「自分の外側を探すのはやめなさい」
- 2019.10.07 Monday
- 00:01
救済の秘訣は、あなたが自分で自分に対してそれを行なっている、ということに尽きる。いかなる攻撃でもこれが真実である。敵や加害者の役が誰であっても、これが真実である。つまりあなたの感じているいかなる痛みや苦しみの原因に見えるものが何であったとしても、(あなたが自分に対してそれを行なっている)これが真実である。
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あなたは自分が夢を見ているとわかっている夢の中の登場人物には、まったく反応しないからである。彼らには憎悪と悪意を抱えたままでいさせてあげなさい。それが自分の(見ている)夢であるとあなたが気づくのに失敗しない限り、彼らがあなたに影響を与えることはない。
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自分の外側を探すのはやめなさい
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自分の外を探すのはやめなさい。それは失敗し、偶像が崩れるたびにあなたは涙を流すことになるからである。天国が存在しない所に天国は見つからず、そこ以外には平安はあり得ない。神が呼ぶ時に、あなたが崇拝する偶像はどれも、決して神に代わって答えてはくれない。あなたは他の答えを代用にして神の答えもたらすが、それで幸せを見出すことはできない。
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自分の外を探すのはやめなさい。なぜならあなたの苦痛はすべて、自分の望むものがどこかで見つかるはずだという自説を曲げずに、それを求めて不毛な探索をしていることに由来するからである。もしそれがそこにはないとしたらどうだろう。あなたは自分が正しいことと、幸福であることのどちらを好むだろうか。
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幸せがどこに宿っているかを教えられていることを喜び、それ以外の場所をこれ以上探すのはやめなさい。さもなければ、あなたは失敗することになる。しかしあなたには真理を知り、自分の外に真理を探さずにいる力が与えられている。
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この世界に来る者で、自分の外側に幸せや平安をもたらしてくれる何かがあるはずだ、という希望や、いつまでも消えない幻想や何らかの夢を、依然として抱いていない者はいない。そうしたことは、もしそれらの幸せやすべてのものが彼自身の中に存在するのなら、本来あり得ないことである。
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したがって彼はここ(地上)へ転生することによって、自分自身についての真理を否定し、まるですべてなるものの一部が切り離されて、他の部分が本来あり得ない所に見出され得るかのように、すべてなるもの以上の何かを探し求めているのである。これが、彼が肉体に与えている目的である。
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すなわち肉体に欠けているものを探し出し、彼を完全にしてくれるものを見つけるという目的である。こうして彼は、自分が本来の自分とは違うものであると信じつつ、見つけられないものを探し求めてあてどなく彷徨(さまよ)う。
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消えない(物質次元の)幻想は彼を駆り立て、次から次へと幾千もの偶像を追求させる。そしてそのどれもが彼の期待を裏切るだろう。ただし、一つだけ例外がある。というのも、彼はいずれ死ぬことになる。そして彼は自分の探し求めている偶像が、まさに自分の死に他ならないということを理解していない。
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その形は彼の外側にあるように見える。つまり彼は内なる神の子を殺して、自分が神の子に対する勝利者であることを証明しようとしているのである。これがあらゆる偶像が持つ目的である。なぜならこれが偶像に課せられた役割であり、これが達成不可能な役割だからである。
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肉体の改善が主要な利益とされているようなゴールを目指している時はいつでも、あなたは自分の死をもたらそうとしているのである。なぜなら、あなたは自分から何かが欠如することがあり得ると信じており、欠如とはすなわち死だからである。犠牲にするとは放棄することであり、したがって、それなしでいることであり、損失を被ったということである。そしてこの放棄によって、生命が拒絶される。
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自分の外側を探すのはやめなさい。そうした(外側への)探究が示唆しているのは、あなたは内側において全一ではなく、自分の悲惨な状態を見ることを怖れていて、自分の本性を自分自身の外側に探すほうが良いと思っている、ということである。
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この世界の偶像のすべては、内なる真理をあなたに知らせずにおくために作り出された。またそれは、完全で幸福であるためには、自分の外にあるものを見つけなければならないという、夢に対する忠誠を維持するためでもあった。
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内に宿る神
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安らぎを期待して偶像を崇拝しても無駄である。神はあなたの内側に宿っており、あなたの完成は神の中にある。いかなる偶像も内なる神に取って代わることはできない。偶像に頼ってはならない。あなた自身の外側を探してはならない。
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私の兄弟姉妹よ、時間を省きなさい。時間が何のためにあるのかを学びなさい。そして偶像によって悲しく病んだものにされてしまったこの世界で、偶像の終焉を早めなさい。あなたの神聖な心は神への祭壇であり、神のいる所に偶像が留まることはできない。神に対する恐れは、偶像を失うことの恐れに過ぎない。
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(救い主という)偶像
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偶像とは何だろうか。あなたは自分がそれを知っていると思っているのだろうか。だが偶像は偶像として認識されてはおらず、その正体のままに見られたことは一度もない。それが偶像の持つ唯一の力である。それらが何のためにあり、なぜ作り出されたのかをあなたが知らないからこそ、それらの目的は覆い隠されており、それらが恐れられるとともに崇拝されているのである。
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偶像とはあなたが(私イエスという)兄弟の本性以上に、価値あるものにしようとしている兄弟についての形象である。偶像はその形がどうであれ、兄弟に置き換わるべく作り出されている。それは肉体や物、場所、状況、境遇、所有されているものや望まれているもの、要求されたり獲得されたりする権利など、それが何であっても同じである。
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自分自身を(罪人という)卑小さと損失の奴隷にした者でなければ、誰も偶像を信じたりはしない。したがって、この世界が反映するすべての惨めさから離れて、胸を張って立つための強さを、自分の卑小な自己を超えたところに探さなければならない。これが、確かさと静謐を求めて「自らの内なる神を見ない」ことに対する報いである。
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「内側を見る」つまり「内なる神を見る」ことにより、あなたは世界から解放され、そこから離れて静けさと平安の中に立つことができるようになる。
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マスター イエスのメッセージ
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色々検索をかけて、出典がわかりました。
「奇跡のコース」ですね^^
これからもブログ楽しみにしています。