人間の意識は神の意識の一部
- 2019.10.31 Thursday
- 00:09
あなたが悟りに達していないのはなぜかというと、自分の中に一貫性がないからです。あなたはこれを生み出したかと思うと、次にはあれを生み出すという具合です。自分は神とは別個の意識だと信じながら、自分の世界を創造したり、自分の世界を反映させたりすることは、確かに面白いことです。しかもそれがとてもうまく成功しているので、世界は人間の創造物やドラマで溢れ返っています。
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あなたが悟りの境地に達していないのは、本当はすでに悟っているのに、そのことに気づかないからです。人がそうすることを選ぶのは、何も邪悪な動機があるからではなく、神と分離した物質界で、自分自身が創造しているものに絶えず魅了されているからに過ぎません。
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物質界で創造されたものは、一見すると永続的な幸せを約束してくれるかのようです。ところがよく注意してみると、そうではないことがわかります。増えたり減ったりするものを創り出すことによって、永続的な何かを見つけることはできません。
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多くの人々が、いわゆる「愛」そのものになろうと努力しています。つまり、出来るだけ多くの瞬間を心を開いて、自分も他人も傷つけないで調和の中で生きていく、そういう意識で自分を満たそうとしています。そして、自分が触れたり見たり、考えたりすることのすべてに対して、自分の中の最も神に近い部分や純粋なものだけが流れ出るよう望んでいます。
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すべての人が同じことを望んでいるので、ある意識レベルでは、あなた方はみな自分が何を求めているのかを知っています。罪や罪悪感などというものはまったく存在しないということ、そして自分は神の一部であり、愛と叡智に満ちた純粋な部分を表しているということを、人々は意識的、無意識的にしろ疑いなく確信したいと思っています。
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ところが気をつけて観察するとわかるのですが、人は毎日この努力に失敗しています。ですが誤解しないでほしいのですが、これは嘆いたりするようなことではありません。むしろ、これは当然の事と言えます。
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なぜなら、これまでのこうしたやり方が失敗するのは当たり前だと悟る瞬間があなたに訪れるまで、自分を幸せで賢い良い人間だと感じるためには、外の世界にある何かを手に入れなくてはならないと信じ続けるはずだからです。そしてその「何か」を人は探し続けるでしょう。
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自分という絶対的純真さ無垢さを感じるためには、自分が未だかつて誰に対しても「罪を犯した」ことなどないこと、そして誰も自分に対して「罪を犯した」ことなどないこと、最も深い意味においては、いまだかつてどんな過ちも起きたことはないのだ、ということをを知らなければなりません。
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心の底からこの純真さを感じたいと決心すると、その瞬間からあなたは「外界」に注意を向けなくなります。目の前に誰がいようとも、何が起きていようと(たとえそれが愛に満ちたもの、生命を脅かすものであれ)、相手は自分と同じものを求めているのだということを理解できるようになります。
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そして相手の人間も、自分自身の絶対的な純真さの反映をあなたに求め、あなたを通してそれを知りたいと思っています。自分は今まで一度も間違ったことをしたことがないのだ、ということを悟りたいと人々は思っているのです。
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あなたはどんな人になりたいのでしょうか? しばらく座って、この質問を心の中で反芻してください。そうする理由は、静かに座っていると心が静まり、自分自身の中で、そして自分の人生の中で常に感じていたいものは何なのかが明確になってくるからです。自分の幸不幸はただ一つのことにかかっている、つまり自分が神の一部であると感じられるかどうかということです。
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そのことを思い出す機会を自分に与えてください。それに気づけば、「神意識」と呼ばれる、あの非常にシンプルで基本的なエネルギー域の中に入ることができます。それは決して揺らぐことのない変わらぬ愛、心の平安、輝かしい喜びの感覚であり、完全なる覚醒です。これこそ、すべての人が求めているものなのです。
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神との分離によりこの次元に降下した人間は、創造の過程の途中で、肉体そのものに創造する力があると誤って信じてしまいました。この誤解に基づいて、病気とは体の細胞が勝手に荒れ狂って作り上げるものだと考えるに至りました。さらに病気を創っている細胞を治す方法は当然、肉体レベルにしかないと考えています。
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そう信じているのなら肉体レベルで対処して、できるだけのことをして病気を治そうとするでしょう。ですが、肉体レベルには本当の治癒はありません。体が病気を創ったわけではないので、身体は病気を治すことはできません。そうすると実際にはどうなっているのでしょうか。
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人間は、体が勝手に自分が望まないものを創り出すことができると信じて恐れており、体が創ったものは自分とは無関係だと思っています。それは肉体が自分に何の相談もなしに、有害なものを生み出すことができるということですが、これは何と恐ろしい考えでしょうか。
人間が恐れているのは、自分の一部が反乱を起こすかもしれないということです。それはまったくコントロールが効かないという感じを与えます。まるで手綱も何もなしに暴れ馬に乗っているようなものです。
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解決法は単純です。簡単だとは言いませんが単純です。まず、自分の心があなたの肉体に絶えずメッセージを送り続けており、肉体はあなたというボスからのメッセージに従って何かを生み出している、ということを理解しなければなりません。ですから最初の「治癒」は当然、肉体のレベルでは起きません。
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本当の治癒はまず精神のレベルで起きます。ですからそのレベルで自分の「内なる恐れ」に直面し、自分の創造力を肉体に向けて使用しなければなりません。そうすると肉体は、あなたからの新しい指令に従って創造を始めます。
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ここで知ってほしいことは、、現在の人生がどのようなものであれ、今まで心を集中してきた思考の結果が、あなたの人生を現在のようなものにしているのだということです。あなたは自分の思考で自分の人生を形づくってきました。つまり肉体が反逆して病気を創ったのではなく、その前に、あなたの心が反逆したのです。
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人は誰もが、自分の制約に満ちた信念体系に基づいて人生を創造しています。私のところに相談に来る人々に対して、自分が生み出しているものに責任を持ってくださいと私は言います。すると人々は、「いえ、とんでもないです。自分で創造なんてしたくないし、神がすべて創造してくれることを望みます」と言います。それはどういうことですか、と聞くと、「私は神が創造されるに任せて、それでいいです」という返事が返ってきます。
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ところが自分には創造するつもりがなくとも、意識というのは強力なので、たとえ明確な意識を持っていないならいないで、その人の無意識がその代わりに創造することになります。そして当然、エゴ(自我)に基づいた無意識は神ではないので、注意していないなら、知らぬ間に溜め込んだ無意識が創造することになります。
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マスターたちは誰でも「今という瞬間に生きる」ようにと言いますが、それはなぜでしょうか? それは今この瞬間、瞬間にこそ、あなたの意識は創造の手綱を手にしており、反逆する無意識を優しく手なずけ、おとなしくさせることができるからです。今のこの瞬間にあなたがいない時、反逆者は勝手に暴れまわり、過去の思い出に生きたり、未来に空想を働かせたりして、エゴはあなたが望まないものを創り上げてしまいます。
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何度でも言いますが、あなたの持つ素晴らしい精神という、意識のパワーについて真剣に考えてください。実は人は、自分の精神やそれが生み出したものを恐れています。自分には自らの持つ力をコントロールできないと信じているだけでなく、神とのつながりを失った世界を創り上げてしまったという思い込みがあります。この強力な意識という精神の力を使って、神が関心を持たないような世界、永久に神から分離した世界を創ってしまったと、人々は信じています。
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そのようなものを、もっと生み出してしまうのではないかと思うなら当然、絶望感に襲われるのも無理もありません。ですが神が人間の意識による自由な創造を許すのは「一定の範囲」だけです。つまり、人間の中にある「神なるもの」が、ここから先に進んではいけないという制限を設けているのです。
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あなたは自分の心が創造するものに責任を持つのが恐くて、自分の思考に注意を払わないようにしています。ところが意識せず、注意を払わないでいると、無意識の暗闇の部分を使って(自動的に)創造することになります。(それが自分の望まない現実として起きて来る可能性があるのです) 以上のことを心から理解すると、今という瞬間に生きることを選び、自分が本当に創造したいものは何なのかを、忘れないでおくことができます。
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バーソロミューのメッセージ
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