的な経験をするために肉体を持つことを選択した存在であり、日々の経験や人生のすべてはこのプロセスの一部なのです。
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   カルマの法則は、どのような人生であろうとも、「問題の原因を修正して解決するのは自分である」ことを理解するために新たな機会をもたらしてくれます。この責任を自ら受け入れるならば、そのための知識と自由が得られます。逆に、問題の原因を自分の内にではなく外に、つまり他人のせいにしてこの責任を否定するとき、真の解決は遠のき、自ら無知と束縛に陥ることになります。
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   人生の意義は唯物論のなかには見出すことはできません。
   「肉体が私たちのすべてで、死をすべての終わりとみなし、死後の世界などないので今取れるだけのものを取ってやろう」といった考え方は間違っています。より精神的な経験をすると、唯物論は説得力を失います。より精神的なレベルから見ると、私たちはこの世に生まれることで、自分自身に課題を課し、それを自らが遂行しようとしているのだと言えます。
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   輪廻転生の考え方では、私たちの身体と魂が親からの遺伝子でつながっているかどうか、あるいは私たちの人格が、教育や社会との接触から学ぶ一定の価値基準に影響されているかどうか、といったことは問題ではありません。それに、遺伝子を通してどれだけの要素が伝えられるかは解明されすらされていません。むしろ魂は、自分の成長や課題のために何が必要かを、遺伝子的要素に求める力を秘めているものなのです。
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   教育や社会は、その人の回りにある程度の環境を整えますが、その環境から何を得るかはその人個人の受け止め方の問題です。つまり、本人の行動の原因を周囲の状況に求めることはできないのです。外的環境は、あくまでも内的な要因を表面化させる刺激でしかないのです。
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   人間は生まれたときから、自分がその人生で何を経験するか、また何に巻き込まれようとしているかを、魂において正確に知っています。自分自らが、「この両親のもとでこうした経験をしよう」と決めているのです。たとえば、「目の不自由は人生、または車椅子の人生を送ろう。私は事故で死ぬのだ。でも私の成長のためには、まさにこの経験が必要なのだ」と。
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   しかしこうした経験は細部まで決められているわけではなく、その人が自分の人生に対処して影響を与えていくことはできます。それでも人生の目的とテーマは誕生前から決められています。
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   輪廻転生の考えは、肉体を持って存在することで、成長するための学びの機会を持つことです。地上に存在するあらゆる出来事、状況が、現在肉体を持つ者にとっての必要な教育の場であることを知るとき、不公平や苦しみに対する不満というものがなくなるでしょう。その考えに代わって、この世では、すべての問題に対処することが可能で、あらゆる喜びや楽しみが体験できると考えるようになります。
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   「助ける」ということの意味もずいぶんと違ってきます。人を助けるというのは、その人が問題を避けられるように、助力したり、同情したりすることではなく、その人が自分の運命を理解し、受け入れ、修正できるように手を貸すことです。善悪の判断や非難は必要ないのです。まさに誰もが、自分に必要な経験を受け取り、あるいは自分で自らにもたらしたりするのです。
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               イングリッド・バリエールのメッセージ

 

「生きる」ことだけのために生きる

  • 2018.12.27 Thursday
  • 00:03

 

 

   生まれ変わるのは確かに真実です。
   ではなぜここに戻って来るのでしょうか? それは”戻って来たい”からです。あなたは自分をここに戻るようにさせる何らかの命令を、つまり追い出されて肉体をまとい、産道を通る苦労や周りの人々の自我に完全に依存するという苦労を、ただ繰り返すように強制させられたと思っているのですか?
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   そこには決して、あなたを送り出した宣告などなかったのです。
   なぜなら、あなたの意志に反することをさせられる人は誰1人いないからです。ここに戻ろうと決心したのは、あなたです。あなたが再び、この次元で自分を表現したいと望んだのです。
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   ですからもしあなたが、今の惨めな状況を誰かのせいにしようとするならば、自分の目でしっかりと見据えなければなりません。なぜなら自分の喜びも悲しみも、自分の存在も、あるいは素晴らしき人生も、すべてはあなたに自身にその責任があるからです。本当にすべての人々が、実際、もうこの事実を知るべき時期に来ています。
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   この地上界に生まれ変わることを強いられる人は誰もいません。
   ただ、気の遠くなるほど長い間、この地上に繰り返しやって来て生きていると、人間はこの在り方が存在のすべてだと思い初めてしまうのです。つまり肉体の死で身体を失って感情的な執着から離れ、いろいろ持っていたものを失ってしまうと、たちまち大急ぎでまたここに戻りたくなるのです。
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   そしてここが一つの天国だと思うようになると、その人にとっては実際にそうなります。あなたがここにいるただ一つの理由は、あなたが「ここにいたい」からなのです。それはあなたの存在の中に、ここで満たされるべき何かがあるからです。その何かとは、喜びや悲しみ、憐れみや怒り、あるいは痛みや苦悩などで、自分がこの幻影の次元で体験したいと思うものを、何でも表現する必要性のことです。
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   それを好きなだけ体験するためなのです。
   それに飽きてつまらなくなったら、今度は自分の見方を変えて、また別の感情を体験します。事実はそれほど単純です。あなたは今、なぜ自分が今のような自分なのかがわかりますか? それはほかの役割はもうほとんど体験して来ており、今回は今の体験をすることにしているからです。
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   なぜ今回は飢えた子どもではなく、今のように裕福な人間に生まれて来たのでしょうか? それはあなたがかつて、裕福な人間になりたがっていた”飢えた子ども”だったことがあるからです。だから今はそうなっているのです。
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   なぜあなたは今、家族を養うためにパンを焼くパン職人ではないのでしょうか? それはかつてあなたが、パンを焼いて家族を養っていたパン職人だったことがあるからです。そして今度はパンを買うほうの立場になっているのです。
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   この次元世界の素晴らしいところは、それが途切れなく続き、変えることもできるし、何でも自分の好きな役になれるところです。そのようにして生命において進化しながら、自分にとってもっとも重要な学びを与えてくれる、幻影を提供してくれる舞台の局面へとあなたは進んで行きます。
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   その舞台では、王にも乞食にも、愛する者にも愛される者にも、奴隷にも自由な人間にもなれる自由があなたにはあります。そこでは、自分の魂を満たすために、必要な叡智を提供してくれる幻影なら何でも可能なのです。

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「生きること」だけのために生きる
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   あなたがまだしていない体験はたくさんあります。
   そしてあなたが、まだこれから体現していかなくてはならない叡智はたくさんあります。その中でもっとも大切なものは、ただ生きるという、単純な理由のために生きることです。
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   生きることだけのために生きるのは、生について得られる叡智の中で最も偉大なものです。それが平和を知り、喜びを知る時なのです。そしてこれが、あなたが全身全霊で”神として存在する”時なのです。
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   生についての叡智は、まだあなたがこれから体験すべきものです。
   それはあなたが他から脅(おど)され、怯(おび)えさせられることを自分に許してしまったように、人を支える役割や労苦を耐える役割、競争する役割、理想主義的な役割、苦しむ役割、神経症的な役割へと自分を追い込んでしまったからです。
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   つまり、それを自分の運命として受け入れて許して来たので、その通りになったのです。でももしあなたが、他の生という部分を見に行くことを自分に許すならば、これらの役割は、あなたが生きる上で持っている選択の、わずかな一部分に過ぎないことがわかるでしょう。
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   この地上における生は、人類の歴史においていろいろなことがあったにせよ、実際には素晴らしいものなのです。しかし残念ながら、多くの人々は淀んだ重い集合意識の中に住み、この場所を惨めで酷いところだと思っています。
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   でももし勇気を出して、そうした集合的な観念や脅しなどの限界のある人間の意識から離れ、自然の中で自らの内なる神とともに生活するならば、生きることはとても素晴らしく、それは途切れなく続く、美しいものであることがわかるでしょう。
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   あなたがここに戻って来た理由は、生きるためです。
   しかしあなたは未だ、自分をこの次元に拘束するものから切り離していないので、生というものの壮大さを体験してはいません。
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   氷河の上を歩いたり、橋のような形をした岩の下に隠れたり、冬の窓の外に止まる紅冠鳥をじっと見たり、砂漠を歩き、獲物を求める蛇を見つめたこともありません。巨大なピラミッドの中で1人眠ったり、誰も足を踏み入れたことのない場所を探検したこともありません。
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   そのような場所はまだたくさんあります。
   大海原を航海し、大きな魚が飛び跳ねるのを見たこともないし、鹿の後をつけて木漏れ日のさす森に、足を踏み入れた体験もないことでしょう。自分の存在にとってしびれるような、ぞくぞくする素晴らしいことを、あなたはまだあまりしたことがありません。そしてそのどれ一つを取ってみても、それに比べたらあなたの仕事や学歴や地位や、車の車種や年式などどうでもいいことなのです。
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   これらのことは、あなたがこれからまだ体験していく生という側面です。しかし実際に体験すると、それはあなたの神経症や恐れ、策略や疑問などを一気に消し去ってしまうことでしょう。そして喜びで爆発してしまいそうに思う瞬間が訪れます。
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   さて、もしここに戻って来たくないのなら、戻って来てはいけません。
   そうしなくてはならない理由など絶対にありません。私は二度と戻らなかったのです。それは風とともに昇華し、自分であるもののすべてを持って行ったからです。そして私は自由な存在となり、この地上において自分が人生でしたことのすべてを超越しました。
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   自分を許し、自分の生のすべてを受け入れて、本来の神になるという、今するべきことへと進んで行きました。私は無知で惨めな野蛮人でしたが、その私にできたのなら、あなたにも出来ることは火を見るよりも明らかなことです。
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   この次元での生を終えるためには、まずそれを生きて愛し、その単純なものの一部となります。次に生の自由を制限したり、限定したり、あるいは怯えて縮んでしまわせるような観念を、自分の中からなくしていくことです。そして自分自身の自由の中に生きて、自分を愛し、そして自分を他と比べるのをやめることです。
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   社会的なイメージに合わせて生きることをやめ、それがどんなものであろうとも、自分自身の理想と真実のために生きることです。こうして自分という永遠の存在を愛するようになった時、あなたは自然界の植物や動物、魚たちなど、すべての生命と一つになります。
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   そしてあなたはこう言います。
   「この体験はもう終わりだ。私はここにあるすべての生命を愛した。私は新たな冒険に進む準備ができた。遠い国々、あるいは新しい叡智へ向かい、これまでとはまったく違う存在の形になることができる」と。
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   あなたがこのように言うことができる時、あなたはこの次元を喜びとともに去ることができるのです。私はそうやってここを去りました。
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                          ラムサのメッセージ

   
 

自分を守る砦となる内的世界をつくる

  • 2018.12.26 Wednesday
  • 00:06

 

 

   今の日本社会を見てください。
   携帯やスマホなどの電子機器を四六時中手放せない人は、バーチャルリアリティの世界を生きるようになることから、たくさんのパラレルワールドを開いていきます。それの意味していることは、あなた方の意識が変わってしまうことです。そうしたものの長期の使用と共に、あなた方は本来持っていた内なる神聖な神意識を失い、次第に攻撃的で短気な性格に変わっていきます。そこには年齢は関係ありません。
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   そうした電子機器が引き起こす影響は非常に大きいものがあります。
   性格の良くない変化は、霊的、心理的、意識レベルでその人の中に大きな変化があったことを意味します。それは人類がアセンション(次元上昇)しないようコントロールされており、パラレルワールド(並行世界、並行時空)に繋がるバーチャルリアリティの世界に引きずられているからです。
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   ではそのパラレルワールド(低層4次元、幽界)の後ろには誰がいるのでしょうか? あなた方はもうよく知っていると思いますが、人類の霊的進化を望まない存在たちです。彼らはとても頭がいいので、あなた方が夢中になるテクノロジーを通してあなた方をコントロールすることにしています。新しく生み出されるテクノロジーは、あなた方の感情や心理的、霊的レベルに大きな影響を生み出し、人の心を冷たく感情のないものへと変えていきます。
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   そうした状態の中でパラレルワールド(潜在意識)が開き、あなたの未処理のネガティブな世界と繋がるようになります。それはこれまであなたのエネルギーの奥深くに仕舞い込まれ、決して表面意識に上ってくることのなかったネガティブな意識です。それがパラレルワールドであり、すなわちあなたはネガティブな過去世の記憶と繋がるようになり、それがあなたの意識に影響を与えるようになります。そして人格が変わり、それに気づくことはありません。
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   それはドラッグ中毒者と同じで、それを使用しているときだけ気分が良くなります。そのようにして電子機器というテクノロジーにコントロールされている人は、自分がどんな危険に身を寄せているのか分かりません。自分の周りの誰もがそうしているからなおさらです。
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   あなた方の社会では、本来、人間が持っているはずの資質である、優しさや繊細さ、人への思いやりや親切心というものが失われてしまいました。子どもや若者だけでなく年輩の人であっても、「愛」が何であるかに答えることができません。それは彼らの人生から、人や自分に対する愛が姿を消してしまったからです。特にあなた方の国日本では、多くの人々がその感覚を失いました。
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   人は皆平等で、互いに尊重しあうものという愛の感覚を失ってしまうと、攻撃的になり、ネガティブな波動で振動するようになります。それは以前持っていた波動で振動することをやめてしまったからです。人々が愛のない世界と振動するようになると、憎しみや恨み、競争、享楽、依存などが存在するパラレルワールドと社会が繋がるようになります。
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   そうなると人のメンタルや感情、意識はネガティブエネルギーで振動するようになります。人々は冷たく攻撃的になり、オーラや思考、言動を通して荒くて鋭いエネルギーを発するようになり、それは周りの人々のオーラに入り込み苦痛を与えます。そうしたエネルギーが今や至るところにあり、職場や学校、銀行、公園などどこにでもあることから、そのような堅くて重いエネルギーと接触せざるを得ません。
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   特に人が集中するところでは、どれほどのそうしたエネルギーがあるかあなた方に分かるでしょうか? 大衆の中に入る時、どれほどのネガティブな要素やウイルスを受け取るでしょうか? 今までこのようなものはなかったのですが、どうしてこんなことになってしまったのでしょう?
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   人はテクノロジーの後ろにあるものに心を奪われ、内なる神を忘れて物とともに生きるようになり、他人を尊重せず、人を蹴落としながら競争して生きています。そして自分は人よりも優れていたい、勝っていたい、上にいたいと考えています。こうした意識的霊的レベルにいると、より社会的格差を作り出すことを望んでいる見えない存在と繋がるようになります。つまり霊的次元において、力のある人にはそうしたネガティブな存在からのサポートがあるからです。霊的サポートとは、ポジティブで肯定的なものだけではないのです。
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   意識、無意識レベルで、あなた方はパラレルワールド(並行世界、並行時空、過去世、潜在意識、未処理のネガティブな感情の世界)と接触し始めています。それを通して、自分の未解決の問題がエネルギーとして浮上して来るようになります。そうしたものを意識的に受け止め、理解し浄化することが必要であり、そのようにして影響されない自分を作り上げていく努力が大切です。そうすれば、今の日本社会や世界の現実を見て失望することはないでしょう。
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ノアの方舟の時代に、地球支配の退廃の歴史が始まった
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   パラレルワールドには、人類を大きな退廃へと導くことになった、過去の大きな歴史が存在しています。ノアの箱舟の話を知っているでしょうか? そこでそれまで続いた歴史に幕が降ろされたのです。それからマヤ暦の2万6000年を経た今、地球ではまったく同じことが起きています。闇の政府が地球を支配し、地球をネガティブな勢力によって支配する惑星、植民地の一つにするための下準備をしています。
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   世界はバーチャルリアリティを生きています。
   世界経済が成長しているというのは嘘であり、世界経済は金持ちのためにあるもので、それは持たない者から更に取り立てるための口実です。あなた方は大きなコントロールの中にあり、現在、増税の必要はまったくありません。しかもそうして集められたお金は国民のところには行かず、力を持つ人々のところに行きます。
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   あなた方の社会や世界を築いているものはすべて、虚構であり虚偽です。
   経済も虚構の上に成り立っており、あなた方が見聞きしているものは真実ではありません。多くの国々が危機から抜け出せないような、システムや形態が作られています。それは権力者や富める者の足元に、貧乏人をはべらすためです。そうして持てる者や権力者はますます富と権力を得ていくのですが、それは何を意味するのでしょうか?
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   人類はアセンションを遂げるのが困難になります。
   このような状況を前にして、あなた方は眠りこけている場合ではありません。目を開いてよく周りを見てください。社会は良くなってはおらず、多くの問題があります。職場や学校では多くの自殺や虐待があり、人々の格差は日に日に大きくなっています。この21世紀のどこに人権があるでしょうか? それは20世紀の初めよりも悪化しています。つまり、今までに獲得したものまで失ってしまいました。
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   どのように?
   それは「民主主義という名の下に」です。今の社会で民主主義は何を意味しているでしょうか? 何の意味もありません。民主主義の名の下で人々を虐殺したり拘留します。民主主義の名の下で税金を上げます。実際にはまったく税金を上げる必要はありません。そうして集められたお金は、国民のために使われることはありません。
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   政府や自治体が、あなた方からどれほどのお金を取り上げているか想像してみたことがあるでしょうか? それらのお金が最も必要としている人々のために使われるならば、1年もすればどのような国でも国民のすべてはまともな生活を送ることができるでしょう。しかしそのお金は、すでに持ちすぎるほど持っている人のところへいきます。それが権力者や政治家、富裕層などの、同じカラーの人たちのところに流れていきます。こうした状況がそのまま続いていくことで、世界がどのように変わるというのでしょうか?
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   そしてこうした状態が、何百年も前から続いているのです。
   それはすべてのことが、戦争やお金、権力、性、宗教といったパラレルワールド(幽界、低層4次元、並行世界、過去の未処理のネガティブエネルギー)の中を動いています。地球ではこれまで、どのようなポジティブな変革も行なわれたことはありません。
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   現在、人口は減少しているというのに、自然を破壊しながらどんどん家を建てるようなことが行なわれています。金儲けのためなら自然破壊も当然と考えています。それはすべてが税金に繋がる仕組みになっているからで、政府であれ地方自治体であれ、毎日お金が入る仕組みになっています。それなのにどうして税収不足になるのでしょうか? むしろ余っているはずです。それなのに国民を苦しめて、なお税金を上げようとしています。
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   あなた方はこの国を変えるために、目を見開いて戦わなくてはなりません。
   少なくとも他の国では国民は立ち上がっています。何かを得るために戦っています。しかしこの国では、何かを得るために戦おうとはしません。この国の人々は、自分の国で起こっている問題をまるで他人事のように見ており、それは放射能の問題や、政治家の権力の乱用であってもそうです。
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   彼らは、あなた方の自由やお金を取り上げようとしているのです。
   しかし一方で国の借金が増え続けているのは、何を意味するのでしょうか? そのようなシステムは必要ありません。
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   今、過去のパラレルワールドが動き始めており、世界は1940年代から1950年代のようになり始めています。ファシズム(独裁政治、全体主義)や民主主義の欠落、自分のためにできるだけのものを奪うという生き方がそうで、それが地球の現実になりつつあります。物事が過去に戻りつつあり、民主主義の名の下に強化されるファシズム(民主主義を否定する独裁政治、全体主義)です。
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   パラレルワールドは人類レベルだけでなく、個人レベルでも非常に重要なテーマとなりつつあるので、あなた方は自分のパラレルワールド(潜在意識にある未処理の感情的ネガティブエネルギー)をしっかり浄化することが大切です。終わっていないこと、処理せず逃げてきた問題が、これからあなた方1人1人を通して表面に現れてきます。そのために今、多くの人が苦しみ、倒れています。それは自分のパラレルワールド(内なる意識、ネガティブな感情の世界)を浄化する努力がまだ十分ではないからです。ですが、今は絶好のチャンスです。
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   これから来る未来は、あなた方を驚かせるものかもしれず、驚くような法律ができるでしょう。ファシズム(独裁政治)のルールが作られ、新たな税制が打ち立てられて、あなた方をもっと搾取していくようになるでしょう。戦争へと扇動するために、それぞれの国が繋がりを強化していくでしょう。このまま黙って見ているだけなら、歴史はそのように進んでいきます。
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   ですからあなた方自身が変わらなければならないのです。
   あなた方が自分を変え、考えや生き方が変わるならば、あなた方に対して向かってくる力に対しノーと言い、ブレーキをかけることができるでしょう。あなた方は今、法律という津波の中を生きています。それはあなた方を追い詰め、逃げられない片隅へと追いやるでしょう。
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自分自身を守る砦となる内的世界をつくる
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   ですからそうした霊的な津波を押し止めるためには、光を探さなくてはなりません。あなた方を襲っている新しいテクノロジーや唯物的な法律によるコントロールから自由になる鍵は、あなたの中にあります。そうしたコントロールを許しているので、多くの人々は苦しむようになります。つまり影響を受けるから苦しいのです。しかし自分自身に留まり、自分を持ち、自分の行くべき光の中を進むならば、あなたはそのような影響や波動からは遠く離れていられるでしょう。
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   そのためには本来の自分自身でいることが非常に大切であり、いかなる外のものにも依存しないことです。人から何を言われようとも、何があろうとも、自分の道を進むことです。それが内なる神、宇宙の法則を求めて生きようとする人間の姿です。これから新たな段階に入ります。何が起きようとも、それを乗り越えていくために、しっかり自分自身の内的世界を準備してください。
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      A・ジョルジェ・C・Rのメッセージ
   

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一度も愛されたことがない人であっても、偉大な愛の源を内に抱いている

  • 2018.12.25 Tuesday
  • 00:02


 

   誰の人生にも、運命を変えるほどの大きな出来事の1つや2つは必ずあるものです。時にはそれが家族全員の人生を、よくも悪くも一変させてしまうことがあります。私がこれからお話することは、あなた方にショックを与えるためでも、自分が試練をくぐり抜けたさまをことさら強調するためではありません。

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      むしろ、同じような境遇の若者たちの助けになればと思ってお話することです。若い時の試練がいかに人間を強くし、霊的な恵みを受け入れやすくするかをわかっていただければ幸いです。
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   私が5歳のとき、家族の生活が悪いほうへ一変する一大事が起きました。
   それは父が牧場を失ってしまったのです。そして私たち子どもはとても貧しい子ども時代を送ることになりました。たいていの人は現代のアメリカで、7人家族がわずか100万円ほどの年収で暮らせるとは想像もしないでしょう。でも我が家はそうやって何年も暮らしていたのです。
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   父は農業一筋に生きて来た人で、農業や牧畜以外の仕事にはついたことがありませんでした。父の一族は曽祖父の時代に幌馬車で大草原地帯を超え、コロラド州僻地のモルモン教徒のコミュニテイにやってきて住みつきました。そしてたくましい開拓者世代がそこへ定住して以来、私たちの一族は代々その地で暮らしてきたのです。農業や牧畜の仕事以外には他の仕事はほとんどない地域で、高卒の学歴しかない父は必死で働き、私たち家族を養ってきました。
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   その父がやっとの思いでためた貯金をはたき、ブランカという町の郊外に質素な牧場を買ったのは私が3歳の頃でした。ブランカは、コロラド州の最高峰の一つとも言えるブランカピーク(山)のふもとにある町です。その美しい土地で、父は小さな牧場を営みながら家族を養うために、全財産をつぎ込んで羊を買い揃えたのでした。しかしそれから2年後、私たち一家を待ち受けていたのは想像もできない出来事でした。
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   ある夜のこと、誰かが我が家の敷地に忍び込み、真っ暗な中で牧場の羊を一頭残らずトレーラーに積んで逃げ去ったのです。このことで父の夢は無残に打ち砕かれ、家族の生活はめちゃめちゃになりました。食べていくための蓄えもすでになく、保険もない私たちは、あっという間に家を失いました。
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   そしてピックアップトラックの荷台に、すべての家財を積み込んだのを覚えています。私たち子ども5人も荷台に乗り込むと、それぞれ家財道具にしがみつき、泥道を揺られながら我が家を後にしました。これからどこへ行って何をするのか分かりませんでした。
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   両親はどんなにか悔しく、情けない思いをしたでしょう。
   5人の子どもを抱え、家を失い、しかも一文無しで行く当てもなかったのです。しかも私たち子どもの4人は生まれつき先天性の病気を持っており、「脆弱X症候群」と呼ばれる遺伝病でした。それはダウン症に似ていますが、顔立ちには特徴は現れず、男子に症状が出やすいこともあって弟2人は特に重症でした。
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   一方、姉と妹は学習障害が見られる程度でした。2人の弟たちは今20代ですが精神的には10歳のままで、未だに無邪気な天使のような存在です。こうした状況で、私は最低限の生活もままならない困難な子ども時代を過ごしました。
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   朝昼晩の食事はじゃが芋だけという生活が何ヶ月も続きました。
   ひどい時は、母が差し出した1本のセロリを、子どもたちで順番にかじってしのいだこともありました。いつも空腹を抱えていましたが、宗教色の強い田舎町では誰もが貧乏や困窮を隠します。
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   それはプライドが許さないからで、自分の家族を養えないのは恥ずべきこととされていたので、私たち家族も施しを受けることはできませんでした。生活保護を受けるのも恥でしたが、最後は福祉に頼ることになりました。私たち子どもは近所の人に見られないように、食料配給券を持って隣町まで食料を買いに行ったものです。
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   しかし暮らしはぎりぎりで、ある時、そんな生活もついに限界を迎えました。
   そして私たち家族は父の実家に身を寄せることになりました。父はゼロから家を建て直そうと考えており、少しずつ形にしていくつもりでいました。しかしそれには時間がかかるので、とりあえずは祖父の家のお情けにすがるしかありませんでした。
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   そこでの生活は最悪な思い出ばかりで、祖父は私たちを物乞いのように思っていたのでした。私たちは祖父の機嫌を損ねないようにびくびくしながら暮らしていました。母は物音を立てないように、邪魔にならないように常に気を使い、子どもたちにもそうさせていました。
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   私たちには1部屋が与えられ、夜は2台のベッドに7人がひしめきあって寝ていました。祖父の機嫌が悪くなると、彼は私たちへの不快感を顕わにし、まるで犬のようにあしらうのでした。祖父は低俗としか言いようのない人で、よく動物を叩き、怒りを爆発させました。彼にはすべてにおいてプライドというものが感じられない人でしたが、しかし結局、プライドの無さや敬意の無さは貧しさとは何の関係もありません。
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   やがて状態はさらに悪化していきました。
   姉のケルシーの症状が進み、心臓手術をすることが必要になったのです。両親は検査のために何度も、デンバーの小児病院へ連れて行かねばなりませんでした。そして結局ケルシーは、数え切れないほどの検査と数回の手術を受けました。
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   しかも入院するたびに数週間はかかったので、娘の命を助けようと必死だった両親は、マクドナルド・ハウス(病児とその家族が低料金で長期滞在できる施設)に寝泊りしていました。
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   しかしケルシーの術後の経過は良くなく、彼女はその後3ヶ月も集中治療室から出られませんでした。両親は生死の境をさまよっている娘のそばで食うや食わずの生活をしながら、入院や手術の費用を捻出しなければなりませんでした。
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   その間私たち子どもも、祖父母や近くに住む親類と暮らさなければならず、それは大変なものでした。そんな中、私たちは自分たちでうまく立ち回らなければならず、両親のいないあいだ、私たちは文字通り親類の人々のなすがまま、思うがままに扱われたのです。
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   彼らの中には、冷酷さを通り越して犯罪行為に及ぶ人たちがいたのです。私の父は真面目な働き者で尊敬に値する人でしたが、父の兄弟の何人かは違いました。彼らは祖父のサディズムと卑劣さを受け継いだだけでなく、その上を行くような人たちでした。
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   通りを挟んで少し離れたところに住んでいた叔父に、私が虐待され始めたのはその頃のことです。叔父は私を納屋に縛りつけたうえ、鞭でせっかんしました。そして私が苦しむ様子を見ては倒錯した喜びを味わうのです。まもなく別の叔父が加わるようになり、性的虐待を始めたのです。
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   彼らは常に私を見ており、どこへ行くにも見られていて獲物のように狙われていると感じました。いつまた襲われるだろうと思うと怖くてたまりません。右を見れば冷酷な祖父、左を見れば卑劣な2人の叔父。私は本当に消えてなくなりたい心境でした。
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   そんな中で唯一安心して接することができて、私を優しくいたわってくれたのが曾祖母でした。私が「ジェンセンおばあちゃん」と呼んでいた曾祖母は古風で頑固で少し厳しいけれど、とても愛情深い人でした。あの頃の私にとって頼れる大人はおばあちゃんだけでした。
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   ただそばにいたくて、おばあちゃんの窓の外で寝たこともあります。私たちは特別な絆で結ばれていましたが、しかし曾祖母に私を守れるほどの力はありません。私は私でおばあちゃんを傷つけるのが怖くて、その頃起きていた虐待のことを決して話せませんでした。何しろ彼らはおばあちゃんの子どもや孫だったからです。
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   そして私は結局、大自然に逃げ込み、誰にも見つからない原野に安らぎを求めることしかできなかったのでした。しかしそれでも、私の生きる意志は少しずつ失われていきました。あの頃の自分を思い返すと、胸が苦しくなります。どれほどの深い絶望と恐怖にさいなまれていたことでしょう。
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   私はいつも1人ぼっちで、曾祖母の家の脇に生えていたリンゴの木の下か、古い鶏小屋の陰に座っていました。顔は汚れ、ろくに梳(と)かさない髪は固まっていました。体にはいつもどこかに虐待の傷があり、目はうつろで、恐怖におののいているか、そうでなければ呆然自失の状態でした。唯一楽しかったのは動物と遊んだり、自然の中を探検しているときだけでした。自分でもよく生き延びたと思います。
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   そして、「もうダメだ」、と思った日のことは今でも鮮明に覚えています。
   またしても叔父からあざけりと辱(はずかし)めを受けたのです。着ている水着を破り取られた私は、祖父の牧場にある納屋に必死で逃げ込みました。私は呆然として動くことができず、傷つけられ、馬鹿にされ、無残に裸をさらされ、震え上がっていました。
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   そして私はもうこの家を出るしかない、この場所から消えてなくなるしか道はないと思いました。父方の親類からここまで酷い扱いを受け、痛めつけられている私は存在しないも等しい人間です。私を顧みる人は誰もおらず、もう涙も出ませんでした。私の心は、本来子どもが知るはずもない絶望と虚無の支配する世界に迷い込んでいました。
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   もう私には選択肢はありません。
   私を痛めつける親戚からも、なぜか私を異端視して来る女の子や男の子たちとも今日でお別れです! 私は納屋に入るとロープを掴み、壁をよじ登って梁(はり)にまたがりました。そしてゆっくりロープの一方の端を木に結びつけ、ロープの輪を首にかけました。
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   こんな生活はもうすぐ終わりにできるのだ、そうすれば春の雨上がりの野原のように、また何もかもが美しい緑の世界が戻ってくるだろうと思いました。梁の端まで両足をすべらせながら、長年の降り積もった埃につま先が引っかかりました。目を閉じて前のめりになり、いよいよこの世ともお別れかというその瞬間、何かが聞こえてきたのです。その瞬間私の心臓は縮み上がりパニックで体が硬直しました。
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   それは弟のケントの、柔らかくて聞き覚えのある声が私を呼んでいたのです。私は落ちないように必死で、向かい側の荒削りの壁板にしがみつきました。壁のすき間からのぞくと、弟がこちらへ近づいて来るのが見えます。私はパニックになり、泣きながら祈りました。「神様、どうか納屋の戸が開きませんように。こんな姿を見られたくない!」 それでも弟の声はどんどん迫ってきます。「キーシャー!」 
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   私の両足には板壁のささくれが深く刺さり、壁を伝って血が流れ落ちていました。体を支える体中の筋肉が震え始め、両手は焼けるように痛みました。それでも納屋の外を行ったり来たりする、小さな人影から目を離すことができません。
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   ここで落ちて物音を立てたが最後、それを聞きつけた弟がここでロープにぶら下がっている姉の姿を見つけてしまいます。今のこのような姿でさえ、絶対に見られたくありません。そしてやがて小さな影は静かに遠のいて行きました。
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   それを見届けた私は、壁のささくれに深く刺さった手をはがし、首にゆるく巻かれたロープをはずすと、命を奪ってくれるはずだったロープを今度は命綱にして体勢を立て直しました。私は弟のケントを置き去りにしようとしていたことに気づき、自分を身勝手な人間だと思いました。しかもその弟に、私の悲惨な姿を見せてしまうところだったことを思うと気分が悪くなり、胃が痙攣したかと思うと、私は体を折り曲げて何度も嘔吐しました。
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   私は地面に降り立つと納屋を出て、弟のところに走って行きました。
   私が弟の名前を呼びながら走って行くと、弟は私が見つからなくて泣いており、膝まづいてぎゅっと抱きしめると私も泣いてしまいました。「ねえ、どこ行ってたの? どこ行ってたの?」と弟はいつまでも繰り返していました。
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   あの忌まわしくも特別な日は、私の胸に深く刻まれています。
   このような状況にあっても私がこの世に留まる理由があるとすれば、それはもはや、弟姉妹たちの優しい守り手になること以外にはありません。
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   あの晩、体を丸めて眠る弟を抱きしめながら、その柔らかな寝息を首筋に感じていると、目に入れても痛くないほどの愛おしさを実感しました。太陽のような弟の存在に、私は目を細めうっとりしながら、感謝の気持ちで満たされていました。私はこの子たちのために生きよう、他の姉妹たちのために生きよう、そう誓ったのでした。
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   私は自分が生まれてきた意味がようやく分かったのです。
   あの日の出来事は私に大きな愛と無私の心、人間の優しさの意味を教えてくれました。どんなに踏みつけられようと、どんな酷い嵐が待ち受けていようと、どんな虐待に遭おうとかまうことはない。これからはめげずに勇敢に立ち向かおう、今よりも優しく、思いやりと愛情溢れる人間になろう。あの日、私はそう決意したのでした。
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   自分が酷い目に遭わされているのは、もしかすると弟姉妹を救うためなのではないか、この経験が自分を強くし、生きる意味を与えてくれているのではないかとも思いました。そしてたとえ自分で自分を守る力はなくとも、弟や妹のためなら最後まで闘おうと覚悟をしていました。

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   私の弟姉妹たちには叔父たちの指1本触れさせない。私が味わってきた途方もない怒りと失われた子ども時代を、この子たちには経験させないと、私は子どもながらに本気で弟姉妹を守れると信じていたのでした。
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   しかしその後、私の状況は一変したわけではありませんでした。
   ただ、私のなかでは世界に対する見方が変わったのです。相変わらず虐待は続いていましたが、命の美しさがいっそう胸に迫ってきて、この世に生きていることは授かりもの、賜(たまもの)なのだと思えるようになりました。
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   しかし私は相変わらず逃げ回っており、野原や牧場に逃げ込み、生き物探しに没頭しては何時間も自然を眺め、自然の話に耳を傾けていました。自然は私にとって最良の教師であり、いつも精妙な表現で答えを返してくれました。

 

一度も愛されたことのない人でも、偉大な愛の源を自らの内に抱いている
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   あの日の苦い経験から私は学びました。
   生きているのがつらいときは、誰かのために生きてみることです。憎しみや虐待にどんなに苦しめられようと、私たちの中には決して冒すことのできない聖域というものがあります。生命の美しさに惹かれ、その美しさを受け取って生きようとする自分が必ずいるはずなのです。
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   一度も愛されたことのない人であっても、偉大な愛の源を自らの内に抱いているのです。私はあの時、自分は愛のために生きよう、人生を決してあきらめるまいと決心しました。愛によって生かされた私は、その後も数々の厳しい試練に直面しましたが、今もこうして愛によって生かされています。
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                  キーシャ・クローサーのメッセージ

 

「自分にはできない」という無力感を突破する

  • 2018.12.24 Monday
  • 00:06

 

 

 

     次の一歩は説明しにくいものですが、これはあなたを「本当のあなた」に繋げることが目的です。説明しにくいというのは、説明をすれば頭で考えてしまいがちだからです。
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         それは自分自身に戻り触れ合う、あの深い統合の感覚です。これは、本を読むことで感じたり、学ぶことはできないものであり、自分にその体験をさせる選択を与えることしかあなたには出来ません。
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   別の言い方をすれば、あなたはそのために計画したり、自分の力でそれを引き起こしたり出来ないものです。そして、そのつながりを感じると、マスター性の本当の意味を理解し始めるでしょう。あなたはもはやエネルギーを操作しようとはしなくなり、それについて考えることもなくなります。それは、ただ起こるからです。
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   必要なことは、あなたは進んでマウンドに上がり、自分は何が欲しいのかという明確な選択をし始め、かつそれを怖れないことです。自分が欲しいものにフォーカスすることです。たとえば今日、この会場に来る時、あるグループの乗る飛行便に問題が生じました。ですが親愛なる友人たち、もうそのようなことを容認する必要はありません。
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   さて、するとこのように言う人たちがいます。
   「でも人生とは、そうしたものじゃないですか? 酷い交通状況なんてあるのは当然だと思うし、そんなことは人生に付き物ですよね?」と。まったく違います。そのような態度でいれば、あなたに手に負えないことが遅からず起きて来るでしょう。
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自分にはできないという無力感を突破する
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   あなたは自分自身に対して、自分の選択に対して、とてもとても明確になる必要があります。それは空想ではなく、現実的になることです。
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   ほとんどの人々が思っていることは、「ただ、なるようにしかならない」というものですが、私はこのようなことはあまり聞きたくありません。「ただ、なるようになる」、とんでもない! それはまったく違います。
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   するとこうも言います、「私には理解できなくても、本当は宇宙が私の高い善のために、すべてをデザインしているのではないでしょうか?」と。それもまったく違います。それは権利を奪われた考え方であり、マスター性(自分の現実を創る)創造的な生き方ではありません。
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   あなたはこうも言います、「ですが現在、私にはそれをコントロールできないこれだけの状況があります。それらはただ起きているとしか思えません」。それを超えてください。突破してください。創造し始めてください。
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   それを自分自身のためにしてください。ですがそのために、他人を操作しないでください。それはマスター性ではないし、単なる操作です。あなたのすることは、自分のために選択したものを創造することです。
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   あなた方は自分のために明確な選択をすることに、抵抗を感じる傾向があります。しかも、あまり多くを要求することにとまどいを感じます。それは、そうすることが他人の気分を害するのではないか、あるいは自分のために何かを要求すると、他の誰かから奪うことになりはしないかと考えて、これまでのいつもの信念体系に入り込んでしまいます。
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エネルギーは私に奉仕するためにここにある
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   まったく違います。
   あなたが自分のために求めているのであれば、そこで何が起きるかというと、彼らのエネルギーがあなたに応じて再編成されるのです。しかもそれは彼らの選択であって、あなたが彼らに強制したり、何かをさせているわけではありません。
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   ですがあなたは、そうした明確な選択をあまりしたくありません。
   失敗するのが怖いからです。最初は失敗するかもしれません。なぜならあなたの中にはまだ、これまでの古いエネルギーや信念体系の「なごり」があるからです。
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   あなたを悩ますこの奇妙な(諦め、無力感、自分にはそんなことはできない、なるようにしかならないという)「無の地点」のエネルギーが、まだあなたの中に残っているために、少しぎこちないことがあるでしょう。
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   でもあなたがコツを飲み込むと、それはすぐに起こり始めます。そして自分が求めることが、他の誰かから取り上げることにはならないことに気づくでしょう。しかも実際には、それが彼らを実にさまざまな形ちで助けることになるのです。そしてエネルギーは、ずっとあなたの周りにあってあなたに奉仕していたのに、あなたがそれを使わず避けていたことに気づくでしょう。
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   おそらく自尊心の欠如や、何らかの古い取り決めや誓約のようなものがあったからかもしれません。ともかくエネルギーは、あなたに奉仕するためにそこにあることをあなたは学び始め、それは流れて行きます。本当に簡単なことなのです。
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   あなたはもはや、困難や試練や苦痛、欠如のようなものを容認する必要はありません。なぜなら、あなたがあなたの人生のマスターだからです。しかも何も無理強いをする必要もなく、それはただ起こり始め、流れ始めます。
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   するとあなたは今いる(自分にはとてもできないというあきらめの)「無の地点」から抜け出します。あなたは動き出し、流れ始め、それは優雅に螺旋(らせん)を描き、拡張し始めます。それは楽しいもので、驚異的です! 
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   そしてあなたは言います、「私は今回が地球で過ごす最後の生涯だと決めていたけど、私はそれを取り消します! 何て楽しいんだ!」
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             アダマス・セント・ジャーメインのメッセージ
        

たった今から、受け取る自分のために「善い種」を蒔く

  • 2018.12.23 Sunday
  • 00:05

 

 

   あなたのこれまでの成長の度合いによって、これから先の成長の度合いが決まります。とは言え、その成長を遅らせることもできますが、いずれにせよ、あなたが今これから選択する行為は、さまざまな次元の摂理の絡み合いによって自動的に決まってきます。なぜならその1つ1つが自動的に働くからです。
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   つまり自由意志によって選択しているようで、実はそれまでに到達した進化の段階における、あなたの意識の反応の仕方によって決定づけられているのです。霊性を自覚するようになった魂は、(目先の損得や気楽さを超えて)いっそうの進化を促す道を選択するものです。
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   霊性の進化に伴って、自然の摂理を悟るようになります。
   その第一の反応として、誤った知識、理性が納得できないもの、唯一宇宙の愛と叡智にそぐわないと直感したものは、怖れることなく捨て去ることができるようになります。
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   なぜなら容器に新しいものを入れるには、その前に古いもの、誤ったものを取り出さねばならないのが道理だからです。自然な物の考え方を妨げるものは容赦なく捨て去る必要があります。こうしてあなたの霊性、つまりあなたの魂が進化し、より高い叡智を受け入れる用意が整うのです。
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すべての出来事は原因と結果の関係で生じて来る
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   あなたの霊性の高さは、人生をいかに生きて来たかによって決まります。
   この摂理はすべての人間に例外なく当てはまることであり、どのように繕おうともごまかすことはできません。私が摂理と言う時、それは大自然の法則のことを意味しており、基本的にはそれは原因と結果の法則、すなわち因果律のことです。
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   自己中心の生活を送れば、その結果として歪んだ性格ができあがります。
   なぜなら利己的になることは、霊性が歪んでいることを意味するからです。他人を思いやる生活を送れば、それは自分自身のことも思いやることになり、霊性が高まります。この法則には例外というものはありません。
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   幸運というようなものは存在しません。
   そこにはただ法則の働きがあるのみです。ですから、たまたまそうなったというようなことは一つもありません。因果応報の法則によって規制されている宇宙においては、すべての出来事は原因と結果の関係で生じているのです。
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   個人であろうと集団であろうと、民族であろうと国家であろうと、摂理に反したことをすれば、それ相応の代償を払わねばなりません。私は常に摂理の働きは完璧と言っています。しばしばその結果が、(今生きている)人間の目には見届けられないことがあります。ですがそこには原因と結果が後になり先になりしながら、(時代を超えて)機能していることを私は確信しています。
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   流血の悲劇を何度繰り返しても懲りないような為政者が牛耳る地上世界では、彼らが生み出す苦難や悲哀の中で摂理を学ぶしか方法がありません。本当は、愛と助け合いの精神を発揮する中で学んでほしいのですが、それができない以上、摂理に逆らったことをして痛い思いをするほかありません。地上で”偉い人”が必ずしも霊界でも偉いとは限りません。こちらでは魂の偉大さ、霊性の高さ、奉仕的精神の強さが重んじられます。
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   既成宗教に身を置く者はいずれ、これまでに犯した過ちのすべてに責任を取らねばならない日がやって来ます。神の目はごまかすことができません。特に、自分たちの間違いを心の内では気づいている人には、その反動は大きくなります。その内なる声に素直に従えない者は、何も知らずに信じている者よりも、大きな反動、報いを受けることになります。
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誰かが自分の代わりに償い、過ちを帳消しにしてくれはしない
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   こちらの世界では、地上世界でどういう肩書きを持っていたかは問題にならないし、特定の教義を擁護しても何にもなりません。評価されるのはただ一つ、地上生活において内的霊性をどれだけ発揮したかだけです。唯一根源の神は、司祭や牧師が(原罪から浄められる洗礼と称して)数滴の水を新生児に垂らしたからといって喜び、垂らしていないからといって困ることはありません。
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   大切なのは、各自が良心に恥じない生き方をするかどうかということです。
   人の体に数滴の水(洗礼)が施されたからといって、摂理がごまかせるものではありません。すべてのことは原因があって結果が生じるという、この法則は変えられないのです。洗礼によっては、魂は少しも影響を受けません。
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   誰かが代わりに、他人の魂を成長させることはできません。
   地上生活を生きるという、その生き方によって自分を成長させなければなりません。つまり、自分の間違った行為が生む報いを、他人が代わって償ってくれたり、誰かによって取り去ってもらうことは出来ないのです。自分の過ちは、それがもたらす苦しみを受け入れることによって、自ら処理していくしかないのです。
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   あなたは個性を築き、魂の進化を促進するために、この物質世界へ来ています。ですから利己主義の道を選べば、それなりの代償を払うことになります。人道主義の道を選べばそれなりの報いがあります。そうした因果はすべての摂理のもとに規制されており、いかに立派な宗教の教祖様であっても、その働きを変えることはできません。
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   身分、職業、血筋、地位や肩書き、肌の色や国家の別、こうしたものには一切関わりなく、人間すべてに”人のために役立つことをするチャンス”が用意されています。それを怠ると、それだけの代償を払うことになります。
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   当然のことながら、今体験している結果は、過去の原因がつくりだしたものですが、その結果に対する現在のあなたの対処の仕方が、将来の結果を生み出す原因となるわけです。ですから今、たった今から良い種を蒔くように努力することです。
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                       シルバーバーチのメッセージ
   

社会的人物、社会的地位よりも個人的喜びを生きる人生

  • 2018.12.22 Saturday
  • 00:01

 

   理解すべき最初のことは、あなたは本来、人物(パーソン)ではなく、つまり人格(パーソナリティ)ではないということだ。「人物」という言葉はギリシャ劇から来ている。ギリシャ劇では俳優たちは仮面(ペルソナ)つけていた。だから人は俳優の実際の顔は見ることができず、彼の声だけを聴くことができた。ペルソナ(仮面)のソナは音を意味する。だからペルソナとは、声だけは聞こえるが、誰が話しているのかわからないことを意味する。
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   誰もが仮面をつけている。
   あなたはその声は聴くことができるが、顔を見ることはできない。つまり、あなたは個人を見ることができない。あなたが単なる人格(パーソナリティ)だけなら、あなたはすでに死んでおり、真に生きてはいない。あなたがあらゆる伝統や自らの宗教において自己主張するとき、あなたは本来のあなたではないものになっていく。
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社会的人物、社会的地位よりも個人的喜びを生きる人生
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   また思い出した。
   私がかつて知っていた外科医がいたが、おそらくインドで最も有名な外科医だった。彼の同僚たちは、彼の引退の送別会を開き、私もそこにいたが、彼はとても悲しそうだった。それで私は尋ねた。「なぜ悲しいのですか? あなたは全国でも最高の外科医だから幸せだと思うが」
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   彼は言った。「あなたにはわからないでしょう。私はそもそも決して外科医なんかになりたくはなかった。最高の外科医であることが何だというのですか? 私はそれを聞くのが嫌いです。私はそのはじめから音楽家になりたかったのに、親から外科医になるようにと強制されたのです。」
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      「だから私は自分の意思に反して外科医になりました。そして偶然、私は最高の外科医になりはしましたが、おそらく私は、最高の音楽家にはなれなかったでしょう。私は裕福ですべてを持ち、社会的地位もあります。ですがだからといって、幸せになれるわけではありません。」
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   「私が乞食のままであったとしても、私は私自身でいられたので、音楽家としてとても幸せだったでしょう。私の演じてきた外科医は、まるでどこかの他人のようです。それは演じられた役であって私ではありません。人々は私のために祝ってくれていますが、それなのに私は心の中では泣き叫んでいるのです。自分の一生はこれでおしまいだと。」
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   だから第一に、あなたは「人物」でも「人格」でもない。
   あなたは「個人」(インディビジュアル)だ。そして個人であるときにだけ、自分の本当の自己を知ることができる。人格、人物は自己を持たず、それと同じくらい偽りの自我だけを持つ。個人であるあなたは魂を持ち、自己を持つ。個人とは生命の本質だ。
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   もしあなたが生命を知っているなら、この種の質問は決してしないだろうし、生命を確実に知っているということは、生命が不滅だと知っていることでもある。不滅への理解とは本質的なものであり、それは外部からの情報に基づくものではない。

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      あなたが本来の自分という存在をトータルに生きていれば、ゆっくりと、自らの内なる生命の不滅の流れに気づくだろう。あなたは肉体が死ぬことを知っているが、この魂である自らの生命の本質が死ぬことはないと知る。それは何かを信じることで得る情報ではない。
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ソクラテスの意識的な死
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   ソクラテスは何も信じなかった。
   彼が毒を盛られた日は、人類史上、最も重要な日の一つだ。弟子たちが横たわる彼の周りに座っているとき、彼は弟子たちに言った。「私に何が起きているかをお前たちに伝えよう。できる限り、お前たちに知らせ続けよう」
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   それから彼は「私の足はもう膝まで死んでいる。私に足の感覚があるかどうか、誰か私の足をつねってみてくれ」と言った。誰かが彼の足をつねった。彼は言った。「もう感じない。足は死んでいる。だが一つ覚えておきなさい。私はこれまでと同じくらい生きている。足は死んだが、私の生命のどこも損なってはいない。私の生命はこれまでと同じくらい全体的だ」
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   その後、彼の足のすべてと、身体の半分が死んだ。
   だが彼は「私の身体の半分は死んだが、私はかつて全体であったように今も全体だ」と言った。次に彼の手が死んだ。彼は言った。「私はまだここにいる。そしてまだ全体だ。おそらく今、私の心臓が止まるだろう。しかしたとえ、お前たちにもう知らせることができなくても、私は残る。もしこれらの部分がなくなっても、私が全体ならそれは重要ではない。心臓もまた一部分に過ぎない」
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   そして彼が死んだ時、彼の顔はとても嬉しそうで、とても楽しそうだったので、弟子のプラトンは回顧して言った。「私たちは、彼の顔があれほど光にあふれて、あんなに輝いているのをこれまで見たことがなかった。おそらく彼が肉体を離れる最後の瞬間は、ちょうど太陽が沈み、空全体が非常に美しく輝く、夕焼けのようなものなのだろう」と。
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   それは信念の問題ではない。
   私は何の信奉者でもない。だから魂が不滅であることを信じるようにと言いはしない。だが私は自分の過去世を思い出すことができるので、それが不滅であることを知っており、それは私の経験だ。それはまた来世があるという確かな証拠でもある。
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      私はあなたに、過去世を思い出すテクニックを教えることができる。それはあなたに、来世があるという確かな証明を与えるだろうし、あなたに過去の永遠と未来の永遠があることを知るだろう。あなたは常にこの地上にいた。そしてあなたはいつもここにいるだろう。
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意識的に生き、意識的に死ぬ
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   しかしまず最初に、あなたの偽りの人格(パーソナリティ)を落としなさい。あなた本来の、本物の個人になりなさい。あなたの存在があなたに望むように生きなさい。あなたの人生は非常に情熱的で、とても全体的(トータル)であるべきだ。そのゆえにあなたは、自らの生命の松明(たいまつ)を両端から燃やしていくだろう。その強烈さにおいて、あなたは永遠の何かに自分が触れたことを知るだろう。この地上での生でそれを知ったならば、死においてはより深い確証を見出すだろう。
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   「人格」「人物」という仮面に生きる人々は、常に無意識の昏睡状態で死ぬ。なぜなら彼らは決して本質を生きなかったので、意識が何であるかの理解がなく、わからず、肉体の死の前に意識を失う。そのために私たちは、(たった今終わったばかりの人生という)過去世を記憶することができず、覚えていない。なぜならあなたは無意識で生きていたからだ。そして死は、あなたの無意識の中で起こったのだ。
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   しかし個人として意識的に生きるならば、肉体においても意識的に死ぬだろう。
   それはソクラテスの死がそうであったように、最後の呼吸までも意識しながら。そしてこの記憶は次の生でもあなたと共にあるだろう。
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   私はそれを信じるようにと言うつもりはない。
   私は実験するようにと言うだけだ。私はあらゆる信念に反対だ。なぜなら(盲目的な信念が)あなたを滅ぼし、あなたの考えを破壊するからだ。探求とは、そのためにあらゆる危険を冒すということだ。
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                           OSHOのメッセージ

 

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